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美少女はじめました  作者: 針山田
128/154

128話 今、自分にできること


 目を開けて、真っ先に飛び込んできたのは白い天井。


「ここは……」


 白い天井なんていくらでもあるが、なんだか見覚えがある。それに、どこか心が落ち着く。


「……少女館?」

「正解」


 すぐ横から聞こえてきた声に、少女はそちらを向いた。


「目が覚めたみたいね、結野こころ」

「めぐ姉ちゃん!」


 そこに居たのは寺都芽久実。結野こころがめぐ姉ちゃんと呼んで慕う人物だ。

 普段何を考えているのか分からないほど、顔に感情が表れない。そんな彼女の表情が一瞬嬉しげに見えたのは気のせいなのだろうか。

 ところで、目が覚めて早々、こころは、とある違和感を抱いていた。


「ねえ、めぐ姉ちゃん、一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「『迷い子』の気配を感じないの。繋がりが……途絶えてる?」

「その通り。今の貴女にあの子たちとの繋がりはない」

「どういうこと?」

「シナプス計画は中止された」

「中止? もしかしてめぐ姉ちゃんたちが?」

「そう」


 だとすると、こころは自分自身に起きているある矛盾に気がつく。


「でもどうして? それだと、『ネットワーク』が無いのに、わたしがこうして生きれてるんだろう……?」


 どうやらこころ本人も、シナプス計画自体が自分の命を支えていることに気づいていたらしい。


「答えは簡単。私が貴女をレンタルしているから」

「え?」


 思いもよらない言葉が飛び出てきて、こころは動揺を隠せないといった様子。

 自らの耳すらも疑い始めそうな、


「耳ほじっても意味ないから」


 疑っている彼女に、ため息を吐きならがも、寺都は補足説明をする。


「……だから、私は貴女の契約者。ただそれだけ」

「————っ‼︎」


 ぱぁぁあっ! と、こころの表情が明るくなる。


「——めぐ姉ちゃん!」

「だ、抱き着かないで」


 無理やりこころを引き剥がして、ベッドへと強制的に送還する。


「嬉しいくせにー」

「うるさい、黙って」

「嬉しいことは否定しないんだね?」

「————!」


 このクソガキ。今すぐにでも契約を破棄してやろうか。

 思わず顔に出ていたのだろうか、とっさにこころは話をそらした。


「でもでもっ! どうやったの? わたしは契約の手続きなんてしてないよ?」

「私を誰だと思ってるの。あんなもの、こっちから強制的に結ばせることだって可能」

「そんなことできるの⁉︎ すごい、めぐ姉ちゃん、さすが!」

「まあ……」


 罪悪感に押しつぶされそうな自分を許してほしい。

 実は、岡谷のパソコンからシステムの情報を見て、それを再現しただけ。しかし今さら彼女に打ち明けることすら叶わない。


「……あれ? めぐ姉ちゃん、そのネックレス……」


 何を話せばいいのか、気まずくて分からなくなっていた寺都の首元で輝く装飾品に、こころは気がついた。


「お兄ちゃんがしてた物と同じだよね? 前から付けてた?」

「いいえ。これはあの人のだから」

「? なんでめぐ姉ちゃんが?」

「それは……」


 彼女に告げていいものか。寺都は言葉を詰まらせた。

 結野こころにとって、お兄ちゃんという存在がどれほど心の支えになっていたのか、言わずもがなだ。

 さらに言えば、彼女にはお兄ちゃんと岡谷太一が同一人物ではないという認識であるが、ここで岡谷の死を明かすことは、その認識を改めさせることでもある。


「……そっか。わかったよ、全部。わたしと『迷い子』の繋がりが断てた理由も、めぐ姉ちゃんがわたしと契約した理由も」

「分かったって?」

「約束、したんだね?」

「え?」

「太一お兄ちゃんと。あの人が成し遂げれなかったことを、めぐ姉ちゃんが受け継ぐって」


 その事に気付いたことにも驚きであるが、なにより驚きだったのは、


