118話 その場しのぎに過ぎないが
「おい寺都、どこに向かうんだよ?」
「こっち」
「なんか作戦でもあんのか?」
「一時的だけど」
追ってくるひなこと『迷い子』を背後にしながら、寺都について行くまま優也たちがたどり着いたのは、例の幼女が眠っている部屋。今もなお、ガラス張りの向こう側では、ベッドに横たわる女の子の姿がある。
「中に入って」
言われるまま、寺都とともにガラス張りの部屋へと入る優也と彼に背負われた遥。
「入るって、ここ行き止まりじゃねぇか」
見渡す限りに入口以外にドアはない。
袋小路に慌てる優也。それに畳み掛けるように、ガラスの向こう側に『迷い子』らが現れる。
「おいどうすんだよ⁉︎」
「落ち着いて。出口ならこっちにもある」
入ってきた入口とは反対側のガラス、その一角を寺都は押し開ける。
見ただけではドアとは分からない。完全に他のガラスの壁と一体化していた。しかも、こちらからではガラスの向こうを見ることのできないマジックミラー仕様になっている。
「気づかなかったぜ」
「入って。早く」
「おう」
関心している場合ではない。すぐそこまで『迷い子』が迫って来ているのだから。
遥を背負いながら、優也は急いでドアをくぐる。その後ろを寺都が続き、その戸を閉じる。
ゴンッ、と鈍い音を立て、『迷い子』の一人がガラス戸にぶち当たった。
「あ、危なかった……」
安心できる状況なのか不明であるが、とりあえず優也は溜まっていた息を吐き出した。
そこへ、ガラスの向こうで立ち止まる『迷い子』たちの後ろから、七星を手にしたひなこが姿を見せる。
彼女はガラス一枚を挟んで優也たちと対峙すると、その刀を振り上げた。
「な、なあ、このガラス大丈夫なんだよな?」
ガンッ! 七星が音を立て、ガラスを斬る。その後に、目立つ傷は見受けられない。
「さすがに対異能力用ではないとは言え、多少は耐えれる設計になってるはず。けど、それだっていつまで持つか……」
今も、ガラスの奥では、ひなこ含め『迷い子』たちがガラスを突き破ろうと攻撃を続けている。
優也たちがドアを使ったことを見ているはずなのに、それを開けようとする子が一人もいないあたり、ただただ彼らは襲うことへの衝動に突き動かされているのだろうか。
そんな冷静な分析は置いておいて。
「どうすんだ? この間に逃げるか?」
「それもいいけど、もっと時間を稼ぐ方法がある」
「なんだ?」
その問いに寺都が返答することはなく、かわりに答えを見せた。
横手の壁にあったボタンを、寺都は押す。
直後、向こうの部屋で何かが噴出される音がして、暴れていた『美少女』たちが、次々と気を失い、床に倒れこんでいった。
一体寺都は何をしたのか。
それを優也は知っていた。同じ光景を少し前にも見たからだ。
「睡眠薬か」
「そう。これでしばらくは気を失ってると思う」
「その間にどうするか、だな」
「そういうこと」
彼女らから逃げる、というだけでは終わらない。なにせ、ひなこまでもが『迷い子』に共闘してしまっているのだから。
「あ、あの……、もうおろしてもらっても……?」
その時、背後から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。それを聞いて、優也は今まで遥を背負ったままであったことを思い出す。正直重たくないから忘れてしまっていた。
「お、ああ、そうだな」
もう『迷い子』らから急いで逃げる必要もない。
優也は腰を落として、遥を床におろした。
そうして振り返り、彼女の顔を見て、優也は驚く。なんせ、トマトのように、顔全体が赤くなっていたからだ。
「ちょっ、熱でもあんのか?」
「貴方のせいですよ、優也さん……」
「俺の?」
何かしただろうか。
というか熱でないというのならば、一体何をしたら、ここまで顔を赤く染めることができるのだろうか。
「邪魔して悪いけど、惚気てる余裕は私たちにはない。あの催眠薬、補充できてないから量が基準値より少ない。効果がどれだけもつか分からない」
「惚気てるって……」
そんなことを遥と話していただろうか。彼女は何か勘違いをしている気がする。
寺都は、『迷い子』ら全員が眠りに落ちたことを確認し、ドアを開けて中へと入っていく。そのあとを優也と遥が続いた。
「ほんとに眠ってるんだよな……?」
「あの薬の効果は確か。それは保証できる。心配なら、殴ってみるか何かしてみたら?」
「いや、そんなことしねぇけどさ」
いくら念のためとはいえ、眠っている少女に何ができるかってんだ。ましてや暴力なんて問題外。
床に倒れる『迷い子』たちの間を通り抜けながら、優也はある地点で足を止める。
「ひなこ……」
彼女も、もちろん他の子たちと同様に気を失っている。
優也の後ろを歩いていた遥も、同じく彼女の隣で立ち止まった。
「心配、ですよね」
「まあな」
一体彼女の身に何が起きたというのだろうか。
とりあえずひなこだけでも。そんな気持ちで、優也は彼女を壁にもたれさせた。
「その子なら心配いらない。この件が解決すれば元に戻る」
「何か知ってんのか、寺都」
「おおよそは」
「話してくれよ」
「分かってる。でもまずは、これからのことも含め、私の研究室に移動したい。異論は?」
「ない」
「ありません」
全員の意見が一致。三人は、居住区の手前にある、寺都の部屋へと向かい始めた。




