144話 カメリア失踪事件
キーンコーンカーンコーン。
四限目の終わりを告げる鐘の音が、教室に響き渡る。
「はい、今日の授業はここまでにします」
そう言って教卓の上にあった教科書をたたむと、先生は教室から出て行った。
これにて午前の授業は全て終えた。
学校によって様々であると思うが、優也が通うこの高校では、これから一時間の昼休憩がある。その間に昼食を済ませたり、友人と遊んだり、次の授業の準備をしなければならない。
「んー…………」
退屈な話に、すっかり固まってしまっていた腰を、優也は座席に座ったまま伸ばした。
そうして、ふと気がつく。
「んあ?」
間抜けな声とともに後ろを振り返ると、そこにあるカメリアの席に、彼女の姿がなかった。
「なあ、冬野」
「どうしたの、優也君」
「カメリア、知らねえか?」
「授業終わってすぐに出ていったよ?」
すぐ後ろの席だってのに、全く気が付かなかった。
あいつは忍びか何かなのか?
……いや、新鋭隊という部隊の元隊長だったな。
それはそうとして。それほどまでに忍んで教室から出て行く必要があろうか。まさか誰かから逃げてるわけじゃあるまいし。
「カメリアちゃんがどうしかしたの?」
「いや、たいしたことじゃないんだがな。飯、一緒に食わねえかって誘おうと思って」
「いいね、それ! カメリアちゃん、転校してきてばかりだから、知り合いの優也君が一緒だと嬉しいんじゃないかな」
「冬野、お前の観察眼はまだまだのようだな。カメリアが俺と一緒で嬉しい? ノンノンノン。それは大きな間違いだ。あいつが俺と居て喜ぶはずがない!」
「それを声高々に宣言できる優也君が素直にすごいと思うよ。けど、僕からしたら優也君の方が観察眼が未熟だと思うけどな……」
そんな悲しき事態に目を背け、どうやら冬野も賛成の様子。なら、なおのこと誘わない理由はないだろう。
「でもどこに行ったんかね」
「食堂かな?」
「どうだろうな」
昼飯を持ってきたのか持ってきてないのかも知らない。
そもそも、昼飯を食いに出たのかも分からない。もしかしたら、別の用事で、すぐに教室へ戻ってくるかもしれない。
「ゆーくん、ほたるくん」
「あ、珠音ちゃん、はろはー」
カメリアの行先について頭を悩ませている優也は、いつものように昼食を食べに来た珠音の存在に気付かない。
「ゆーくん?」
「……ん? 珠音か」
彼女が顔をのぞかせてやっと、優也はその存在に気づくことができた。
「なんだ?」
「なんだじゃないよ。ぼーっとしてたけど、どうかしたの?」
「ちょいと考え事をな」
「考え事?」
「カメリアを昼飯に誘おうと思ったんだが……」
「かめりあ?」
そういえば珠音は他のクラスであるからして、彼女のことを知るはずがないのか。
「今日、このクラスに転校してきた子なんだよ」
「あ、噂は私のクラスまで来てるよ」
「それじゃあ、もう聞いてるかもしれないけど、本物の金髪の外人さんなんだあ!」
「みたいだね。私、英語話せるか心配だな……。仲良くできるかな?」
「それなら大丈夫だよ。日本語ぺらぺらだったから。それに、あの優也君の、知り合いだよ?」
「おいコラどういう意味だ」
「じょ、冗談だよ優也君……」
英語のテストの点数を知って言ってやがるのか、こいつ。なめるなよ、一桁だぞ。
「ところでゆーくん、そのカメリアさんは、女の子なの?」
「そだけど?」
「ふーん。私に黙って、また女の子の知り合い増やしてたんだ」
「いや、否定はしないけど……」
また、というのは前に彼女と遭遇したひなこのことを指しているのであろう。
しかもひなこに限った話でなく、ここ最近、男よりも女の子の知り合いが爆上がりしているのは事実である。しかも『美少女』という名の美少女ばかり。
けれども、その事を珠音に伝える必要はあるのだろうか。優也がどこで誰と知り合おうとも、彼女には関係のないことのように思えるのだが。
珠音は、昔から優也が他の女の子と仲良くするのをあまり良く思っていない故の発言なのだろうが。
「……ま、いいけど」
珠音は、全く良くなさそうなトーンで話を終わらせた。
「それで、そのカメリアちゃんはどこに?」
「それがわかんねぇんだよ。授業終わるなり教室を出てったのを冬野が見てるんだけど」
「また転校するんじゃない?」
「オープンキャンパスかよ!」
どんなお試し入学だ!
てか急に、カメリアに対して少し邪険じゃないか? 仲良くなれるかと心配していた頃の珠音はどこ行った?
「優也君。なにか心当たりはないの?」
「……あるとすりゃ、一つ」
五割で……いや、それ以上の確率で、少なくとも優也にとっては確信に近い可能性で、あそこにいる気がする。
「そこは?」
「屋上」
「あ、あの庭園がある?」
「そだ」
彼女は、やたらにあの場所が気に入っていた。もしかしたら、今もそこへ向かったのかもしれない。
「じゃあ、そこに行ってみようよ」
「一応念のため、冬野と珠音は他の場所を探してみてくれねぇか? 屋上は俺が見てくるよ」
「わかった」
「珠音もそれでいいか?」
「いいよ」
「もし見つけたらメッセージくれ。俺も見つけたらメッセージするから」
「「はーい」」
こうして、優也はカメリアがいるであろう屋上のあの庭園に足を向けた。