142話 カメリアと花と新鋭隊と
さて、優也が紹介する、その穴場的スポットというのは、この校舎の屋上のこと。しかし、ただ屋上というだけではない。この学校は他校と比べ少し珍しく、屋上の一角に、木々花々が植えられた庭園が存在しているのだ。
さらに嬉しいことに、屋上へは誰の許可も得ずに、自由に出入りすることができる。
実に校内で観光名所化してもおかしくないと思わないだろうか。しかし現実は、生徒があまり来ない。
カメリアを、その庭園の入り口まで案内する。
「花のいい香りがするわね」
「だろ。いい場所だと思わないか?」
「ええ、とても」
こんなに綺麗で良い場所なのに、なぜ人が集まってこないのだろうか。これは、この学校の七不思議の一つに含まれたとしてもおかしくない、と優也は思う。
今は一限目の途中であるからして、もちろん屋上には誰もいない。言わば、ここには優也とカメリアの二人っきりの空間だ。
優也は、デリカシーがないと責められるかもしれないが、今だからこそ、カメリアにある質問をした。
「……なあ、さっき教室で言ってた、楽しく学校生活を送りたいってやつ。どういう意味だったんだ?」
「……聞こえてたの」
「まあ……」
聞こえてなかった振りをし続けれていれば、男として一人前だったのかもしれない。しかし優也にはそれが無理だった。
「けど、悪いわね。ユウヤにだけは話さないって言ったでしょ」
「それって……、カメリアのトラウマに関わることなのか?」
「そうよ」
「じゃあ、無理には聞かないけどさ。いずれ俺にも知ることができたりするのかね?」
「ないんじゃない。あたしの気が変わって、ユウヤに話さない限りは」
さて、そんな可能性などあるのだろうか。少なくとも、今の彼女からは微塵も感じられないように思えるが。
「そんじゃ、これだけ教えてくれないか? カメリアって、学校には行ってたのか?」
「まあ、それは。中学までだったけど」
「こっちの?」
「いえ、あたしが生まれた場所、イタリアの学校よ」
「カメリアって、イタリア生まれだったのか?」
「そうよ。ちなみに、あたしが『美少女』になったのもイタリア。まあ、間もなくこっちの研究所に移動になったけど」
「こっちの研究所に来たのって、やっぱり新鋭隊としてか?」
「いいえ、そうじゃないわ。ただ単にこっちに移ってきただけ。案外、そういう『美少女』も多いのよ」
逆に、日本から海外の支部へ移動になる『美少女』もいるし。
そうカメリアは続けた。
「ま、あたしがこっちで、すぐに新鋭隊に入隊させられたのは事実だけど」
「やっぱカメリアのことだし、リーダーとしてか?」
「そんなことあるわけないでしょ。下っ端よ、下っ端。といっても、あの時の新鋭隊は、あたしを含めて七人しかいなかったけど」
「それでもカメリアが率いてた新鋭隊よりは多かったんだな」
「そうね。あの頃は争い事も多く起こってたし、なにより[黄昏の彼方]の活動が活発だったから。研究所も、なるべく多くの戦力が必要だったのよ」
「なるほどな。となると、今は[黄昏の彼方]とやらは活動してないのか?」
「そういうわけじゃないと思うけど、最近じゃ見てないわね。元々意味の分からない集団だったし、もしかしたら自然消滅してるのかもしれないわよ」
是非そうであってほしいと願うばかりだ。
なんてことを言ってたら、まるでフラグを立てているみたいだろうか。
……よし、やめておこう。会いたくなんてないし。
「そういや、新鋭隊って名前は誰が決めたんだ? さっきの話だと、カメリアが入隊した頃から、その名前だったみたいに聞こえたけど」
「そうよ。あたしがこっちに来て入隊した組織が新鋭隊。この名前はその時の隊長が決めた名前なの」
「それじゃ、カメリアはその名前のまま隊長を引き継いだってことか?」
「そういうこと」
「またなんで? 湊らみたいに変えなかったのか?」
「最初、あの子らだって変えるつもりはなかったでしょ」
「それもそうか」
そのことを提案したのはひなこだったもんな。
「それに、あたしが名前を変えずに新鋭隊のままにしたのは……、なんとなくよ」
カメリアは、理由も無しに物事を決めるような人物ではないように思うのは、優也の印象に過ぎないのだろうか。
「その前の隊長は、どんなやつだったんだ?」
「とても優しい人だったわ。仲間を、周りを、そして、いつもあたしのことを気にかけてくれてた。あたしにとって、あの人は憧れの存在よ。それから——とても花が好きな人だったわ」
過去の記憶を思い返すような、そんな彼女の前には、沢山の花々が色鮮やかに咲き並んでいる。
「綺麗だろ?」
「ええ、とっても」
——あの人にも見せてあげたいくらい。
「隊長さん、今どうしてるんだ?」
「知らない。けど、とても遠いところに行ってしまったわ」
「遠いところ? 誰かにレンタルされてか?」
「特別な例を除いて、特殊部隊の『美少女』はレンタルの対象外。残念だけど、あの人はレンタルされたんじゃないわ」
「んじゃどうして?」
「自分の意思でいなくなったのよ、あの人もみんなも」
そう呟いたカメリアは、一瞬どこか遠い目で虚空を見つめた。
「——さ! この話はこれで終わり」
踵を返し、カメリアは歩き出す。
その背はこれ以上聞き出すことを許さなかった。