116話 これからの事。そして、フラグ回収
再びこの部屋に、ひなこ、遥、寺都の三人が戻ってきて、優也は気になっていたことを質問した。
「そういや、俺が気ぃ失ってる間に、なんか進展はあったりしたか?」
「そのことなんだけどね、優也くんに一つ確認しておきたいことがあるんだ」
「なんだ?」
途端、難しそうな表情を浮かべて姿勢を正すひなこ。彼女にしては珍しい。それにつられるように、場の空気が一転。
何が来るのかと、優也は固唾をのんで、ひなこからの一言を待つ。
「結野こころちゃんを助けたい?」
「んだ、そんなことかよ」
気を引き締めて損した。
「当たり前に決まってんだろ。なんなら岡谷のやつも一発ぶん殴って正しい道に戻してやるよ」
「貴方との約束は岡谷太一を探し出すこと。それはある意味達成された。これ以上、貴方がこの件に関わる必要はないと思うけど?」
「なんだ、そんな内容だったのか。俺はてっきり岡谷がお前のもとに戻るまでだと思ってたが」
まあ、なんにせよ。
「さっきも言ったろ。俺は二人とも助け出す。そう決めたからな」
「岡谷太一から、これ以上敵対するのならば容赦はしない、と警告されている。次会った時には、私たちの命はないかもしれない。それでも?」
「止めるに決まってんだろ。そりゃ死にたくねぇが、それをとやかく言ってたら、俺の叶えたい夢が実現しねぇしな」
これは岡谷太一が企てるシナプス計画を阻止すれば、すべて解決する話。
しかし優也、いや、ひなこらと叶えようとしている夢は、何をすれば叶えられるのか、いわば終わりのないものである。誰と、いつまで戦い続ければいいのかすらも分からない。
そんな夢を叶えようってんだから、それから比べれば岡谷とこころの救出など、軽い任務である。
「ねっ、わたしの言ったとおりでしょ。優也くんなら、そういうと思ってたよ」
満足げに鼻を鳴らすひなこ。
「どういうことだ?」
「じつはね、あの日にね、寺都さんから、いまの話を聞いてたの。これからどうするのかって。わたしと遥ちゃんは、もちろん計画も止めるし、二人とも助けるって言ったんだけど、優也くんには聞けなかったから。でもよかった、思ったとおりで」
「今さら、それじゃ、って放っておけるかってんだ」
優也、ひなこ、遥の意見は、言うまでもなく同じ。ならば、もう一人はどうなのか。
「そういう寺都はどうなんだよ。死ぬのが怖くて岡谷のこと諦めるのか?」
「そんな安い挑発に乗るみたいで不本意だけど、私の目的はあの二人を連れ戻す。ただそれだけ」
「満場一致だな」
それぞれの目的は少し違えど、二人を助けたい、この件に関わり続けるという点では皆同じ。
「それでね、優也くんが寝てるあいだに、じつは一つ進展があったんだ」
「どんな?」
「この三日間ね、わたしと遥ちゃんで調査を続けてたの。その時に、あの子に襲われて」
「あの子?」
「ほら、前に襲ってきたかわいい女の子。わたしが捕まえそこねちゃった」
「ああ、あいつか」
正直、かわいい女の子、と言う情報だけならわからなかっただろう。なんせ、ひなこがかわいいと認識する女の子は多いのだから。
「それで、ひなこたちは大丈夫だったのか?」
「わたしたちはなんとも。遥ちゃんと二人だったから」
「その子は?」
「捕まえれたの」
「捕まえたのか⁉︎」
こくりと首を縦に振るひなこ。遥へ視線を移し確認しても、同じように肯定の返事が返ってきた。
「今ここにいるんだけど、会いに行く?」
「ああ、もちろんだ」
彼女からシナプス計画の止め方などを聞き出せればいいのだが。
期待に胸踊る足取りで、優也たちは居住区とは反対側。少女館の研究エリアへとやって来た。その一室の前で一同は足を止める。
「この中だよ」
「おう」
緊張。優也の中を支配していたのは、ただその一言であった。
モーター音とともに自動ドアが開かれ、部屋の中へと入る。
特に何もない部屋。あるとすれば、対面にガラス張りの壁と、その向こうにいる件の幼女の姿であろう。
ベッドに腰下ろす彼女はうつむき、表情はうかがえない。
「なあ——」
一歩、優也が足を踏み出した瞬間、幼女の瞳が光った。
「————ッ‼︎」
言葉にならない声で、幼女は牙を立てる。その眼光は、優也をしっかりと射止めていた。
今もなおガラスを殴り続ける幼女。手足に縛られた鎖がなければ、こちら側までたどり着いてしまいそうな勢いだ。
「あのガラス、割れたりしねぇよな……?」
「対異能力、とまでは言わないけど、殴ったり蹴ったりで壊せるような代物じゃない」
「そっか……」
とはいえ、静かに優也は二歩、後ろへと下がる。立ち位置的には最後尾。
だからこそ見えた、くらり、と体勢を崩すひなこの姿が。
「ひなこ⁉︎」
「ひなこちゃん⁉︎」
優也の慌てた声に合わさるように、遥もひなこを支える。
「大丈夫か、ひなこ」
「う、うん……。ちょっとめまいがしただけだから」
「少し休む? 居住区に連れて行くよ?」
「そうだぜ。前の戦いの疲れが出てんのかもしれねぇし。少し寝た方がいいって」
「わたしならだいじょぶだから。ごめんね、心配かけて」
優也の腕の中から立ち上がるひなこ。その様子は、大丈夫と言い張れるものではなかった。
そういえば前にも似たようなことがあった気がする。確かあれは、結野こころを助け出す時だったか。
「しかし、あいつ、話を聞けるような状態じゃねぇな」
「結野こころは、『網』という特殊な繋がりで、『迷い子』達を操ってる。それを解かない限りは、この子はこの状態のまま」
薄々は気づいてたけど、やっぱり無理か。
「てか、ネットワークやら何やら。そんなこと、いつ知ったんだよ」
「無駄にあの子を私のそばにいさせたんじゃない」
言いながら、寺都は横合いの壁にあった赤いボタンを押した。
その瞬間、ガラスの向こうの部屋に無色透明な何かが噴出された音がし、暴れ狂っていた幼女が静かに床へと倒れ込んだ。
「何をしたんだ?」
「睡眠薬。手に負えなくなった時のために、このボタンで散布されるようにしてる」
幼女の眠る部屋へ入り、寺都は彼女をベッドの上に寝かせた。
それから優也たちのもとへ戻ってくる。
「しかし、彼女を捕まえたことで、岡谷太一には私たちが計画の阻止を続けてることが気付かれたはず」
「だからなんだってんだ。来るなら来いってんだよ」
こんなことを言ったから、と責められたら、何も言い返せないかもしれない。
優也が挑発じみたことを言い放った直後、少し離れた場所、しかし確実に建物の中で、凄まじい音が鳴り響いた。