1 幼年期編
作品に不備がありましたら、報告してもらえると嬉しいです。
今回は今村の幼年期です。
昭和23年5月 ビアク島にて
彡() ()「ファ!?なんだこの匂い!?」
彡() ()「・・・成程。便所が無いのに留置人を出さなかったからか」
彡() ()(オランダ軍の戦犯取扱は過酷とは聞いたがこれほどとはな・・・」
今村大将は太平洋戦争後の蘭印軍事裁判の為にラバウルからインドネシアのバタビアへ向かっていた。
今村をのせた軍用機はニューギニア北部のホーランジアで給油作業をする。その際、今村はビアク島の留置所に泊められた。
彡(゜) (゜)(とにかく寝よう。臭いのもじきになれるさ)
彡 (ー)(・・・幼時の思い出が思い出されるな)
今村はその夜、今までの人生の振り返っていた。
彡(゜) (゜)(物心ついた時、ワイは甲府近くの町に住んでいた。生まれは宮城やがな)
今村は明治19年6月28日に生まれた。なんと七番目の子供である。
1892年ごろ
彡(^) (^)「まッちゃん、軽業を見に行こうよ」
女中「しょうがないですねぇ」
山梨に住んでいた頃は近くに軽業の掛け小屋があったため今村少年はしょっちゅう女中のまつに
せがんで連れて行ってもらった。娯楽が少ない時代だったので軽業は子供の心をそそるものだった。
少年「」チャンチャンチャンチャカ
彡(゜) (゜)「あっ、軽業師にワイと同じ位の子供がおるやんけ!」
彡(゜) (゜)「はえー、いつか一緒に遊びたいンゴねぇ」
~ある日~
少年「」チャンチャンチャ ガチャン
彡(゜) (゜)「あっ」
親方「何やっとんじゃあああ!!このボケナスぅぅぅぅ!!」
少年「ひっ、すんません」チャンチャンチャンチャカ
その後・・・・・・
女中「番組が終わったわよ、帰りましょ」
彡(゜) (゜)「ま、待ってよ。まッちゃん、さっきの子が鳴いてる。理由を聞いてきて」
しかし女中は返事もせずに足を早めた。
女中「早く帰って、夕ご飯の支度をしないと・・・」
彡(゜) (゜)「ねぇ、まッちゃんてば!理由を聞いてよ!」
女中「軽業の子はみんな捨て子なの。そんなのどうでもいいでしょ!」
彡(゜) (゜)「捨て子って?」
女中「いらないから捨てられた子のことよ、それを軽業の一座が拾って芸を仕込むの」
彡(゜) (゜)「・・・」
彡(゜) (゜)「・・」
彡() ()「」
彡(●) (●)「!!」ジョチュウナグリー
女中「痛い!な、何するの!」
彡(●) (●)「捨て子だなんて可哀そうだろ!ひどいよ!」
彡(゜) (゜)(雀の子百まで踊り忘れず、か。私にある過激さがもう6歳の時にはあったんだな)
彡(゜) (゜)(大人になってもワイはサーカスや軽業が好きや。子供の時に大まかな所は決まってしまうのだろう)
今村は発育が悪く、三歳まで歩けないほどだった。また夜尿症を持っており、それは彼の性格に大きく影響を及ぼしていた。
彡(゜) (゜)(アッネやアッニ、トッモに馬鹿にされたら拳を交えて全力で殴りかかっていたものや)
彡(゜) (゜)(当時にしてみればよっぽど嫌なものだったんやな)
今村の夜尿病をしっかり者の母は厳しく叱った。
J( 'ー`)し 「ひとし、駄目じゃないの!おもらしなんかして」
彡(゜) (゜)(マッマは仏教徒だった上に軍人の娘だったから、子どもの頃はおっかなかったな)
彡[゜][゜] 「マッマ、そう厳しく叱らないでくれ。わしの遺伝かも知れぬ」
彡(゜) (゜)(パッパはああいう時はいつもかばってくれたな。優しいパッパやったな)
彡(゜) (゜)(あの頃は詩作ばかりやってたからマッマはいっつも怒ってたな)
彡(^) (^)(懐かしい思い出や、こういう生活をワイは送ってたんやな)
この作品は角田氏の『責任 ラバウルの将軍今村均』をはじめとした本を参考にしています。




