131話 部隊は新たな隊長へと引き継がれる
思いもしなかったカメリアのその言葉に、その場にいた全員が沈黙した。優也に関して言えば、彼女が何を言い出したのか、最初分からなかった。
言葉が優也の脳内を二周、三周して、やっと理解でき、驚きの声を上げるより先に、反応を返したのは新鋭隊のメンバーであった。彼女らの受けたショックが他の皆より大きかったのは確かであろう。
「急にどうしたんですか姉御⁉︎」
「リーダー、冗談ですよね?」
「気でもおかしくなったんですか?」
「カメリアさん、一度考え直してみては?」
「ねえ、アン。別にあたしは上司部下の関係でどうこう言うつもりはないけど、どさくさに紛れて、その言い方はどうかと思うわよ」
上下関係以前の発言でもあると思う。
「こんな重大な事、伝えるのが遅くなって、みんなには悪いと思ってる。けど、冗談でもないし、考え直しても同じ答えを出す。これは前々から決めていたことなのよ」
その言葉から、カメリアのとても固い意志が見えた。
さすがに優也にもひなこにも、それを止めようとすることはできなかった。
「でも、なんでこのタイミングなんだ?」
そう問うのは、新鋭隊の一人、アン。
彼女に続いて、他のメンバーの一人である萌香も乗ってきた。
「そうっすよ。もう少しアタシらと一緒にいたって」
「勘違いしないでね。なにもあんたたちが足手まといとか迷惑って言ってるんじゃないのよ。ただ、あたしたち、ここのところずっと研究所の動向を探ってきたでしょ。でも、何の動きも確認できず、大した成果は得れてない」
「けど、もっと調査を続ければ、何か情報が出てくるかもしれないっすよ?」
「いいえ。ここまで何もないとなると考えられる可能性は二つ。本当に研究所は何の動きもしていないか、あたしたちの動きが研究所に気付かれているか。どちらにせよ、これ以上、あの方法での偵察は無駄と判断したのよ」
薄々、メンバー全員がその説に気付いていたのだろう。カメリアの言葉に反論を返す者はいなかった。
かわりに、湊が一つ質問をする。
「……じゃあ、それじゃリーダーは? これからどうするんですか?」
「あたしは引き続き、研究所の動きを監視し続けるわ。けれど、今までとは違う方法で」
「違う方法、ですか? それは——」
湊が、カメリアの考える別の方法というのを何であるのか聞き出そうとするよりも前に、ついに耐えかねた萌香が言葉を遮った。
「だったら! アタシも一緒に作戦に参加させてくださいよ!」
「その気持ちは嬉しいけれど、あんたたちには別の任務を任せたいのよ」
「別の任務ってなんすか?」
「ここ、少女館の護衛よ」
その提案に、正直優也は驚いた。
「奇遇だな、カメリア。俺も同じことを考えてた」
「べっ、別にユウヤと同じこと考えてても嬉しくないからっ!」
「……誰もそんなこと言ってないんだが?」
「————‼︎」
なんの墓穴を掘ったのか知らないが、呼吸を整えると、カメリアは何事もなかったかのように話を元に戻した。
「——…………。ここで暮らす子たちが多くなった今、前のような襲撃が起こった時に対処できる人が欲しい。それもできるだけ多く。さすがに門番一人だけに任せるのは荷が重すぎるもの。ね、門番」
「正直なことを申し上げると、是非ともお願いしたいのが現実です。私も出来る限り全力を尽くしますが、私に扱える力は擬似異能力なので、全ての事態に対処し切れる自信はありません」
「と、そこで『美少女』であるみんなに頼んだわけ。あんたたち四人には、門番と協力して少女館を守ってほしいのよ」
岡谷太一や『迷い子』が奇襲を仕掛けてきた事実がある以上、あれと同等あるいはそれを超える事態が起こらないとは言い切れない。
カメリアも言ったように、あの時と違い今ここには、元『迷い子』の数十名の幼い子たちが暮らしている。しかもその数字もこれから増えていくはず。
それに比例する形で、少女館の戦力も増やしていく必要がある。しかも出来る限り『美少女』の力を借りて。
その役割に、新鋭隊は最適と言えよう。
最早その提案は異議なしで可決されたと思われた。
……が、一人。未だに諦めない少女がいた。
「じゃあ、姉御も一緒にここを守りましょうよ!」
萌香にとって、唯一譲れないのは、カメリアの離脱である。
「研究所のこともないがしろにするわけにもいかない。誰かはここを守って、誰かは研究所を見張っておく必要があるの」
「それじゃあ、アタシは姉御と研究所の監視をさせてくださいよ。ここの護衛は三人に任せて、姉御とアタシは——!」
その執着心を、見ていられなくなった湊は、ヒートアップし続ける萌香の肩をそっと掴んだ。
「萌香。リーダーも困ってるから。その辺りで……」
「みんなはいいのかよ⁉︎姉御が!姉御が新鋭隊からいなくなっても!一緒に戦えなくなってもっ‼︎」
「私だって嫌だけど、リーダーがそう決めたって言うなら」
「アンは⁉︎」
「私たちの隊長だしな」
「薫は——っ⁉︎」
「それが、カメリアさんの最後の命令だと言うのならば、それに従うまでです」
「なんなんだよ、みんなして……」