「貴女、お兄さんと太一が同一人物だって知ってたの?」

「わたしの異能力を使えば、お兄ちゃんがなにを考えているのか全部筒抜けだから」


 言われて気が付くなど、なんて愚かなんだろう。彼ならば正体がバレていることに気付いていたはず。

 それでも互いに別人物として接していたのは、双方の気持ちを優先してのことだったのだろう。


「それと、太一お兄ちゃんからの伝言」

「なに?」

「『例え遠くに行ってしまっても、ずっと俺は芽久実のそばにいる』って」

「————‼︎」


 瞬間、内側から感情が溢れ出そうになる。それを寺都は必死に堪えて、


「——そんなの当たり前」


 そう強がった。


「大丈夫、めぐ姉ちゃんの気持ちは届いてたよ」


 畳み掛けるようなこころの、その言葉に、思わず寺都の表情が緩む。

 

「あ、やっと喜んでくれた!」

「やっと?」

「ずっと落ち込んでるみたいだったから」


 思えば、さっきもそうだったが、彼女が他人のことを理解しているということは、


「貴方、また能力を——⁉︎」

「使ってないよ?」


 それを証明するために、こころは前髪をあげる。彼女の異能力『通心コネクト』は、脳を酷使するため、こころ自身に反動を与えてしまう。その反動を簡単に言えば、額から血液が滲み出てしまう症状。

 しかし、彼女が見せたそこに血のあとは一切なく、真っ白な額があるだけだった。


「でもどうやって他人ひとのことを?」

「うーんとね、なんとなく」

「なんとなくで分かるものなの?」


 ならば初めから、そうしておけばよかったのではないだろうかと考えてしまうのも仕方ない。


「めぐ姉ちゃんに能力を使ったらダメって言われてから、人をよく見てみることにしたの。そしたら、人って感情が顔に出るんだね。そのことに気がついたんだ。今はそれで人を理解してる」

「そう」


 当たり前のことだと思うかもしれない。だが、今まで異能力を頼りに周囲を理解してきた彼女からすれば、そんな事ですら気付かなかったのだ。


「ありがとう、めぐ姉ちゃん」

「なに、突然」


 改まった様子で話し出すこころに、寺都は少しばかり緊張を隠せなかった。自分自身緊張なんて珍しいが、こんなこころを見るのも滅多にない気がする。


「うん。いろいろと。わたし、めぐ姉ちゃんに会えてよかった。それに、あの言葉、嬉しかった」

「あの言葉?」

「——『こころのことは私に任せて』」


 それは岡谷がこれからのことを寺都に任せた時に言った言葉。寺都の覚悟、そのもの。


「貴女、聞いてたの」

「遠い意識の中でね、めぐ姉ちゃんのそんな声だけが聞こえたんだ」


 あの時、こころはシナプス計画の機械に自我を操られて眠っていた。

 まさか、よりにもよって、その言葉を聞かれていたとは。


「やっとわたしのこと名前で呼んでくれたね」


 前に彼女は言っていた。

 人に対する呼称は、その人に対する感情表現の一つなのだ、と。


「ありがと」

「————」

「あ、もしかして照れてる?」

「照れてない」

「照れてるよ! めぐ姉ちゃん、かわいいね!」

「うるさい」

「うるさくないよー」


 真剣な面持ちかと思えば、結局元の調子に戻る。

 異能力を使わずして人のことを知れる彼女も面倒なものである。

 これ以上、この話題を続けるつもりはない。


「貴女こそ、体調は?」

「めぐ姉ちゃんのおかげで、どこもなんともないよ」

「そ」


 興味なさそうに短く返事をして、寺都は席を立ち上がった。


「あれ? どこかに行くの?」

「約束。——映画館、行くんでしょ」


 ぱあぁぁっ! と。

 こころの表情が、より一層明るく変化した。


「うん! 大好きめぐ姉ちゃん!」

「いいから抱きつかないで」


 寺都は、こころと並び、前を向いた。

 後悔したって彼は戻ってこない。

 ならば、彼が叶えたかった夢を実現することが、自分に出来る唯一の手向けなのだろう、と。


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