129話 それは天然か、策略か
シナプス計画は阻止できたといえど、岡谷太一の事は、ああいう結果になってしまい、誰もが後味の悪い結末に悔いを残していた。
そんなある日、カメリアは協力者たちを少女館へ呼び出していた。
その面々を簡単に説明すれば、氷銀白雪以外の人物。こういった場面で毎度のことながら白雪が仲間はずれにされてしまうのは、正直快いことではなかったが、彼女ら二人の仲を考えれば、それを強制させることなどできるはずもない。
もはや集会の場あるいは憩いの場と化している寺都の研究室に、すでにカメリア以外のメンバーが集まっていた。ちなみに、こうなってしまった事態に、寺都本人がどう思っているかは語るまでも無い。というか、パソコンに向かう彼女から放たれるオーラを見れば、考えなくとも分かること。そんな彼女に構わず話しかけている結野こころは、肝が座っているのか空気が読めていないのか。
ところで、招集をかけたカメリア自身が、なぜ遅刻しているのかを誰も知らないでいた。
そんなことには誰も気にも留めず、各々が会話をしている。
その中の一人、明元ひなこは、ここに来てから、いや来た瞬間から、なんならその前から、目の前の少年、石崎優也に頭を下げ続けていた。
「ごめんね、優也くん。本当にごめんね」
「いや、謝らなくていいから。別に怒ってねぇし」
ここにいる人たちからすれば、なぜそんなに謝っているのかと不思議に感じている程度だろうが、優也からすれば、それも通り越して、すでに呆れの域に達していた。
というのも、彼女がこんな様子なのは、あの件以降ずっとなのだ。
その件というのが、
「本当に優也くんを襲いたくなかったんだよ?」
「わかってる。わかってるっての」
この言葉も、このやり取りも、何回目になるだろうか。
彼女が必死に謝っているのは、先日の結野こころ奪還計画の際、不覚にも彼女の『網』に干渉してしまい、ひなこの意識は完全にこころの思うがままになってしまったのだ。そしてこころは岡谷に利用されているからして、結果『迷い子』たちと同じように優也ら——特に優也を狙って襲いかかって来たのである。
もちろん優也は、あれがひなこ本人の意思でなかったことは考えずとも分かっている。彼女がそういう人間でないことは、この場にいる全員が知っていること。
それを彼女に言ったところで、変わらず彼女は頭を下げ続けているのだ。
ひなこにとっての、許してもらえた、は何をもって達成されたことになるのか。
(……むしろ、俺が許してほしいよ)
何かの罰、なのだろうか、これは。
人から謝られ過ぎると、これほどまでに気分が悪くなってしまうものなのだ、と、この時優也は知った。
「ごめんね。本当——っに! ごめんね⁉︎ どうしたら許してもらえるかな?」
「どうしたらもこうしたらも、もう俺は許してるって」
「それじゃわたしが納得できないよ! なにかしてあげないと……」
「なにかって、なんだよ?」
「たとえば……、こう…………、なにかご飯を買う、とか?」
それ自分が食べたいだけじゃね?
そんな言葉が、口の中まで飛び出して来た。
ほんと頭ん中、「食」のことばかりだな。図で表せば、
【ひなこの脳内】
食食食
食食食食食
食食
「別に飯なんかおごってもらわなくてもいいって。(どうせお前の食べる量じゃ、自分の分すら)お金足りないんだし。だいたい、俺こそ、ひなこにはいつも助けてもらってんだ。それを言うなら俺がおごるっての」
「ほんとにっ⁉︎それじゃあわたし焼肉がいい‼︎焼肉‼︎」
「わぁった!わあーったから! 焼肉な!」
「やったあっ‼︎」
「…………」
………………あれ? なんかおかしくないか、この流れ?
ひなこが優也に許してもらうために謝っていて、飯まで奢るとまで言いだしていたのに、今では優也がひなこに飯を買ってあげる約束が取り付けられた。しかも、焼肉。
まさか、これを狙ってた、とかないよな?
(ひなこに限ってそれはないか)
ただの偶然だろう。
しかし男に二言はなし。口にしたことを今更無かったことにするなど情けない。
「その代わり、これ以上謝らなくていいから。何度も言うが、とっくに俺はひなこのこと許してる。ってか、そもそも怒ってすらない」
「ほんとに?」
「本当だ」
「ほんとのほんとに?」
「本当の本当に、だ」
「……わかった。もう謝らないね」
分かってくれたのならそれでいい。これ以上続けば気が滅入り、正直病んでしまいそうだ。
「焼肉のためだもん」
「聞こえてんぞ、余計な一言」
「っ——!」
口を押さえたって、もう遅いよ。
理由はどうであれ、なんとかひなこからの謝罪地獄に終止符を打つことができた時、部屋のドアが開かれた。
そこへ入ってくるは、カメリア・フルウ。このメンバーを集めた本人で、最後の一人。
「みんな、待たせちゃったわね」
「お前が遅刻なんて珍しいな」
「あたしにもやることがあるのよ」
「やること?」
「ま、その内分かるわ」
ということは、優也たちにも関係する事なのだろう。
まあ本人がそう言うのならば、と優也は特に詮索しなかった。