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鬼の眷属  作者: 上泉護
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山伏

一人の山伏(やまぶし)が歩く秋晴れの薄原(すすきはら)には、遠く巌鷲山(いわわしやま)の空高く渡り鳥が往き、蜻蛉(とんぼ)がその下を舞っていた。

山伏の歩みは規則正しく力強い物で、黙々と歩を進めている。

先日降った雨の泥濘((ぬかるみ)を避けながら、飛び跳ねるように先を急いでいた。

頭に頭巾(ときん)(小さな多角形のかぶり)をつけ、袈裟(けさ)篠懸(すずかけ)という麻の法衣を身に(まと)い、手には錫杖(しゃくじょう)を持ち歩に合わせながら地面をついている。

(おい)を背負い、山中で連絡や合図をする法螺貝(ほらがい)を腰につるしていた。

まだ若いが厳しい修行を積んだ厳格さの感じられる山伏は、巌鷲山を見上げながら、

「ここは無事であろうか?」(ひと)()ちた。

実はこの山伏、数日前に舘平盛春が刀を持ち去った洞窟に行っていたのである。

もう一人の山伏と共に洞窟へ分け入り、(うだ)き岩と呼ばれる岩の前まで行くと、験力(げんりき)念じ込めた結界の(かなめ)である(うだ)き岩が真っ二つに割れていて、そこにある筈の刀も無かった。

封じ込めていた者達が解放されていたのだ。

日本各地に散らばる封印の結界。

それを解いて廻る男がいるらしい。

それは舘平盛春ではない。

盛春はたまたま結界を解いた一人にすぎぬ。

解放された者達はまだ力の弱い状態に過ぎないが、時間と共に手が付けられなくなる……と言い伝えられているが、その本当の実態を知る者は既にこの世にはいない。

太古の昔、力ある者に封じられたこれら結界は、数少ない古神道(こしんとう)の継承者達に引き継がれ守られてきた。

今に至るまで何度かその封印は解かれた事があったが、その度に時の守護者達が守り続けてきたのだ。

しかし今回のように日本各地の封印がほぼ同時期に破られるのは異例の事で、手が回りきらず、「その者達」が巨大な力を手にするその前に、再び封印しなければならない。

急ぎ日本各地に高野山の手の者が遣わされた。

ちなみに修験道(しゅげんどう)の歴史は高野山(真言宗)の歴史より古い。

役小角(えんのおづぬ)と呼ばれる修験者により開かれたのが修験道で、時と共に弘法大師(こうぼうだいし)空海(くうかい)の真言宗に取り込まれる形となった。

この時代はまさに修験道が真言宗に取り込まれんとするその時であったのだ。

そしてこの山伏は、陸奥の一方面を真言宗の座主に命じられ任された者で、北方にある封印の結界を確認するためにここまで来ており、同行したもう一人の山伏は近隣を調査し、抜け出した者達を再度封印するために平泉に向かった。


