117話 vsひなこ
優也たちが居住区へ駆けつけた時には、すでにそこは荒れた紛争地帯と化していた。
ちょうど、ひなこたちが捕らえたあの幼女と同じ歳ほどの子供たちが、各々様々な武器を手に暴れまわっていた。
「あの子たちは……」
「彼女と同じ『迷い子』」
「つうことは……」
「岡谷太一が手を打ったということ」
「まじかよ」
ああは言ったものの、まさか本当に攻めてくるとは。まるでどこかで聞かれていたかのよう。まあ、『迷い子』の一人が捕まった時点で、襲撃の実行を下しただけだろうけど。
しかしこれは最悪のパターン。数が多すぎることもそうだが、ここにいる優也とひなこは本調子でない。遥だって疲れを癒せてないだろう。
(穏便に済ませる方法なんて……)
その時、『迷い子』たちが、一斉に優也らを睨んだ。そして、次々と武器を構え出す。その彼女らの鋭い眼差しに、一同は一歩後ろへと引き下がった。
「これって……、まずい状況じゃねぇか?」
「わたしもそう思うなぁ……」
「同意見です」
「私に彼女たちを止めることはできないから」
とりあえず————
「逃げんぞッ‼︎」
四人は、高速クイックターンを決め込み、全力で走り出す。
この状況下で、体調云々言ってられない。止まったら死、それだけが頭の中にあった。
しかし後ろを向いて見ても、
「クソッ……」
『迷い子』たちは、まるで獲物を狙う狩人のごとく、追いかけて来ている。
「なんとか出来ねぇのか……」
「わたしが食い止めるよ」
キュ、と靴底を鳴らしてその場に立ち止まるひなこ。そんな突飛な行動に、優也ら三人も慌てて失速する。
「食い止めるて……。さっき体調悪そうだったろ、無理すんなよ」
「だけど、これ以上逃げてもむだだと思うから」
「それはそうかもしれねぇけど……」
「だいじょぶだよ、ちょっとくらくらするけど、このくらい大したことない」
もはや空元気。自分に言い聞かせていることなど、ひなこの表情を見れば一目瞭然であった。
そんな彼女を心配してか、遥がひなこの隣に並ぶ。
「私も戦います」
「遥ちゃん……」
「正直、この擬似異能力が『迷い子』たちにどれほど通用できるか不明ですが、ここで戦わなければ、なんのために協力者になったのか分かりませんから」
「遥ちゃんがいてくれたら心強いよ!」
「お前ら……」
そんな二人の背中を見て、優也は悩んでいた。
相手はあんな幼い子どもだろうと、立派な『美少女』だ。果たして自分が太刀打ちできるのだろうか。
——情けないわね。それでも男なの? あんたを鍛えたのは、このあたしなのよ。もっと自信を持ちなさいよ、ユウヤ。
どこからか、そんな声が聞こえたような気がした。
「——だな」
男の自分がこんなでどうする。女の子二人に守ってもらって、自分は安全圏で事が済むまで見てるだけってか。
「俺だってな——男なんだよ!」
「お、優也くん、かっこいいね!」
「だろ?」
もっと言ってくれ。
「足震えてるけど」
「それは言うなよ……」
どれだけ何度覚悟を決めたとて、怖いものは怖いんだから。
ひなこは七星を、遥は石でできた手甲を、優也は拳を、それぞれ構える。
「いくぞ!」
様子を伺って立ち止まっていた『迷い子』たちが、優也らの動きに合わせて一斉に動き出す。
さすがは現『美少女』のひなこ。次から次へと『迷い子』らを負かして行く。寺都の開発した『輝石』を用い擬似異能力を扱う遥も負けず劣らず、襲い来る幼女たちを倒していた。
(俺も負けてらんねぇな)
床に落ちる『迷い子』の『創器』を手に取り、優也は目の前の敵に立ち向かった。
「はあ——ッ‼︎」
カメリア・フルウに教えてもらった戦術の全てを生かす。
「……っと」
二人に遅ればせながら、『迷い子』を倒して行く優也の背に、何かが当たった。
横目で背後を振り向き、それがひなこの後ろ姿であることを確認した優也は、彼女に話しかける。
