145話 俺の護衛と幼なじみが修羅場すぎる
「やっぱここにいたんだな」
「ユウヤ」
校舎の屋上にある庭園の一角に立っていたカメリアのもとへ、優也は歩み寄り、声をかけた。
「よほど、ここが気に入ったのな」
「ここにいると、あの人を近くで感じることができるような気がして」
呟くように、そんなことを言ったカメリアは、優也へ向き直る。
「それで。ユウヤはどうしてここに?」
「昼飯を食いに、な」
「ここまで?」
「言ったろ。普段、俺は教室で食ってんだ」
「ならなんで今日はここに来たのよ」
「カメリアを誘いに来たんだよ」
「あたしを————⁉︎」
嬉しそうな恥ずかしそうな照れくさそうな、そんな複雑な表情を一瞬浮かべ、それでもカメリアは優也に気づかれないように取り繕った。
「へ、へぇー。……つまり、ユウヤはあたしと、お昼食べたい……わけ?」
「あと、冬野と珠音な」
「…………」
……あれ? 気のせいか? 珠音の名前に敏感じゃね?
それはさて置き。まあ本当のところ、カメリアは元々優也の見張り兼護衛役でこの学校に通うことにしたんだし、周りに事情の知らない者がいると、何かと気を使うのかもしれない。
「もしあれだったら、俺は下に戻るけど」
「待って!」
カメリアにしちゃ珍しく、慌てた様子に見えた。
「……ユウヤは?」
「?」
「ユウヤは…………あたしと、お昼食べたいの?」
「ん、まあ……」
あまり誰かと食べたいとか意識したことがないから、正直自分自身の気持ちでありながら優也にも分からないが、それでもカメリアを誘いたいと思った気持ちは本当だし、それは彼女と一緒に食べたいと思ったからなのだろう。
「そうだな。俺とカメリアが出会えたのだって何かの縁だろうし、目的は置いておいて、せっかくカメリアだってこの高校にやって来たんだ。そういうカメリアは、俺と飯食いたくないのか?」
「そ、そんなことは……ない……、こともない……といえばうそになるかも……、でも……」
どっちなんだよ?
やはり冬野や珠音の存在で、答えを決めかねているのだろうか。優也一人であれば、気兼ねなく喜んで首を縦に振れたのだろうか。
……いや彼女に限って、喜んで、はないか。
「ゆ、ユウヤっ‼︎ あのね! あたしね——っ⁉︎」
カメリアが何かを言いかけた瞬間、屋上に風が吹いた。その風は咲いた花々の花びらを舞わせ、美しい香りと共に彼女の言葉を奪い去っていった。
「……ううん。やっぱりなんでもないわ」
踵を返すと、カメリアは優也に背を向けた。まるで何かを隠すように。
「ユウヤさえよければ、お昼一緒に食べてあげてもいいわよ」
「冬野と珠音も誘っていいのか?」
「ま、特別」
「ありがとう。あいつらも喜ぶよ」
「そっ。……ならよかった」
そうと決まれば早速、優也はスマホを取り出して、その二人にメッセージを送った。
すぐに二人から返事がきて、それから間もなく、冬野と珠音は優也とカメリアが待つ屋上へとやって来た。
「珠音、紹介するぜ。こいつがカメリア・フルウ。今日この学校に転入してきた。それ以前から俺とは知り合いだが、出会った経緯は聞かないでくれ」
聞かれても答えられないし。
「それから、カメリア。こいつが西角珠音。俺の幼なじみで、前に話した通り、家が食堂やってて、料理の腕はピカイチだ」
ご紹介に預かった二人が、その場で向き合う。
「西角珠音です。さっきの話に補足すると、ゆーくんとは小学校の頃からの付き合いになります。どうぞよろしくお願いします」
「カメリア・フルウよ。貴女のように、出会った長さが全てだとは思わないからはっきり言わせてもらうけど、あたしはユウヤと出会って一ヶ月ほどよ。それでも固い絆で結ばれてるわ」
そうか。カメリアと会ったあの日から、まだ一ヶ月程度なのか。本当ここ最近色々なことが起こりすぎて、一昔前の何ヶ月という期間分の出来事と同じくらいと言っても過言ではないだろう。
「ちなみに、ゆーくんとはどういった状況で?」
