100話 彼女にとって、それは目的の過程に過ぎない
「それで、岡谷は?」
「いなかった。けど、あそこが岡谷の拠点だと考えて間違いないと思う」
結野こころを助け出した優也たちは、寺都の待つ少女館へと戻った。
未だ目を覚まさない結野こころを居住区の一室に寝かし、寺都を含め優也たち四人は、研究室へと集まっていた。
「結野こころを連れ帰ったはいいけど、どうする?」
「目が覚めるまではここで見ておく」
「いいのか?」
「いいもなにも。逆に貴方の家で面倒を見る余裕はある?」
「いや、ない」
「ならばここで見るしかないから」
本意ではないといった様子。でも無理もない。彼女の目的は岡谷太一を見つけ出すこと。その過程に、結野こころの面倒を見る事項はない。
しかし、彼女に任せることが適当だろう。ここならば寺都に遥もいる。例えば結野こころが脱走を図ろうとしても、気づかれる可能性は優也の家より高い。
「そういえば、こんなもんを持って帰ってきたんだ」
優也は持っていた書類の束を寺都に手渡す。
それを受け取った寺都は、紙に書かれた文字に目を通し始めた。
「内容は理解できなかったが、おそらくシナプス計画のことが書いてあるんだと思う」
「そうみたい」
端的に返答をする寺都は、紙束の最後の一枚をめくり終える。
「あっちの研究施設で結野こころは機械に繋がれてた。何の機械か分かったりするか?」
「見てないから確実とは言えないけど、おそらくは結野こころの異能力を制御するための機械と思う。書類にも、そんなことが書かれてた」
遥がたてた予測と同じである。
「となれば、機械から離した今、岡谷は結野こころの力を使えないということだよな。そうなると、シナプス計画はどうなるんだ?」
「『通心』を使えない以上、岡谷に『迷い子』を操ることは不可能。シナプス計画を実行することは出来ない」
「んじゃ、危機は去ったんだよな?」
「とりあえずは」
それを聞いて、優也は、ホッと胸をなでおろす。誰かに狙われていないということが、これほどに安心できるとは。
「今のうちに結野こころの『結晶』を破壊しておいた方がいいんじゃないのか」
「例え岡谷が『通心』を制御できなくなったとしても、『迷い子』は結野こころと異能力で繋がってる。彼女を失えば、『迷い子』へ与える影響は計り知れない。その逆も然り」
「かもしれねぇが、結野こころを『美少女』のままにしておけば、岡谷がまた狙って……」
「最悪、死もあり得る話」
「死? 結野こころがか?」
「貴方が持ち帰った紙に、そういったことが書かれてた」
「…………」
その一言に、優也はおし黙る。
「……わかった。結野こころのことは寺都に任せる」
優也の隣には、ひなこが腰を下ろしていた。
「ひなこ、大丈夫か?」
「もう平気。なんともないよ」
そんな二人の会話に、寺都は首を傾げる。
「何かあったの?」
「結野こころを助けようとした時、何もないところで転んでな。急に足に力が入らなくなったって言ってたから心配だったんだ」
「病院で診てもらったら?」
「だ、だいじょぶだよ。そんなたいしたことじゃないから」
「そう」
ひなこの様子からして、そういった持病があるとかいう可能性はない。
しかし、突然足に力が入らなくなるという症状は軽症でないように感じる。手遅れになる前に、寺都の言うように、一度医者に診てもらった方がいいのだろうか。
そんなことを考える優也の向かいに座っていた寺都は席を立ち、パソコンが置かれた机へと移動した。
「結野こころを助けても、私たちの目的は何一つ達成されない。引き続き岡谷太一の行方を調べる」
「わかってる」
未だ、岡谷の足取りに関する有力な情報は何も得れていない。彼の拠点でも、何一つ手掛かりはなかった。
結野こころがなにかを知っていればいいのだが。