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美少女はじめました  作者: 針山田
124/154

124話 その計画の先にある真の計画


「——だからその名前で呼ぶな」


 まるで自分の声で目が覚めたかのような感覚。いや、実際にそうなのか。


「先生!」


 夢の中でも聞こえて来た、どこかで、誰かを呼ぶ声。

 とても聞き覚えのあるからこそ、誰が発した言葉なのか、考えずとも分かった。

 視界の先にある彼女の顔を見て、思わず岡谷は笑みがこぼれた。


「ふっ……、こっちの芽久実は相変わらず目が死んでるな」

「どういう意味⁉︎」


 寺都は、今すぐにでも彼を支えていた腕を退けてやろうかと本気で考えた。

 それでもそうしなかったのは、彼女の中で安心の方が大きかったからだ。


「よかった目が覚めた……」


 これほど心の底から安堵したこと、人生で今まであっただろうか。


「太一、これ以上は見苦しい悪足掻きになる。諦めて一緒に帰ろう」

「そうだな。研究所を止めるのは彼らに任せよう」


 けど、と岡谷は続ける。


「一緒には帰れない」

「どうして⁉︎」


 岡谷の口から語られた理由は、寺都が思いもしなかったものであった。


「俺が今生きていられるのは、『願石』のおかげで体内に『生力』が多く残ってるからだ。この傷だって『生力』によって高められた治癒能力のおかげだ。自力じゃ歩くのだって不可能だろう。俺はそう長くない。最後は『生力』に呑まれて死ぬだろう」

「助ける方法は⁉︎」

「ここまで『生力』に蝕まれれば手遅れだ」

「でも何か——」

「例えあったとしても、俺がそれを望まない」

「どうして……!」


 岡谷本人が死にたがっているわけでないことはわかる。彼は何かしらの理由で、やむ終えずその選択肢を選んでいるのだ。


「例えここで何か方法を見つけて俺が助かったとしても、後に研究所から殺されるだけだ」

「そうとは限らない」

「限るさ。それに、俺は立場を利用して何度も制約を破ってきた。それでも見逃されてたのは、単に研究所が俺を必要としていたからだ。だが、その研究所を確実的な形で俺は裏切った。こうなってしまった以上、研究所にとっての俺の存在価値は失われてしまったと言っていい。俺が生き続けれる場所はない」

「でもっ! 今も門番遥は生きてる」

「彼女と俺では立場が違い過ぎる。あくまでも門番遥は、研究所の出入りを監視していた門番だ。内部の情報までは知らない。対して俺は内部事情まで詳しく知った人物。生きていれば研究所にとって害にしかなり得ない。遅かれ早かれ、必ず研究所は俺を殺しに来る」

「逃げながら、隠れながら暮らせばいい。私もできるだけのことを……ううん、それ以上に協力するから」

「芽久実も知ってるだろ。研究所から逃げることなど無理だ。どこにいたって探し出されてしまう」

「……けど、今新鋭隊の第一部隊が研究所を偵察してる。だから下手に動けず石崎優也たちのことも二の次になってる。もしかしたら太一だって」

「俺だけじゃない。芽久実や、あの子達のことも、常に研究所は監視してる」

「どういうこと……?」


 今もなお、研究所は活動を続けているということなのか。


「所長は石崎優也たちが殺した。本部を失った研究所は今誰が……」

「悪い、そこは話せなくなってる」


 研究所所員の幹部に掛けられている禁則事項。岡谷が話せないと言うことは、何かしら研究所は隠しているのだろうか。


「これは芽久実や彼らのためでもあるんだ。俺といればあの子達だって殺されかねない。例え芽久実と暮らせれる人生だとしても、その先お前が殺される運命を選ぶくらいなら、このまま死んだ方がいい」

「…………でも、だめ。やっぱりだめ。死なせない。太一、死んだら私が許さない」


 彼に生きて欲しい。生きて、そばに、一緒に居て欲しい。

 もはやそれは、寺都の懇願でしなかった。

 それに、まるで我が子をなだめるように岡谷は静かに言う。


「わかってくれ、芽久実」

「…………」


 寺都は決して首を縦には振らなかった。

 そうしてしまえば、彼の死を認めたことになってしまう。そんなことをすれば今後一生、寺都は自分のことが許せなくなる。

 その無言を岡谷はどう捉えたのか。

 彼はそのまま話を続けた。


「あそこにあるパソコン。あの中には『ネットワーク』を崩壊させるプログラムが入っている。それを始動させれば、シナプス計画は即座に中断される」

「『ネットワーク』を失ったこころはどうなるの?」

「こころって呼ぶんだな、あの子のこと」

「い、今は関係ない」


 呼び方なんてどうだっていいのだから。


「芽久実も気付いていると思うが、彼女は『ネットワーク』を通じ、『迷い子』たちから『生力』を得ている。そして今の結野こころは、その『生力』で生命活動を行なっている。それを失うことは、死と同じだ」

