105話 約束
ステラの専門店にて、こころの気に入った洋服を何着か買わされた寺都は、今度こそ少女館へ帰るために通路を歩いていた。
その中の一着に早速着替えたこころは、満足そうな笑みを浮かべて、買ってもらったばかりの服を眺めながら歩いている。
「ちゃんと前向いて歩いて、危ないから」
「はーい」
返事したこころが、突然を足を止めた。
「どうかした?」
「近くに、『美少女』がいる」
予想もしていなかった言葉に、寺都は辺りを見回した。しかし、そういった不審な影は見当たらない。
そもそも、
「なんで『美少女』が近くにいるって分かったの? 『美少女』同士はお互いを感じ取ることができないはず」
「わたしはこんな力を持ってるから。かすかに他者の気配っていうのを感じるの。その中で、『美少女』とそうでない人もわかるんだ」
自分の意識と他人の意識を繋ぎ合わせることのできる異能力『通心』。その副産物というわけか。
「でも、いつもならもっとはっきりとわかるんだけど……」
「今回はそうでもないの?」
「うん。気配を殺してるのかな」
「そんなこともできるの?」
「気配って言っても、その正体は『生力』の波だから。ある程度『生力』を制御できれば、気配を消すことだってできるよ。それでも完全に消せる『美少女』はいないと思うけど」
言ってしまえば、こころのこの力は、寺都が作り出した、例の『生力』の波を読み取れる機械と似たような物なのだろう。
そして、このステラにいる『美少女』は、『生力』を操れる人物ということか。
「それで、その『美少女』は私たちを狙ってるの?」
「そこまではわからない。けど近づいてきてるってわけでもなさそう」
「私たちじゃないとすると、他に目的が?」
「もしかしたら、ここを拠点にしてる『美少女』なのかも」
さて、そうだとして、何の活動の拠点としているのかは不明だが、そこは自分たちが気にすることではないのかもしれない。その『美少女』と関わることはないのだから。
自分たちから何かしなければ襲ってくるということもないだろうし、心配はないだろうと、寺都は再び歩き出す。その隣にはこころがいる。
「ねえねえお姉ちゃん」
「なに?」
「あれってなに?」
こころが指差すのは、
「映画館」
「あ! それ知ってるよ! 大きい画面で観れるテレビだよね⁉︎」
「それも貴女の言うお兄さんから?」
「うん! お兄ちゃんはなんでも教えてくれるから!」
もっと叶うのならば、連れて行ってやりたかったのではないだろうかと、ふと寺都は思った。
「ねえねえお姉ちゃん!」
「今度はなに?」
「観たい!」
「何が?」
「映画!」
「貴女、観たい映画あるの?」
映画という存在自体、人から聞いて知ったというのに。
「うんとね、あれが観たい!」
こころが指差したのは、映画館の入り口に下がっていた垂れ幕。何かのアニメだろうか。
というか、
「今決めたでしょ」
「直感で観たいと思った。まさに運命だよ!——ってお姉ちゃん⁉︎」
茶番のようなくだりには付き合ってられない。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「今度はなに」
「わたし……、お姉ちゃんを怒らせるようなことしちゃったかな?」
そこにいたのは、さっきまでのこころの様子とは打って変わった女の子。まるで、親に怒られた子供のように落ち込んでいる。
「なぜ?」
「わたしには知らなくていいって冷たいときあるし……、なんだか怒ってるみたいだから。しちゃったなら謝るから。ごめんなさい」
「…………」
寺都は子供が好きでない。そもそも、対人が得意ではない。だというのに、彼女は目を覚ましてから、なぜか自分に懐いてきた。
寺都は岡谷に会うために彼女の面倒をみることにした。だというのに、彼女は岡谷の居場所どころか、会ったことすらないのだという。
しかしそれらは、結野こころに非があるわけではない。
全て、不甲斐ない自分に腹を立てていた寺都が、彼女へ八つ当たりしていただけなのだ。
「——こちらこそ、ごめんなさい」
「え?」
「……映画、また今度でいい?」
「——うん!」
こころから差し出される小指。何をして欲しいのかは聞かずとも知れた。
「約束」
「約束だよ‼︎」
こんなことで元気を取り戻すのだから、やはり彼女は子供である。
(子供は苦手だけど……)
寺都は嬉しそうにはしゃぐこころの横に並び、少女館へと足を向けた。