110話 その刀、異質な代物につき、真に扱える者おらず
「っ!」
止むことのない岡谷の攻撃を避け続けながら、優也は考える。
あの刀を使えば……。
可能性はあるかもしれない。しかし、あれにはいい思い出があるとは言えない。最悪の場合、岡谷を殺しかねない。それは優也も望んでいないこと。
(つっても……)
他に手段は思いつかない。
「くそっ!」
石の柱を避けたタイミングで、ひなこの元へ走り、七星を手に取った。そしてそれを構える。
いつの間にか、優也の隣にはもう一本、七星が浮遊していた。
「彼は七星を……」
その光景を見た岡谷が少し驚いた表情をしたことに、優也は気づかない。
それよりも、彼は七星を手にしたことに未だ迷っていた。
気持ちが乱れながらも、岡谷の攻撃を避け、あるいは防ぐ優也。
「落ち着け俺。落ち着け……」
あの時、ひなこは死んでしまったと思った。だから気が動転していたのだ。しかし今回は違う。気を失っているだけだ。そうだと岡谷も言っていた。
「……考えるな。今は岡谷を止めないと」
(でも違ってたら……?)
そんな事が頭をよぎる。
「はあ……、はあ……」
(岡谷の言葉が嘘か間違ってて)
「はあ、はあ、はあ」
(本当は、ひなこは気を失ってんじゃなくて)
「はあはあはあはあ」
(もうすでに死んで————)
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」
獣の如く咆哮する優也。もはや今の彼に自我は存在していなかった。
それは寺都が見ても分かるほど。もちろん、岡谷にも。
「二本の七星を見て、もしかしてと思ったが、やはり『石裂き』の彼にも、七星の膨大な『生力』を制御することは出来なかったか」
『創器』の中でも特殊中の特殊と言われているのが、七星。
優也が七星を持てていることも驚きであるが、岡谷からすれば、あれを『創器』としている明元ひなこが不思議である。
まあ、彼女の場合、真に七星を扱えているとは言えないが。
「あのまま放っておけば、七星に呑まれて、二度と彼の人格が戻ることはないだろう。その前に手を打たなければ。今ならば、まだ間に合うかもしれない」
未だ完全に融合はしてない。いわば、七星が彼の体を操っている状態だ。本体を気絶させれば、七星を引き剥がせるかもしれない。
少し強引な方法にはなってしまうが、今は手段を選んでいる暇はない。
岡谷が、そうこう思考を巡らせている間に、優也は彼のすぐ目の前まで移動していた。
「っ……!」
彼の殺気を感じ取った岡谷は、琥珀色の石を握りつぶし、岩の盾を作り出す。
ギンッ‼︎
紙一重で防がれる両手に持たれた二本の七星。
「————」
しかし、優也は不気味に微笑んだまま、器用にも宙で身体を捻り、岩の盾もろとも岡谷を蹴り飛ばした。
「ぐ……、ぐァッ!」
足が地面から数センチ離れ、岡谷は勢いを弱めることなく壁を破壊して廊下から部屋へ。そのまま部屋の壁にめり込んだ。ここが地下でなかったなら、建物の外へ放り出されていたことだろう。
「ふ、ヴッ……!」
衝撃に耐えかねて口から噴き出る血液。
眩む視界で、岡谷は目前に迫り七星を構える優也の姿を捉えた。
優也は微塵のためらいもなく、岡谷の喉元目掛けて切先を放つ。
「くっ!」
それを避けながら、岡谷は積み上がった瓦礫を手のひらで叩いて、石の槍を出現させる。
七星は岡谷の首のすぐ横に突き刺さり、槍の先端は優也の頬をかすめた。
槍を避けるために身をよじった優也へ、続けて岡谷は石柱を作り出し、それをお見舞いする。
「グ……」
少し苦痛に歪んだ表情を浮かべ、優也は伸びる柱に押されていた。が、もう一本の七星を放ち、それは岡谷の脇腹を貫いた。
消滅する石の柱。
側から見れば、狂った優也へ軍配が上がったと思うことだろう。
しかしこの状況下で、岡谷は笑っていた。
「オマエ、何がおかしい?」
「勝ったつもりか?」
「何が言いたい」
「俺の目的はこれだったんだよ」
岡谷のもとへ刺さる二本の七星。それを抜き取り、床へと投げた。
「七星がなきゃ、彼自身はただの人間だ。俺は最初から七星と『石裂き』の彼が分離したこの瞬間を狙っていた」
「そんなもの、今からでも取り戻せば——」
「もう遅いよ」
開かれる岡谷の左手のひらには、割れた琥珀色の石と緋色の石があった。
「ッ⁉︎」
直後、優也の視界から明かりが消える。頭上を見れば、そこには炎を纏った鎚が迫っていた。
「終わりだ」
ゴォオン!