「それじゃシナプス計画の阻止は……」


 計画の阻止か、こころの命か。


「……一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「こころ、私のことを何か言ってた」

「話してもいいが、それを聞けばきっと躊躇ってしまう」

「別に構わない。だから話して」


 この答え次第で、寺都の選択肢が決まる。


「結野こころを連れ帰ったあの日、俺は少し彼女と話をした。そしたら、お前のことばかり話してたよ。ステラに行ったそうだな。ご飯おごってもらったことを喜んでたよ。それに服も買ってもらったってな。映画を観る約束もしてるんだ、って。芽久実のこと、相当気に入ってたみたいだぞ」

「そう」


 話を聞いただけで、彼女の喜ぶ顔が想像できた。


「あのパソコンでプログラムをインストールさせればいいのよね」

「ああ。だが、本当にいいのか?」

「いいの。覚悟は決めたから。こころのことは私に任せて」

「……そうか。嫌な役を任せて悪いな」

「構わない」


 恩師である岡谷からの頼み。寺都自身聞き入れてあげたかった。


「……ねえ、太一。貴方はこの計画の末、何を阻止しようとしていたの?」


 それは寺都が疑問に思っていたこと。おそらく、石崎優也も同じことを感じていただろう。

 シナプス計画で全ての『美少女』を操っても、本当の意味で『世界美少女化計画』を止めれたとはいえない。そのことに気づかない岡谷太一ではないはずだ。


「本当に『世界美少女化計画』の阻止が目的だったの?」

「その計画の奥に隠された、真の計画。研究所は、それを実現しようとしている」

「真の計画?」

「俺から伝えられるのはここまでなんだ」


 研究所が目論む『世界美少女化計画』。世界中を『美少女』で埋め尽くそうとするその計画の奥にある、彼らが本当に実現させようとしている真の計画とは何なのだろうか。


「その為に、結野こころ、『迷い子』たちを巻き込んでしまったことは本当に申し訳ないと思っている。可能であれば、俺一人で阻止できる物であれば良かったんだが、どうにも不可能でな。彼女らを利用せざるを得なかった」

「こころや『迷い子』のみんなは、貴方を恨みなんかしないと思う」

「そうか。それなら良かった」

「大体、私に相談してくれたら力になれたかもしれないのに」

「そうだな。けど芽久実に迷惑をかけたくなかったんだ。お前には、学校に行って、恋をして、就職して、結婚して、子供ができて、歳をとって、そんな当たり前で普通の人生を歩んで欲しかったんだ」

「迷惑なんかじゃない。私は太一の力になりたい。それが一番の幸せ」

「その言葉をもっと早く聞いてたら、こんな後悔なんかせずに済んだんだろうな……」


 彼の言う後悔という念が何であるのか。あえて寺都は考えなかった。


「それじゃあ、プログラムを始動してくる」

「ああ、頼む」


 岡谷をそっと壁にもたれさせ、寺都はこころが眠る台のそばに置かれた機械へ歩み寄る。そしてその上に乗せられたパソコンを起動した。

 岡谷が言っていたプログラムというのがどれであるのか、デスクトップを見れば一目瞭然であった。

 パソコンと機械をケーブルで繋ぎ、プログラムを実行させる。


「これでよし……」


 途端、回り続けていた冷却用のファンが止まり、全ての機械はその動きを停止させた。


「こころ……」


 台の上に眠る少女を、寺都は腕の中に抱き上げる。

 その瞳は虚ろで、生きている人のようには感じられなかったが、


 ——めぐ姉ちゃん


 そう呼ばれているような気がした。


「今帰るから」


 聞こえてないだろうが、そう小さく寺都は返した。


「芽久実」


 呼びかけた岡谷の方へ寺都は向く。


「なに?」

「一つ頼みごとをしてもいいか?」

「内容によるけど」

「研究所が目論む計画を、俺に代わって阻止してほしいんだ。俺にはできなかった方法で。それが俺からの——先生からの最後の課題だ」

「わかった。必ずその課題、達成してみせる。だから最後なんて言わないで」

「…………ありがとう」


 ただそれだけ。岡谷はそっと感謝を述べた。


「それと、芽久実に協力している彼らの中に、明元ひなこという『美少女』がいるだろう」

「知ってるの、彼女のこと?」

「彼女が関わったあるプロジェクトのことを知っていてな。トップシークレットゆえに、あまり詳しくは書かれていないが、そのプロジェクトのことをまとめたファイルがある。あのパソコンごと持ち帰ってくれ」

「わかった」


 ケーブルを抜き去り、腕と体の間にパソコンを挟み込む。


「太一、必ず戻ってくるから」


 それだけを言い残して、寺都はこころを抱え、その部屋を後にした。


「大きくなったな……」


 去り行く彼女の背中をその目に焼き付けながら、岡谷は静かに瞼を閉じた。


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