136話 幼女いるところに彼女あり
「よかったな、葵。頼り甲斐のある友だちができて」
「頼り甲斐のある……」
そう呟いた湊の声は、笑顔で葵に歩み寄る優也に届かない。
「俺は石崎優也だ。これからよろしくな」
手を差し出したのもむなしく、ザザッと葵は湊の背後へと隠れてしまう。その陰から静かに顔をのぞかせる。
「あれま、怖がられてんのな、俺」
わりと子どもには好かれる方だと思っていたが、やはり子どもによるらしい。
「葵ちゃん、あの人は大丈夫だよ」
そう湊がフォローを入れてくれるも、葵は勇気を振り絞れないでいた。
「幼女いるところにわたしありッ!」
そんな意味不明なセリフと共に、どこからともなく湧き出て来たのは、ロリコンひなこ。
自分で幼女好きだと公言するとか、いよいよ危なくなってきたな。
「ふふーん、優也くんがダメでもわたしなら大丈夫だよ」
「なんの自信だよ」
「わたしは女の子に好かれる運命にあるからね」
「なんだそれ」
世の中の非リア充(男)どもが、喉から手が出るほど欲しがる能力だな。
かく言う優也もその一人である。
「てか、なんで張り合ってんだよ」
「ん? なんとなく」
すべての幼女から気に入られたいが為の勝負なのだろう。そんなどうでもいいことに自分が巻き込まれてしまったことには納得できないが。
「ほらほーら、葵ちゃん? わたしだよ? ひなこだよ?」
「ひよこ?」
「ひなこだよ!」
びくっ! と。
さらに背後に隠れ、むしろ湊の背中を引っ張って遠くに離れてしまう。もはや、それから顔すら覗かせてくれなくなる。
「あれー? おかしいなぁ……」
「怖がられてんじゃねぇかよ。むしろ俺より、な」
「そんなはずは——、あっ! わかったよ!
わたしから溢れ出る偉大オーラにおののいてしまってるんだね⁉︎」
「ポジティブすぎんか、さすがに」
本気で言ってるなら、どうしようもないぞ。
てか、原因なら分かり切ってるだろ。大声でつっこむからだよ。
しかしそれを差し置いて、強いて言うならば、
「ひなこから溢れ出る変態オーラに引いてんじゃね?」
「どういう意味かな優也くん⁉︎」
そのまんまの意味だっての。
葵に歩み寄るひなこの姿なんて、女の子に近寄る変質者そのものだったじゃねぇか。
そんなことを話している間に葵を連れて再び戻って来ていた湊にひなこは気付いらしく、
「葵ちゃん仲良くなろぉよー‼︎」
「ひいっ……!」
全力で逃げる葵を追っ掛けていった。
葵自身嫌がっているというよりは怖がっている様子だったので、ひなこ自体悪い人物でないことを知っている湊は、その内慣れて本当の友だちになってくれたらいいなという願いを込めて、二人を見送った。
そして彼女自身、今現在進行形で気になって気になって仕方がない事の真相を確かめる為、勇気を振り絞り、ある人物のそばに歩み寄った。
「あ……あの、優也さん……」
「なんだ?」
「さ、さっきの言葉……。本当に思ってくれてます……か?」
「さっきの言葉?」
優也は思考を巡らせる。
なんかおかしなこと言っただろうか……。
「わ、私が……、その……た、頼り甲斐の、ある……って……」
「ん? あ、それか。もちろん思ってるぞ。湊、しっかり者だし、頼ったらなんでも解決してくれそうだもんな」
「————っ‼︎」
本心を言っている間に後ろを向いてしまった湊がどんな顔をしているのか、優也には分からない。
それでも少し待っていると、静かに湊は優也に顔を向けた。その頬に熱を帯びているように見えたのは優也の気のせいか。
「……優也さんも、頼ってくれていいんですよ?」
「ん? ああ。なんか機会があったら是非な」
とはいえ、男の自分が女の子に、しかも年下の子を頼るというのも情け無い話である。
なんて、優也が言える話でもないか。
(ひなこに頼りっぱなしだもんな、俺……)
まあ、あれとこれとは話が違うと言うか、内容の次元が違うと言うか。
やむなく、仕方なく。そう思うしか、男の威厳を保つことができない。
「それにしても、葵って、元々から『迷い子』にいたか? あんな髪色の子、記憶にないんだが……」
『迷い子』全員の姿を見た自信もないし、そうとも限らないが、優也は少し気になって聞いてみた。
「私は『迷い子』とは関わらなかったので分かりませんが、一度見掛ければ覚えていそうな気はしますよね。周りを見ても、他にあの髪色をした子はいなさそうですし……」
「あたしもあの件はユウヤたちに任せていたから。よく分からないわ」
「そういや、そうだよな」
新鋭隊の面々には、他の任務に当たってもらっていたことをすっかり忘れていた。
結局葵は元々からいたのかどうか優也の中で謎になりかけていた問題の答えを教えてくれたのは、ここにいる人たちの中で最も『迷い子』に詳しいであろう人物、
「心配しなくても、青星葵は『迷い子』の一人で合ってる」
寺都芽久実であった。
同い年の友だちができてはしゃぐこころに付き合うのに、よほど体力を消耗したのであろう。見れば、相当お疲れのご様子となっていた。
「そんじゃ、俺とは出会ってなかっただけか」
「いいや、出会ってる。むしろ、石崎には大いに関わっている」
「本当か? 記憶にないけど……」
「あの髪色で考えれば繋がらなくても無理はない。あの子、青星葵は、石崎と明元を襲った少女と言えば分かる?」
「あいつなのか⁉︎」
ひなこと遥が捕らえたあの少女。
全く別人のように見えるけど……。
(……いや、よく見れば、顔つきは似てるか)
寺都の言う通り、髪色を考えなければ、その他の特徴は、あの時の少女と似ている、むしろ同じである。
「でもなんで髪色が……? まさか染めたりなんか……」
「断じてしていない」
「ならなんで?」
「『結晶』を壊して少ししたら、青星の髪色はあの色になっていた」
「そんなことが? 他の子は?」
「彼女のように髪色が変色した者は一人もいない。髪の他にも、『結晶』を破壊する前後で身体に異変が起こったのは青星だけ」
「遥やカメリアの時だって、そういった事は起こってなかった。葵だけ何か違ってたのか……?」
もちろん『結晶』の破壊には優也の能力『石裂き』を使ったし、別段違った方法をとったというわけでもない。他の子たちとなんら変わらないやり方で『結晶』を壊した。
「そもそも、『結晶』の破壊が原因じゃない、とか?」
「私にも何が原因なのか分からない」
『結晶』が壊れたことが引き金となっただけで、原因の根源は別のところにあるのだろうか。
「太一だったら分かったのかもしれないけど。あるいは、彼女の身体を隅から隅まで調べれば何か分かるかもしれない」
「そこまでする必要もないだろうな」
彼女の体調におかしなところがあるというのならば、もちろん調べる必要があるだろうけど、そういった様子も見られない。原因が不明のままにするのはモヤモヤするが、今は経過観察するとしよう。
(ま、元気そうだから大丈夫だろ)
ひなこに捕まって顔色を悪くしている点を除けば。
とはいえさすがにかわいそうに見えてきて、優也は葵の救出に向かった。