132話 地位より数
水瀬湊が新鋭隊の新たなリーダーに決まり、自動的に初任務が少女館の護衛であることも決定した。それと同時に、カメリアが独立し、調査を進めることも現実のものとなる。
ふと、薫は心配になり、カメリアへ尋ねた。
「でも大丈夫なんですか? こういう言い方をするのは失礼ですが、『美少女』ではないカメリアさん一人で研究所をお調べになるなんて」
「大丈夫よ、あたしなら。それに、そんなに危険な方法で調査するわけじゃないから」
心配ないと言えば嘘にはなるが、今は彼女の言葉を信じるしかない。
「そういえばさ、名前はどうするの?」
突然、そんなことを聞いたのは、ひなこ。その問いに、隣に座っていた優也が反応した。
「名前? なんのだ?」
「ほら、新しく四人で出発することになったんだし、チームの名前、大切じゃない?」
話の内容が自分らのことだと気付いた新鋭隊の新リーダー、湊は首を傾げた。
「新鋭隊以外の名前で?」
「だって、新鋭隊はカメリアちゃんのチーム名でしょ。湊ちゃんが新リーダーになったんだし、チーム名も一新しようよ」
「そうは言っても、新しい名前なんて……」
そもそも、
湊は疑問に思ったことがある。
「そんなことで隊の名前を変えてもいいんですか、リーダー」
その単語を口にして、湊はあることに気がついた。
「湊、あたしはもうリーダーじゃないわよ」
「すいません。つい今までの癖で……」
もう長いこと、カメリアのことをその敬称で呼び続けてきた。今更変えて呼ぶ方が難しいし、違和感が拭えない。
「そうだぜ、湊。これからカメリアは私たちのダチになるんだからな」
「アン、よく言えたね、それ。リーダーじゃなくなっても先輩だよ?」
「安心しろって、湊。アタシたちの隊長でなくなっても、姉御は姉御だから」
「あなたにとってはね、萌香」
「湊さん。今日から貴女が新隊長です。カメリアさんのことはどうぞお好きな様に」
「薫までふざけ始めたらもうどうしたらいいの⁉︎」
「ほら、みんな。冗談はその辺にして」
カメリアは、手を叩き、四人を黙らせる。
「湊からの質問だけど、もちろん隊の名前を変えることは問題ないわよ。新鋭隊の名を引き継いでほしいってこだわりがあるわけじゃないし。そもそも、もう研究所の部隊でもないんだし。ひなこの言うように、新しく好きな名前に変えてみたら?」
「でしたらお言葉に甘えて……」
とはいえ、
「誰が名前決めるの?」
「そりゃもちろん、湊に決めてもらおうぜ」
「私ぃ⁉︎ なんで⁉︎どうして⁉︎」
「新隊長なんだから」
だったら、新隊長が許可するから、他の人に命名権を譲るけど?
……なんて、言える空気じゃない。なんせ、全員が、隊員の三人はもちろん、カメリアや優也たちですら、首を縦に振って、満場一致していた。
(こういうの苦手なんだけどな……)
プレッシャーに負かされようになりながらも、湊は新しいリーダーに就任して早々威厳を損ねない為にも、思いついた最高の名前を口にする。
「白馬団……、なんてどうかな? 白馬の王子様を守る騎士たち……みたいな」
「却下だな」
「即答なの⁉︎」
恥ずかしい気持ちを押し殺して言ったというのに……。
「てか私に決定権があるんじゃないの⁉︎」
「私たちも一員だからな。認める認めないの権利はあるぜ?」
「なら最初から言ってよぉ……」
ならば、こんなオッケーがもらえないような名前言わなかったのに。
「まず、白馬の王子様を守るって、誰を守ればいいんだ? ここで過ごすのはみんな女子ばっかなんだし、王子様とかいなくないか?」
「そ、それは……」
湊の視線の先には、一人の少年、石崎優也がいる。
彼と目が合って、湊はとっさにそれをそらした。
「?」
今の彼女の行動がどういう意味を持っていたのか優也には分からなかったが、先のアンの発言で、一つ気がついたことがあった。
(よく考えれば、女の子ばかりの空間に一人男が混じってんだよな)
一昔前の自分には想像もできなかった状況。
ついに人生初のモテ期でもやって来たのだろうか。
(……なんて。誰にも好意を持たれてないのだから、モテ期もクソもないけどな)
ただ、女の子の多い空間に自分が混ざっているというだけ。それも『美少女』という存在に関わっているのだから必然と言える。
「ま、正直誰のことか分かってるけどな。ゆう——っ!」
「だめぇぇえぇッ‼︎⁉︎」
湊は、超絶必死にアンの口を塞ぐ。
彼女の呼吸が止まるほどの勢いで塞いだもんだから、「ぅう……、ぅっ……!」と唸り声を上げ、さすがのアンもギブアップの合図を出した。
「——ぶ、はぁ‼︎」
「ご、ごめん。ちょっとやり過ぎちゃった……」
「確かに苦しかったけど、こんくらい平気平気」
あまりにも言葉を止めることに頭がいっぱいで、手加減を忘れていた。
それでもアンは全く怒る素振りすら見せずに、むしろ呼吸を整えると、湊に小さくささやいた。
「頑張れよ、湊。私は応援してるからな」
「アン……」
優也が悲しい現実を再認識している間に繰り広げられたそんな会話。それを彼が聞いているはずもなかった。
「でも新しいチーム名、どうしようか?」
「私一つ思いついたけど」
「どんなの?」
白馬団を否定した張本人だし、それよりも、さぞ良いネーミングが飛び出してくるのだろう。
「水瀬湊だし、イニシャル取って、チームM.Mなんてどうだ?」
「…………え? やだよ? 恥ずかしいよ?」
なんで自分のイニシャルなんかをチーム名に。
「いいわね、チームM.M」
「カメリアさんまで⁉︎」
今初めて彼女のセンスを疑った。
「てか私には決定権ないの⁉︎私もチームの一員なんだけど⁉︎リーダーなんだけどお‼︎⁇」
しかし誰からの反応も返ってはこない。
「……え? なに、この流れ……」
こうして、水瀬湊率いる新しい部隊の名前は、チーム水瀬湊、通称、チームM.Mとなった。