109話 迫られる選択
居住区へと足を踏み入れたところで、立ち止まっていた寺都に三人は追いついた。
彼女が見つめる先、結野こころの部屋の前に、一人の男が立っていた。
黒い髪をショートに整え、高身長細身の男。清潔感のある真っ白な白衣を身にまとっている。
「やっと見付けた……!」
感極まった寺都の言葉。
「やっと見付けたって……。まさか、あいつが——」
「そう。岡谷太一。私が探してた人」
やっと探し出せた感動。そんなことよりも、優也は彼の腕の中で眠る一人の少女に気が付いた。
「結野こころに何をした?」
「眠らせているだけだ。身体に害はない」
「その子をどうするつもりだ?」
「彼女はシナプス計画の継続に必要不可欠な存在。その事については、わざわざ説明しなくても、芽久実から聞いているだろう」
彼の言う通り、全て寺都芽久実から聞いていた。しかし、本人の口から聞くことで、今までの自分の認識が間違っていなかったのだと確認することができた。
「悪いが、結野こころを連れて行かせるわけにはいかねぇ。どうしてもって言うなら、力尽くで止めるまでだ」
「君たちに俺が止めれるとは思えない」
「なにを強気なことを」
そんな脅し、今さら自分に効くはずもない。これまでの歴戦を切り抜けてきたからこそ分かる。相手は、ただの人間だ。
岡谷は、結野こころを壁にそっともたれさせると、優也と対峙した。どこからでもかかってこいと言わんばかりに。
「だいじょぶなの、優也くん」
「大丈夫だって、心配すんな」
「でも……」
「俺だって『美少女』相手に戦ってきたんだ。それに、相手は『美少女』じゃない。ひなこが出る幕でもねぇよ。まあ、見てろって」
「わかった。気をつけてね」
大層心配そうなひなこを納得させ、優也は戦闘の態勢をとる。
ここいらでかっこいいところを見せておかないと。男が廃るというもの。
「そっちから来ないなら、俺からいくぞ!」
地を蹴り、優也は岡谷との距離を詰める。
拳を振りかざす優也を前に、岡谷は避けるでも反撃するでもなく、静かに何かを白衣のポケットから取り出し、手のひらの中でそれを握りつぶした。
「はあぁぁ!」
拳を振り下ろす優也の顔に向け、岡谷は手のひらを見せる。その中央部分から、何かが飛び出てくるのに気付いて、
「優也くん——!」
「——優也さん!」
二人の呼び声を優也が認識したのは、全てが終わった頃だった。
横合いから優也と岡谷の間を裂くように、ひなこが七星を振り下ろしていた。
「だいじょぶ、優也くん?」
「優也さん、大丈夫ですか?」
「ん? あ、ああ……」
遅れて駆け寄ってきた遥にも優しく声をかけられる。
半ば生返事をした優也。本音を言えば、何が起きたのか完全に理解できていなかった。
しかし、ひなこの足元、彼女によって斬り落とされた物を見て、全てを把握した。
鋭利に尖った石の柱。
前に似たような物を見たことがある。それは、遥の異能力。しかし、彼女のものではない。
なぜならば、床に落ちているそれのそのもう一方が、岡谷の手のひらから生えていたからだ。
「なんで、あいつが異能力を……」
岡谷は『美少女』ではない。それは性別からも分かること。
「その力、やっぱり貴方は実用して……」
そんなことを、彼らの後ろで黙っていた寺都が言った。
その意味について優也が問うよりも前に、手のひらに残っていた石柱を消した岡谷が話し出す。
「言っただろう、俺を止めることはできない。分かったなら、そこを通してくれ」
「ダメだよ。こころちゃんは連れていかせない」
勇敢に立ちはだかるのは、ひなこ。
「異能力には異能力を、だよ」
「ひなこ……」
「私もいます」
「遥……」
「相手が『美少女』だとしても俺に勝つことはできない」
「そんなの、やってみないとわからないよ」
ひなこは七星を、遥は石の手甲を構える。
「優也くん、さがっててね」
「ああ」
ここは彼女らに任せるとしよう。
「ひなこちゃん、相手は地属性。相性でいっても、私たちなら可能性はあるよ」
「うん。それに二対一だもんね。わたしたちのこんび……、こんびに? を見せるときだよ」
「コンビネーションって言いたいの?」
「うん、それ!」
ボケてない。素なのだろうが、この状況下で冗談じみたことを言えるのは、さすがひなこ。
「それじゃあいくよ!」
「任せて!」
