101話 そこにいたのは……
研究所本部が壊滅し、その建物を再利用して造ったのが、ここ少女館。
石崎優也の力で『美少女』が人間に戻ったとしても、いきなり外の社会で生活できる居場所が彼女らにはない。この場所は、そんな彼女たちが外で暮らせるようになるまでの間、生活をするためのスペースである。
そうして、ここの館長的役割を任されたのが、寺都芽久実。彼女が行方を探している岡谷太一という男の捜索に協力してもらう代わりに、その役割を引き受けた。
とはいえ、この建物に住んでいるのは館長の寺都芽久実、それから協力者の一人、門番遥の二人だけ。
寺都と石崎優也の二人に協力する門番遥に少女館は必要ない。げんに、昨日から岡谷を探すために外に出ている。
そう考えれば、この建物を利用している者は、誰一人としていないのだ。
そして寺都もまた、岡谷が見つかり次第、彼らから手を引き、ここから出て行くと決めている。このことは、石崎優也本人から了解を得ている。だから、そんな彼女からすれば、このまま岡谷が発見されるまで誰も来なければいいのだが。
「……いや、一人使ってるやつがいた」
自身の研究室でパソコンと向かい合っていた寺都は、居住区の一室で眠っている一人の少女のことを思い出す。
結野こころ。岡谷に利用され、シナプス計画というプロジェクトの中枢で『迷い子』を操っていた彼女。
石崎優也たちが、結野こころを岡谷の拠点から連れ帰ったあの日から一夜が明けていた。
「もうすぐお昼……」
ディスプレイ下の時刻を確認。
「一度様子を見に行ってみるか」
その前に、と。
寺都はコップに入ったコーヒーを一口飲む。
「……まずい」
相変わらず、自分が淹れるコーヒーはまずい。豆を変えても同じだったということは、淹れる人が悪いのだろうか。
そんなことを考えながら、寺都は席を立った。
結野こころが眠る部屋は、居住区に入って一つ目の部屋である。だから、居住区の廊下に足を踏み入れた時点で不審な事に気がついた。
「ドアが……」
開いていた。あそこは結野こころのいる部屋だ。
彼女をここで預かると決めた時、少し考えたことがある。それは、岡谷が結野こころを取り返しにやって来ること。
結野こころを岡谷の拠点から連れ帰ったというのならば、岡谷がそのことに気付くのも時間の問題。彼だったら、この場所を探し当てるのも容易であろう。
寺都としては、そうなってくれれば、岡谷を見つけ出せる。
自分が、結野こころを預かることにした本当の理由は、ここにある。
「でも、本当に来るなんて……」
寺都の中では、喜びと驚きが入り混じっていた。それでも大きかったのは、喜びの方だったろう。
岡谷に会える期待を胸に、半開きになったドアを開けて中を見る。
「…………」
しかし誰もいなかった。岡谷太一も、結野こころも。
すでに連れ去られた後だというのか。
————ガタッ。
廊下の奥から聞こえてきた音に、寺都は顔をのぞかせた。
「太一……?」
音の主が結野こころという可能性もある。が、彼だと考えると、下手に声を掛けるわけにもいかない。
静かに、寺都は廊下を進んで行く。
それにしたがって、微かだった音も大きくなり、確実なものへと変わっていった。
「ここから」
音が聞こえてきている場所の前で立ち止まる。そこは、食堂。ここで生活する子たちが交流する空間としても活用できる所だ。
寺都の存在に気がついて、ここに逃げ込んできたとでもいうのだろうか。
なんにせよ、それが誰なのか調べなければならない。
恐怖はない。あるのは期待と好奇心だけ。
食堂に入り、音の発生源が厨房室であることに気付く。
カウンターから顔をのぞかせて、寺都は見た。その音の正体を。
「はれ? お姉ひゃんもお腹ふいたの?」
「…………」
両頬をハムスターのように膨らませ、かつ、ベーコンやら何やらを口にくわえていた結野こころであった。