122話 この想いが届かないくらいなら
ここまで来ていながら、寺都は悩んでいた。
自分が今している行為は、親同然である岡谷を裏切ることになるのではないだろうか、と。
岡谷太一は、昔から正義感の強い人だった。それは今でも変わらないはず。だからこそ、『世界美少女化計画』なんてものを見て見ぬ振りすることができなかったのだろう。
そんな彼でも結野こころや『迷い子』を利用、犠牲にしてまでシナプス計画を実行しなければならなかったのは、きっとやむを得なかったのだろう。
これは彼の本意ではない。寺都は、そう信じている。
「……けど、こんなの間違ってる」
自分が目覚めさせてあげなければ。
そしてまた一緒に暮らすんだ、あの日のように。
通路の突き当たり、そこにある扉を開けると、部屋の中心部に岡谷太一の姿があった。その奥には機械の上に眠る結野こころの姿もある。
「太一……」
「芽久実、どうして君まで。あの時に手を引くよう忠告したんだが」
確かに聞いたし、一度は悩んだ。
「こんなの間違ってる」
「それでも、あの計画を阻止するには『美少女』を壊滅させるしかない」
「あの計画って、『世界美少女化計画』のこと?」
その問いに、岡谷は返事を返さなかった。
「太一。今すぐシナプス計画を中断して。私と一緒に帰ろ」
「俺からもお願いだ。諦めて帰ってくれ。あの子達までとは言わない。君だけでもせめて」
「駄目。太一も連れて帰る。お願いが聞けないって言うなら力尽くでも」
その言葉に答えるかのように、後方に控えていた十体の人造人間が、寺都の前へと出た。
「さすがにこの数の人造人間を相手に勝てるわけがない。今ならまだ戦わずに済むから。太一、お願い」
「俺も君を傷つけたくはないが、悪い、芽久実。俺は本気でシナプス計画を成功させようとしてる。どんな火の粉が降りかかろうと、全て払いのける。例えそれが君だったとしても」
「どうして……」
岡谷が白衣のポケットから取り出したのは、綺麗な色をした石。人間に異能力を与える道具『願石』である。
それを彼は一つ、手のひらの中で握りつぶした。
瞬間、岡谷が突き出した手から、炎の渦が放たれる。
それを合図にするかのように、人造人間がいっせいに岡谷へ立ち向かう。
「ちがう……」
彼と戦いに、ここへ来たんじゃない。
「違う…………」
彼を止めに、ここへやって来たんだ。
「違うッ‼︎」
生き残った人造人間が、岡谷へ覆い被さった。
「太一⁉︎」
途端、全ての人造人間が木っ端微塵に消滅する。
その中心から現れる岡谷太一。彼の手のひらには、地、水、火、風、それぞれの属性に応じた、琥珀色、緋色、藍色、鮮緑色の四色の『願石』が粉々に握られていた。
「太一、それ……」
寺都が言葉を失ったのは、『願石』が持たれた岡谷の腕が、奇怪に変異していたからだ。もはや人間のそれではなかった。
いや、姿こそ人間の形をしているが、彼の中身はすでに『生力』に呑み込まれている。
言わば、『原石』が『美少女』を暴走させるのと同じ原理。特に彼女らと違い、岡谷や寺都のような普通の人間は『生力』を処理する能力がない。多少の『生力』で飽和状態となり、自我を失う。
寺都もそれを危惧し、『願石』なる存在を把握していながら実用させなかった。
それに気付いていなかった岡谷ではないはず。
「そこまで本気なの、太一……」
猛獣のような荒い息を吐き出しながら迫り来る彼の姿を見て、あの計画に尽くす彼の執念を知った。
人造人間はすべて死んだ。寺都に彼を迎え撃つ手段はない。例えその手があったとしても、彼女は望まなかっただろう。
寺都の前へ立つ彼。彼の腕だった右腕が、大型の剣へと変化する。
ここで彼に殺されたとしても本望だ。
「——ここまで育ててくれてありがとう、太一」
振り下ろされる剣を前に、寺都は死を覚悟した。
ザンッ、と。
痛みも感じる間も無く、寺都は斬り殺される。
————……はずだった。
「…………」
目の前が真っ暗。それは、死んだからではない。目をつむっているから。
寺都の意識は前と後で変わらずそこにあった。
「…………?」
あまりにもおかしい。死を体験したことなど、この人生あるはずもないが、これが人生の終わりとは到底思えなかった。
恐る恐る目を開ける寺都の視界に映り込んできたのは、
「太一⁉︎」
自らの胸へ剣に変異した腕を突き刺した状態で、口から血を垂らした岡谷の姿だった。
「芽、久実……」
「太一ッ‼︎」
力なく後ろへ倒れる岡谷の体を、床寸前で両腕に受け止める寺都。
「太一‼︎」
「俺が、お前を殺すなんて……、あり得るかよ……」
「ちょっと、喋らないで!」
右腕こそ化け物の姿をしているが、そこにいるのは確かに寺都の知る岡谷太一であった。
どうやら寺都を斬る寸前理性を取り戻し、そのまま自身を刺したらしい。
そんな丁寧な分析、今はどうだっていい。
彼を、岡谷太一をどうにかしなければ——。
「芽久実……、無事だった……か?」
おもむろに口にする彼の言葉一つ一つに合わせて傷口から血が溢れ出してくる。
「いいから黙ってて」
「大丈夫かだけ……答えてくれ」
「見ての通りだから。私のことより自分の心配をして」
「そうか、良かった…………」
「太一?」
安心したように笑みを浮かべ、岡谷の意識が遠のいて行った。
「太一⁉︎ 太一ッ⁉︎」