二人はアイコンタクトを取る。その間には言葉にせずとも理解できる何かがあるのだろう。
七星を構え、地を蹴るひなこ。岡谷との距離を一気に詰める。
その間に、手甲をしまった遥は、両手を構え、岡谷の頭上に岩を創り出す。
「…………」
岡谷は頭上の岩に向け、石柱を突き刺す。その隙に、岡谷の懐に潜り込んでいたひなこが、七星を一閃。それとほぼ同タイミングで、岡谷は串刺しにされた岩を振り下ろす。
「ひなこ!」
砂埃から飛び出て来たのは、岡谷。
「はあ!」
そこへ、遥は岩の球で追撃する。
さらに勢いを増して後方へ飛ばされる岡谷は、廊下の突き当たりに激突し動きを止めた。その壁は遥が創った巨大な岩壁。
「まだ終わりじゃないよ!」
ひなこは、遥の球に蹴りを決め込む。
「ぐっ……!」
さすがの岡谷も耐えかねて、口から血を吐いた。
蹴りの反動を利用して、ひなこは宙を一転。岡谷と距離を置く。
「今だよ遥ちゃん!」
「オッケー!」
ひなこの合図で、遥は、怯む岡谷を岩で囲み込んだ。
「これで——終わりだよ!」
一直線に岡谷の元へ向かうひなこ。そして、七星を振るう。
「無理。彼には勝てない」
寺都は優也の隣で、そんなことを呟く。
ひなこが振るう七星。その刃が岩に当たる直前を見計らって、遥はそれを消し去る。
四方を囲んでいた岩の中から現れる岡谷太一。彼の片手には、人一人分ほどの水の球が、ひなこに向けて構えられていた。
「っ——!」
とっさの判断で目一杯身をひねるひなこ。しかし、水の球は容赦なく彼女を襲った。
「きゃあ‼︎」
「ひなこ!」
優也はひなこの元へと駆け寄り声をかけるも、返事はない。
「ひなこちゃん……。流石に二つの属性を扱えるとは予想外でしたが、水属性ならば私の方が有利です!」
『創器』である石の手甲を装備し、遥は岡谷へと襲いかかる。この力は擬似異能力に過ぎないが、属性で言えば優っている。
「はあぁああぁッ‼︎」
手加減なんて微塵もなく、遥は岡谷を手甲で殴り潰した。
手応えは、
「——なっ⁉︎」
砂埃が消え、そこに現れるのは潰された岡谷。
……ではなく、手のひらに、目に見える風の渦を創り出していた岡谷の姿だった。
それを認識した時にはすでに遅く、
「きゃッ‼︎」
遥は、風属性の異能力をまともに食らってしまう。
「遥‼︎」
彼女からの返事もない。
二人は、完全に気を失っていた。
戦えるものがいなくなり、再びこころを抱き上げようとする岡谷を、優也は呼び止める。
「待て……。まだ俺がいる」
「どうやったって俺には勝てない。それは、君たちが 身をもって体験したことだろう。それよりも、彼女たちを寝かせてあげてくれ。心配せずとも気を失っているだけだ。少しすれば眼を覚ます」
「こいつらが、ここまでして頑張ってくれたことを俺が無駄にするわけにはいかねぇ。悪いが、結野こころを連れて行かせない」
「君が俺に勝てると?」
「勝てるんじゃない、勝つんだ」
「……そうか。ならば、君も彼女たちのように気を失ってもらうしかない」
こころへと伸ばしていた手を止め、岡谷は優也と対峙した。
ここまで岡谷は地属性と水属性、風属性の能力を使ってみせた。ならば、残りの火属性も使えると考えて間違いないだろう。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、相手の一手に集中する。
岡谷が白衣のポケットから取り出すは、まるで宝石のように、半透明の綺麗な琥珀色をした石。
(石? だが『原石』とは違うか……)
だからといって、寺都が作り出した『輝石』とも少し違う。
そんな謎の石を、岡谷は手のひらに乗せ、一気に握り潰した。その行動は、先程優也が返り討ちにされた際に彼が取っていたものと同じ。
(来る——っ!)
直感でそう感じた優也は、地を転がり、その場から離れる。直後、優也が立っていた場所に石の柱が突き出てきた。
「あ……ぶねぇ……」
さっきの感覚は、カメリアとの特訓の賜物であったのかもしれない。
(って、休んでる暇なんか——!)
岡谷から放たれていた岩を紙一重でかわし、優也は軽く息を整える。
これじゃあ、いずれやられて終わるだけだ。その前に、何か手を打たなければならない。
(何か——)
まるで呼ばれたかのように、瞬間、優也の視界に、光り輝く物をとらえる。それは、ひなこの傍らに落ちる、彼女の愛刀——七星であった。