「ユウヤには【命を】救ってもらったわ。【もちろん】、ユウヤもそれを望んで、【命懸けで】、【あたしを】、【助けてくれた】」
「カメリアさん、もしかしなくても、自慢されてます? そんなこと、ゆーくんなら【当然】。【誰にだって】している【当たり前】の行動。【もちろん】【私にだって】【数え切れないほど】してもらっています」
「自慢だなんてそんな。貴女こそ、勘違いしてるんじゃないかしら。そんなことで満たされるなんて貴女も浅はかね」
「そう言うカメリアさんも、浅はかだと思いますよ?」
……なんだろう、この修羅場感。
「すごいね、優也君。二人が燃えてるように見えるよ」
「そだな」
そういうお前が一番すごいと思うよ。
この状況下で、普通に飯食ってんだから。
「あ、そういえばね、ゆーくん」
「ん?」
「お弁当作ってきたんだけど……」
そう言いながら珠音から差し出されるは、よく見慣れた風呂敷。いつも優也が彼女に弁当を作ってもらった時に包んでもらっている物だ。
「お、助かるぜ。ちょうど昼飯を買うの忘れててな」
「そっか。よかった。前もって言うの忘れてたから持ってきてたらどうしようと思ってたんだ」
「ま、それでも珠音の弁当食うけどな」
「ゆーくん……」
なんせ彼女の作る料理は絶品なのだから。
珠音から弁当箱を受け取り、それを開けた。
そこに広がっていたのは、光り輝いた(少なくとも優也にはそう見えた)料理たち。相も変わらず、
「うまそうだな」
見てるだけで口の中が唾液で満たされてゆく。
「わあぁ! 珠音ちゃんの料理、美味しそうだね!」
「冬野は珠音の料理食ったことなかったっけ?」
「そんなことはないよ? 何度か作ってもらったことあるし。それに、この街に住んでる人だったら、一度は珠音ちゃんのお店に行ったことあるんじゃないかな」
言いたいことは分かるが、流石に全員が知っているほど有名店ではないと思う。珠音の父親には悪いけど……。
加えて言えば、優也が訪ねた時は珠音が作ってくれることも多いが、お店で珠音が料理を提供するのも珍しかったりする。厨房は珠音の父が、接客を珠音が担当しているのが、あのお店の基本形態である。
「どうだ? カメリア、一口食ってみるか?」
カメリアは今日珠音と知り合った。もちろん彼女の料理の味など知るはずがない。是非とも、この神より授かりし料理の腕をカメリアにも味わってほし
「ゆーくん? 私は、【ゆーくんの為に】、作ってきたんだよ?」
「いや、けど……」
「勘違いしないで。別にあたしも食べたいだなんて【一言たりとも】言ってないし」
「いや、けど……」
なんでこの二人、こんなに仲悪いんだ? 会ったのって、さっきが初めてだよな。あの時に二人の間に何があったというんだ?
「そういや、カメリアは飯食わないのか?」
「っ⁉︎」
瞬間、カメリアは両腕を後ろに回し、優也に体を向けた。
「どうかしたのか?」
「な、なんでも……?」
彼女が体の向きを変えたことで、優也から、ちょうどその後ろを確認することができない。
そんな優也の真正面に座る冬野は、二人のやりとりを聞いていたのか聞いていなかったのか、突然思い出したように箸を動かすのを止めた。
「……あ、珠音ちゃん」
「どうしたの、ほたるくん?」
「僕ね、お昼休みに先生からプリント渡すの頼まれてたんだった」
「早く渡しに行かないと」
「うん、だから」
「だから?」
「珠音ちゃんも一緒に来て?」
「……え? 私も?」
「うん。早く行かないと先生に怒られちゃうよ」
「え? あ……。え⁉︎」
屋上から出て行く冬野を、訳も分からず、それでも放っておくわけにはいかず、後を追った珠音。
「なんかよくわからん状況で、珠音が連れてかれたんだが……?」
ほんと、なぜ彼女は連れて行かれなければならなかったのだろうか。冬野も一人で行けばいいものを。珠音だって、まだ昼飯食ってすらないんだし。
「……ま、いっか」
二人が戻ってくるのを待っているのもあれなので、優也は珠音から貰った弁当が冷えないうちに食べてしまうことにした。