まるで自分一人が間違っているみたい。
「なんで……。なんでそんな全員して、割り切れるんだよ……」
「萌香。あんたの気持ちは本当に嬉しいわ。あたしと初めて会った時から、萌香はみんなと違ってすぐにあたしに馴染んでくれたし、いつもあたしの後をついて来てた。それがあたしにとって、どれだけ支えになったか。だから、受け入れるのが難しいっていう萌香の気持ちもよくわかる。でも新しい作戦を実行するっていっても、あたしはどこか遠くに行っちゃうわけじゃないから。あることに気づいて、それを実行するだけ。会おうと思えばいつだって会えるわ」
「……本当、っすか?」
「本当よ」
萌香は乱雑に袖で顔を拭った。
「——任せてくださいっ! 必ず、少女館はアタシが守り切って見せます!」
「みんなと協力して、ね?」
「うっす! ついて来いよ、おまえら!」
「萌香について行くのは遠慮だな」
「一人でどこかへ行ってしまいそうですものね」
「特にリーダーのことになると。少女館そっちのけで、助けに行きそうだし」
「…………」
自覚があるからこそ、何も言い返す言葉がない。新しい部隊で、自分の後ろについて来てくれる人はいないというのか。
「アタシがみんなを引っ張っていくんだぞ。ちゃんと言うことを聞いてくれないと」
「なんで、隊長面なんだ?」
「だって、姉御から直々に任務を任されたんだし。実質アタシが新しい隊長ってことだろ?」
「そうなのか、隊長?」
「いや、違うわよ」
「姉御⁉︎ そんなあ……」
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まさに、今の萌香はこの状態であった。
「——だ、だったら、アタシが隊長にふさわしいってところをみんなに——ッ‼︎」
「新しい隊長については、あたしが決めておいたわ」
「姉御ぉ……」
萌香に、もう立ち上がる気力は残されていなかった。
「話し合って決めてもいいかなと思ったんだけど。あたしがどうしても隊長に推薦したい子がいたから」
「誰ですか?」
「新しい隊長は、水瀬湊。あなたに任せるわ」
「——わ、わ私ぃっ⁉︎」
絶対あり得ないと思っていたからこそ、身構えてすらいなかった湊は、まさかの指名を受け、顔を真っ青に変えた。
「そっ、そそそそそんなんむむ無理ですよっ!絶対無理です務まりませんよっ‼︎」
「そんなことないわ。あたしは湊しかいないと思ってる」
自分なんて人が、そんな熱い信頼を、彼女から得ていたとは。
その気持ちを無碍に扱うことも、踏みにじることもできるはずがない。とりあえず引き受けるか受けないかは置いておいて、自分が選ばれた理由を聞いてみよう。
「……ど、どうして、ですか……?」
「あの時のこと、覚えてる? あたしが一人で雪女と戦ったあの日。あたしがピンチの時に、あんたたち四人が助けに来てくれたわよね」
「はい。部下の一員として、リーダーを守るのは当然ですから」
「その行動についても、あたしは評価すべきだと思うわ。自分たちの隊長だからって、命を張って助けに行けるのは素晴らしいことよ」
「ありがとうございます。でもどうして、それと私がリーダーに任命されるのと関係が? 行動を起こしたのは私たち四人全員ですし」
「雪女を負かしたあの作戦、湊が考えたものなんでしょ。薫たちから聞いたわ。あたしは、あの作戦、とても上出来だったと思ったの」
「いえ、そんなことは。即興で考えた物でしたから。今考え直せば、あまりにも強引だったのではないかと反省ですし」
「確かに一見すれば強引に見えるかもしれない。けれど、ちゃんと一人一人の戦闘スタイルを生かした作戦よ。みんなに負担がかからないからこそ、きちんと連携が取れていた。あんな作戦を考えられる人が、部隊の指揮を取るべきよ」
カメリアを助けたい。そんな一心で考え出したあの作戦が、それほどまでに評価されることになるとは。
「あたし、一つ謝らなければならないことがあるの」
「私にですか?」
「ええ。あの時まで、あたしはずっと湊のこと見誤ってたみたい。いつも周りの意見に流されて、自分の意思を仕舞い込んでるんだと思ってた」
「間違ってなんかないですよ。私、何をするにもいつも不安で。本当にそれで良いのかって、慎重になって。でも結局不安だからみんなの意見を尊重して、自分の気持ちに嘘をついて……」
「それも含め、あたしは湊のことを理解できてなかったのよ。誰かの上に立って引っ張っていくことって、もちろん慎重さも大切。だけど、いざという時の決断力も重要なの。湊はその二つを持ち合わせている」
「それが、私が新しいリーダーに選ばれた理由、ですか?」
「そう。引き受けてくれないかしら?」
「…………」
湊は考える。
——いざという時の決断力も重要なの
「……はい。みんなが良ければ。是非とも私が新しいリーダーに」
「ありがとう。異議のある人はいるかしら?」
「よろしくな、湊隊長!」
「姉御が選んだんだ。もっと自信持ってくれよ、湊!」
「これからよろしくお願いしますね、湊さん」
「うん! よろしく、みんな!」
こうして、新しい部隊の隊長に、水瀬湊が就任した。