「終わりのこと考えたらダメだって分かってても、あと何人って数えちまうよな」
とはいえ、まだ半数も過ぎていないが。
「…………ひなこ?」
いくら戦闘に集中してるといえど、そうだね、くらいの返事は返ってくるものだと思ってたが。
「——とっ⁉︎」
振り返る優也のすぐ目の前を、銀色に煌めく物が、空気を切断しながら横切る。
言うまでもなく、それはひなこの持つ七星であった。
特訓の成果。かすかに感じた殺気が無ければ、今頃ひなこに一刀両断されていたことだろう。
「おいっ⁉︎ひ、ひなこ⁉︎」
「——あれ? あれれ⁉︎」
優也の呼びかけに、魂を取り戻したかのような反応を見せるひなこ。
「優也くんを斬るつもりはなかったんだよ。ほんとだよ⁉︎」
「いやわかってるけどさ」
まさか彼女から殺したいほど恨まれていたなんて考えたくもない。
「ごめんね、優也くん。けがしてない?」
「ああ、大丈夫だけど。ひなここそ大丈夫か? やっぱ疲れてんなら後ろに下がっとけよ?」
「ううん、だいじょぶ! はやく残りの『迷い子』さんたちも助けてあげよ!」
頬を軽く両手で叩いて、ひなこは気合いを入れ直す。それから戦場へと再び赴いた。
「ほんと大丈夫なのかよ……」
敵と味方、しかも長らく一緒にいる優也のことを勘違いしてしまうなど、もはや重症を通り越しているように思えるが。
自身より他人の心配に気をつかう優也のもとへ、『迷い子』と間合いを取った遥がやって来る。
「先ほど、ひなこちゃんに襲われているみたいでしたけど大丈夫でしたか?」
「ああ、俺は何とも。しかしなあ……」
「どうしたんでしょうか」
「わからん。疲れてんのかなと思ったけど——」
「——優也さん!」
突然、優也の視界がぶれた。
その端で確かに見た、優也に手を伸ばしている遥の姿を、彼女の手甲とひなこの七星がぶつかり合っていることを。
遥は優也を突き飛ばした反対の腕の手甲でひなこからの一撃を防ぐ。
「っ……!」
かろうじて防げたということもあるが、純粋に彼女の一刀が重い。しかし、手甲が壊されてしまう心配はない。
それに気づいたひなこは、瞬時に七星を虚空へしまう。
ひなこが炎の球を放つのと、それを察知した遥が防御壁を創り出すのは、ほぼ同タイミング。
「ぐあッ‼︎」
異能力対擬似異能力。遥は爆発の衝撃で、大きく後方へと吹っ飛ばされた。
床に尻餅をついた優也は、横合いを通り過ぎる遥に遅れて気がつく。
「遥⁉︎」
後ろを振り返った頃には、廊下の端で隠れるように戦況をうかがっていた寺都の横も通り過ぎ、遥は砂埃の立ち込める壁の中に埋もれて見えなくなっていた。
「遥ッ‼︎」
慌てて立ち上がり、転びそうになりながらも、彼女のもとへ走り寄る。
「優……也さん……」
「大丈夫か?」
「この程度、なんてことありません……」
遥に目立った外傷はない。岩の壁を寸前で作り出せたおかげであろう。あれがなければ、ひなこの異能力をまともに食らっていた。
「ひなこは……」
七星を片手に、ひなこは、他の『迷い子』たちのように、正気が失われた虚ろな瞳で優也たちを見つめていた。
もはや、そこにいる彼女は、ひなこの姿をした、全くの別人のようであった。
「石崎、門番を連れて、ついて来て」
それだけ伝えると、寺都は近くにあったドアから居住区の外へと出て行く。
「起きれるか?」
「はい……」
優也は遥の手を引き、手助けをする。そうして、彼女の前に背を向け膝をついた。
「ほら」
「優也さん、なにを?」
「背負ってやる。さすがに走れないだろ」
「だ、大丈夫です」
「いいから、早く」
「で、では……」
遥が自身の背中に乗ったことを背で感じ、優也は立ち上がる。
「走るぞ」
「は、はい」
すぐそばにあるはずの遥の顔。でも、優也は彼女がどんな表情をしていたのか、知らなかった。