山伏が小高い丘を越え見下ろすと、親子連れと思われる二人が目に入った。

見慣れない服装に背嚢(はいのう)を背負い巌鷲山の麓を北に向っている。

何か知れぬかと遠くから声をかけた。

「お~い! お~い! 少し待たれよ!」山伏として鍛え上げられた声は遠くまでよく響く。

その一声で二人の親子連れは振り返った。

服に模様があしらっていて、父親と思われるほうは髭面(ひげづら)で不思議な青い目をしている。

しかしその立居姿から屈強な山男である事が一目瞭然で、子供のほうは端正な顔に小柄な体格と、どこか品の良さを感じさせる不思議な親子だった。


アイヌか?…… それにしては風変わりな……。


立ち止まって待っている二人に追いついた山伏は、息ひとつ乱さず父親と思われる大男に話し掛けた。

拙僧(せっそう)は高野山から訳あってまかりこした者で、安房(あわ)坊海竣(ぼうかいしゅん)と申す。 少し話をしたいのだが構わぬか?」

イカエラとアトゥイはシサム(和人)からこのように話しかけられるとは思ってもいなかったので、少々面食らった。

「まいったな……アイヌの言葉は分からぬし、如何にせん。」海竣は独り言ちた。

するとアトゥイが、

「少し分かる。ゆっくり話せ」と言ったものだ。

実はアトゥイ、エカシの一人でシサム(和人)との折衝にあたっていたアヲクタに、シサムの言葉を教わっていた。

覚えの良いアトゥイに、アヲクタは(すす)んで教えていたものだ。

それにはイカエラも驚いたようで、

「すごいな。シサムの言葉が分かるのか?」

「本当に少しだけど……」

勿論この会話は海竣には意味不明だったが、助かったとばかりに聞いた。

「良かった。少々聞きたい。巌鷲山の麓に延生穴(えんしょうけつ)と呼ばれる風穴があるのだが、場所を知らぬか?」

「我らもこの地に来たばかりだ。答えかねる」とアトゥイ。

十三湊(とさみなと)にはいまだアイヌがいるとは聞くが、何故この地におぬしらがおる?」

アトゥイ達には新しい情報だった。

「十三湊にはまだアイヌがいる?」

アトゥイやイカエラ達が、他のアイヌを見ぬようになって久しい。

皆、北の大地へ向かったものだと思っていたのだ。

「いかにも。交易により富を得た安東(あんどう)氏という豪族が、蝦夷(えぞ)のアイヌと盛んに交易していると聞いた」

アトゥイがイカエラに通訳すると、イカエラは一筋の光明を見た思いがした。

何故なら、彼らには大海を渡る術がなかったからだ。

その安東氏という豪族と折り合いをつけて、北の大地まで船に乗せてもらえるかもしれない。

それがアイヌと盛んに交易しているのであれば話が早い。

アトゥイが海竣に聞いた。

「十三湊というのはどこにあるのか?」

「ここより北西に五日ほど行ったところにある。細長い半島の中ほどの位置だ」

「北西というのは、日が沈む右の方という事か?」

「そうだ。分り辛らかったら……このまま西、陽が沈む方に向うと海に出る。海に着いたらそのまま右へ海岸を行け。さすればいずれ十三湊が見えてこよう」

それをイカエラに通訳しているアトゥイを見ながら、話がそれてしまったので元に戻そうと、

「おぬしらは何か変った物は見なかったか?」聞いた。

アトゥイがはっとして海竣を見た。

「見た。大きな……大きな狼に襲われた」

「どれほどの大きさだ?」

「父よりも大きかった。」海竣は改めて目の前の大男を見た。

 この男より大きかったというのか……間違いなかろう……。

「よく無事だったな」

「父が追い払った」

アトゥイにはまだ自分が狼を追い払ったとは信じきれない。

海竣も、

この男ならやるかもしれん……と納得した。

「追い払ったという事は、まだそいつは生きているという事だな」

「そうだ。父はまた必ず襲って来ると言っている」


この親子と共にあれば、そいつに出くわせるかもしれぬ……。


海竣にとってそれらを再び封印するのが役目だ。

「おぬしらをその狼は必ずまた襲って来るというのだな?」

「そうだ。その狼を知っているのか?」

「正確には狼を巨大化させたものを知っている……と言っておこう」

「それは何だ?」

「ぬしに話しても分かるまいが……鬼、と我らは呼んでおる」

「おに?」

「そうだ。しかしその正体は分かっておらぬ……ただ、精神に寄生し、それを喰らい成長する。人肉を喰らい五(ごうん)(にえ)とし巨大化する事は分かっておる」

最後の方は理解出来なかったが、アトゥイは容易ならざる事態が起きている事だけは分かった。

「我らはそれらを封印するために来たのだ。その狼がおぬしらの前に現れるというなら、行動を共にせん」


イカエラと話したアトゥイは言った。

「分かった。協力しよう」



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