轟音を立てて炎の鎚は優也を押し潰した。
岡谷のかたわらで、二本あった七星のうち一本が消えて行く。それは勝敗が決まった合図。
床に大きなクレーターをあけて消滅する鎚。その下には、湿った土の中に埋もれる優也の姿があった。
「少しでもダメージが軽くなってたらいいけどな」
右の手のひらで握り潰されていた琥珀色の石と藍色の石を捨て、岡谷は彼の横を通り過ぎる。
廊下へと出ると、壁に横たわっていた結野こころを抱き上げ、そのままの足で出口へと向かった。
「芽久実、この子達を頼む」
その途中、居住区のドアの横で、全てを見届けていた寺都芽久実の隣に立ち、岡谷は話し出した。
「特に、『石裂き』の彼を。結界を張ってあるから負った傷は癒えるだろうが、数日は目を覚まさないだろう。それまで安静に寝かせてやっておいてくれ」
岡谷は腕のこころを抱き直し、
「それと、この件にこれ以上首を突っ込むな。でなければ、お前といえど俺も見逃すことはできない」
それだけを言い残し、再び出口へと向かう岡谷。
「……太一!」
呼び止めるか迷って、寺都は決心した。
「太一、さっきの力……」
「これか」
岡谷が白衣から取り出すのは、四色それぞれの色を持った石。
「願いを叶える石と書いて、『願石』。希望を込めて、そう名付けた。芽久実ならば、これが何なのか分かってるだろ」
「当たり前。私が言いたいのはそんなことじゃなくて、そんなものを人間の貴方が使ったら……」
「だとしても、俺には自分より優先すべきものがある」
その時、寺都はこころのある言葉を思い出した。
「——『自分を大切にできるのは自分だけなんだから、もっと自分を大切にしなきゃダメだよ』」
「その言葉……」
岡谷の反応を見て、寺都は一つの仮説に根拠を持った。
「誰から聞いたんだ?」
「その子本人から聞いた。やっぱり、その子の言うお兄ちゃんって、貴方だったのね、太一」
「どうして分かった?」
「前に太一の研究施設へ潜入した時、結野こころ以外誰もいなかったと聞いてる。仮にお兄ちゃんと言う存在がいたとしたなら、その時に遭遇していてもおかしくない。じゃなくても、別の日も研究施設に出入りする人影は貴方しかいなかった」
「そうだ。芽久実の予想通り。この子にとって、怖い実験をする岡谷太一と、研究室にいる優しいお兄さんは別人物だが、実際には両方とも俺だ」
「どうしてそんなことを? 別に岡谷太一として接しても。わざと自分が嫌われるような方法で」
「それでいいんだ。この子にとって岡谷太一という存在は嫌悪の対象。そう思われるだけの事を俺がしているのは事実なんだから」
それでも彼女に対して善人を演じているのは、この計画に利用していることへの罪滅ぼしなのだろう。
いや、真実は逆。結野こころの言う、お兄ちゃんが本当の岡谷太一であり、岡谷太一が演じられた悪人なのだ。
それを寺都は知っている。
「太一、お願いだから今すぐ計画を中断して。これは貴方がしなきゃいけないことじゃない」
「俺がやらなきゃ誰もやらない」
「それは違う。石崎優也たちが研究所の計画を阻止しようとしてる」
「それこそ時間のかかる話だ。あの子達のやり方では計画の阻止に間に合わない」
「だとしても、それに任せて。太一は昔のように私と——」
「悪い、芽久実」
「…………」
たったその一言。されど、その一言。寺都を黙らせるには十分だった
「再度忠告しておく。彼らとは手を切れ。芽久実は、その子達のように、この件に関わる理由はないはずだ」
「私は……」
その先を彼に伝えられていたのならば、ここで彼を止めることができたのだろうか。
去り行く彼の背中を、寺都はただただ見ているだけだった。