14話 美少女レンタル 4
「『美少女』については、だいぶ理解したし、研究所が悪いことを企んでるってのも分かった。でも、どうしてひなこがそれを止めようとするんだ? せっかく研究所から抜け出せたんだ。どっかに身を潜めて暮らすって手もあったろ? わざわざ自分から死にに行くような真似しなくても」
優也が実際に戦ったわけでもないが、見ていればわかる。研究所を相手にすることは、死と隣り合わせになることだ。彼らは、本気でひなこを殺すつもりでいる。
そんなことまでして、ひなこに何のメリットがあるというのか。
「もちろん逃げることだってできたよ。でも、わたしが逃げちゃったら、『美少女』のみんなは、ずっと苦しめられ続けるんだもん。そんなことできないよ。みんなを救えるのも、わたしだけだから」
「確かにそうかもしれねぇけど……」
だからといって、命をかけるのはやり過ぎな気がする。
「逆に、優也くんだったら助けないの? たとえば、友だちが苦しめられていて、それを見て見ぬふりするの?」
「俺だったら……」
ここで、以前のように断言することができなかったのは、自分自身でも気がついていたからだ。優也が犯した一つの矛盾に。
「違うよね。優也くんは、わたしを助けてくれたんだもん」
「………………」
確かに、優也は彼女に手を差し伸べた。それも、彼女が死と隣り合わせにあることを知りながら。優也は、その火の中に自ら飛び込んだのである。
それはつまり、優也も、ひなこと同じようなことをしたということだ。
「でも、助けてって頼まれたわけでもねぇのに。人助けなんか、結局は自分自身のためじゃねぇか」
「自分自身のためじゃ人助けしちゃいけないの? 助けたいから助ける、それじゃダメなのかな?」
「そんな軽い気持ちで、誰かを失うことになってもか?」
「? どういうこと?」
「…………いや、なんでもねえ」
思わず、聞いてみたくなっただけだ。そういう気持ちで他人に手を差し伸べている彼女に。
「まあ、ダメってわけじゃねぇけど……。そんな気持ちで助けられて、その人は迷惑なんじゃないかって」
「わたしは迷惑なんかじゃないよ。だって、優也くんの気持ちはそうかもしれないけど、助けてもらったんだもん。うれしくないわけないよ」
今更ながら、なぜ、こんな話を彼女にしているのか。気付けば、優也の口は動いていた。まるで、心の叫びを言葉にするように。
「でも、あれだって、俺のせいで、ひなこが死んでたかもしれねぇんだぞ。俺が助けようとしたばっかりに……。あんなことしなきゃ…………」
「ゆ、優也くん⁉︎」
慌てた様子のひなこの声に、優也は気がついた。目の前が涙でかすんでしまっていたことに。
「もしかして、なにかあったの?」
「……なんでもねぇよ。気にすんな」
「そうは見えないけど……」
優也は、乱雑に涙を拭い去った。
「優也くんの昔になにがあったのかわからないけど、わたしは生きてるよ? 生きて、ここにいる。逆に、あのとき、優也くんが助けてくれなかったら、わたしはここにはいない。優也くんが助けてくれたから、わたしはここにいて、『美少女』のみんなを助けることができる。優也くんは、わたしを救ってくれたんだよ。そのことは、忘れないでほしいな」
「………………」
突然、テーブルの向こう側のひなこが、座り直し、姿勢を正した。
「あのね、優也くんに、一つ、ちゃんと言っておきたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「ーーありがとう、助けてくれて」
「ーーーーーー」
その言葉に、すぐさま優也は返答することができなかった。
たったその短い言葉が、どれほど心に響いたことか。何年ぶりに、何か、心のわだかまりが取れたような、すっきりした、そんな感じがした。
「思えば、優也くんに助けてもらったお礼言ってなかったなって」
タイミングが、なんとも絶妙だったのは、どうやら彼女の思惑ではないらしい。
「別に、そんなんじゃねぇよ。ただ、あのままお前になんかあったら、俺が悪いみたくなるだろ。それが嫌だっただけだ」
「そう? 優也くんが、そう思ってるなら、それでいいよ」
かわいらしく、ひなこが笑う。
「なに笑ってんだよ」
「ううん。なんでもないよ」
なんでもないのに人は笑ったりしないだろう。
彼女の鋭い勘というやつか。まるで心の中が見透かされてるような、そんな気がした。
「まあ、ひなこが自分を犠牲にしてまで人助けできるやつだってのは理解した」
「優也くんも、だねよ?」
「俺も?」
「うん。わたしの直感が、そう言ってるよ」
「そうか。なら、その直感は、そろそろ寿命ってことだな」
「ええ! そんなあ……」
冗談を交えつつ、優也は会話を続ける。
「『美少女』を救うって話だが、実際、どうやるんだ? 『結晶』がどうにかできりゃいいんだろうが、どうやっても壊れないんだろ」
「うん。だから、研究所を潰せばどうにかなるのかなって。研究所だったら、『結晶』を管理してるシステムもあるだろうし」
「その研究所はどうやって潰すよ? 真っ向から攻め込むわけにもいかんだろ」
「それは……」
どうやらノープランだったらしく、ひなこは少し頭を悩ませて、出した結論は、
「どうにかなるよ!」
「どうにかって……」
結局ノープランかよ。
これは、そうそうに制約の二番目が守れそうにない気がしてきた。
「とりあえずは、研究所を潰す方法だ。てか、研究所ってどこにあるんだ?」
「それならわたしが知ってるから大丈夫だよ」
「どこに? この街じゃねぇよな?」
「この街だよ」
「おいおいマジかよ……」
敵と同じ街に住んでるなんて。ここにいることがバレるのも時間の問題なのかもしれない。あるいは、灯台もと暗しみたく、近くだから気づかれないなんてあればいいのだが。
「よかったら、明日、案内しようか?」
「案内て。研究所にか?」
「うん」
「それはそれでまずいだろ」
「でも、研究所に行ったら、なにか思いつくかもしれないよ?」
「それはそうかもしれねぇけどな」
自分から殺されに行くようなものだ。
「じゃあ、場所だけは調べにいくっていうのはどう? それなら安心でしょ?」
「まあ、見るだけならな」
多少の不安はあるが、優也自身も、敵の居場所は把握しておく必要があるだろうと思い、ひなこの提案に首を縦に振った。