112話 一番の薬は
「そういや、ここはどこの部屋なんだ?」
「居住区だよ」
「つうことは、あの日から俺は少女館で気を失ったままだったのか」
薄々、そうではないかと思っていた。
それにしても、今ばかりは、両親が共働きで、滅多に家に帰ってこないことを幸いだったと嬉しく思う。でなければ、捜索願いを出されていたレベルであろう。
「よかった。優也さん、目を覚ましたんですね」
そこへ、部屋に入り優也の顔を見て安堵の息をもらしたのは、門番遥。
「遥も無事そうでよかったよ」
「私なんてそんな。優也さんに比べれば、大したことないですよ」
「それでも、遥が無事でよかった」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
遥がほのかに頬を染めていた理由を優也は理解できなかった。
「ほんとお前らには迷惑かけたな。俺が不甲斐ないばかりに」
「そんなことはありません。優也さんは勇敢だったと思いますよ」
「負けちまったけどな」
「大切なのは結果ではありません。あの状況下で立ち向かえた心です。それは誰にも責めれることではありませんよ」それに、と遥は続ける。「あそこで岡谷太一を止めていたなら、私たちの面目が立ちません」
「それもそうだな。慰めてくれてありがとうな、遥」
「いえ、どういたしまして」
嬉しそうな遥を横で見ていたひなこも満足げに一言。
「でも遥ちゃんもすみに置けないね」
「?」
「だって、ご飯持ってきてくれてるんだよ?」
「お、ほんとだ。気付かなかったぜ」
彼女の手に持たれたお盆の上には、出来立てであろう湯気をあげる料理の数々が載せられていた。
「あれ? でも俺が起きてるって知らなかったんじゃ?」
「実は、前を通りかかった時に話し声が聞こえたので。もしかして、と思いまして」
「そうだったのな」
ベッドの横にあったテーブルの上へお盆が運ばれる。
途端、美味しそうな匂いが優也の鼻孔を刺激する。
「うまそうだな。遥が作ったのか?」
「はい。自信はありませんが」
「優也くんが起きたらご飯作るって聞いて、わたしも手伝うって言ったんだけどね? 遥ちゃんが、だめって」
「ああ、それは俺もやめておいたほうがいいと思う」
「それどういう意味かな⁉︎」
「そのまんまの意味だ」
あんな暗黒物質、食べれば再び気を失いかねない。しかも今度はもっと長い眠りになること必至。
是非、彼女には一度、自分で作ったご飯を自分で食べて欲しいものだ。
ぶー、と頬を膨らませ、不満そうに表情を歪めているひなこは放って置いて、優也は遥の作ったご飯に目を落とした。
「食べていいのか?」
「はい。ですが、もしよろしければ……」
お箸で一口サイズに分け、それを掴む遥。
「?」
頭上に疑問符を浮かべる優也へ、待ちきれないといった風にひなこが言う。
「わかってあげてよ、優也くん。遥ちゃんは、優也くんに食べさせてあげたいんだよ」
「そうなのか?」
「……ゆ、優也さんが嫌でなければ……」
本当だったんだ。てか、ひなこはよく分かったな。そして急かすように鼻息が荒いのはなんでなんだ?
「それじゃ、いいただきます……」
「…………」
そこまで緊張されたら、こっちまで移るんだが……。
それでも優也は口の中へ運ぶ。
「……ん、うん。美味い!」
「本当ですか⁉︎」
「ああ、美味いぜ。遥、料理上手いんだな!」
「そ、そんなことは……」
「是非とも教えてやってくれよ、こいつに」
「優也くんひどくない⁉︎」
「いや、酷くないだろ」
酷いのはお前の料理だよ。
そんなことを考えつつ、優也はご飯を食べ続ける。
「気になったこと、一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「寝てる間って、俺どうなってたんだ?」
「どうって?」
「いや、さ、風呂とか入ってないだろ。もしかして臭ってたりすんのかなって」
「それならだいじょぶだよ。遥ちゃんが体拭いてくれてたから」
「遥が?」
「ちょっ、ひなこちゃん⁉︎それは言わないって——」
「あれ? そうだったっけ。ごめんね、言っちゃった」
「ごめんねじゃないよう……」
絶対に知られたくなかったのに。
と、後悔しても遅いのだが。ひなこを責めることもできないし。
「何から何まで助かったぜ、遥」
「優也さん……」
それでも彼が満足してくれたのならば、それで良かったのかもしれない、と遥は思ってしまう。




