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鬼の眷属  作者: 上泉護
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早春の旅立ち

安東五郎の案内で船に乗り、十三湖の北端に位置する福島柵の船着き場に義経は来ていた。

そこから馬に乗りかえ、(ゆるやかな坂を上って行く。

暫く馬を歩ませると、掘りに囲まれた豪壮な館が並ぶ奥に、絢爛豪華な邸宅が見えた。

家人や郎党と思われる人々が、慌ただしく行き交っている。

義経が久方ぶりに訪れた福島柵は、どこか(せわ)しなく感じられた。

冬晴れの冷たい風を受けつつ、義経は馬腹を蹴り門前に馬を進めると、門の奥に小柄だが一見して意志の強さが見てとれる目の強さと、颯爽とした立居振舞が印象的な男がいて義経を出迎えた。

「おぉ!判官殿、お久し振りでござるな!」体裁を取り(つくろ)う様な事にはまったく興味がないのであろう、すたすたと義経の元に歩いて来た。

義経はしなやかに下馬すると

「お久し振りにござる。お変わりもなさそうでなによりです」と言った。

義経は十三秀栄の挙動や声の調子に、少し違和感を感じた。

どこか苛立たれている様子が窺えるが、それを隠すように笑顔をつくっている・・・

慌ただしい館内を見渡す様にした義経が

「なにか・・ございましたか?」と聞いた。

家人に義経が乗ってきた馬を預けると、肩を並べて歩きながら秀栄ひでひさ)は言った。

(おい)・・御館が我が母を斬り殺したそうにござる・・・」

義経は驚いた。

結惟の方が泰衡に殺された・・・・

しかし、どこか納得できる部分もある。

”あの御仁の忍耐は、限界に至ったのだ・・・奥州藤原氏の綻び・・とはこれか・・・”義経は安東五郎の態度が腑に落ちた。

「許せぬ・・・確かに母はあの様なお人柄ゆえ、時にきつく当る事もあっただろうが・・・それでも間違った事は言わぬ人だ!それを事もあろうに斬り捨てるとは!もう甥とも叔父とも思わぬ!奴めを御館などとは認めぬ!」

秀栄の怒りが噴き出した。

「それは(まこと)の事なので?」さすがの義経にも、にわかには信じられなかった。

「疑問に思われるのも当然の事・・・我とてすぐには信じられなかった・・・なれど、真実の様でござる」

秀栄は苦虫を噛み潰した様な顔をした。

義経は、このお人には包み隠さず、真実を言った方が良いと判断した。

「かような時にまかりこしまして、申し訳もありませぬ・・・」

「いや、お気になさらずに・・・して、なんの御用で参られましたかな?」

「実は・・・」と泰衡の圧政に耐えかねたアイヌの人々が、蝦夷へと移り住む為にここまで逃げて来ている事を告げた。

「さようですか・・・」秀栄はしばらく沈思すると、

「祖母を斬り殺す様な者は・・・もはや肉親とは思わぬ・・・判官殿、承りました。我が責任をもってそのアイヌの者達を蝦夷(えぞ)へと送り届けましょう」

「なんとお礼を申してよいやら・・・」

「いや・・・しかし何故そこまで判官殿はアイヌに肩入れしなさる?」

「私も平家の御世、追われる様に平泉に参り、御館(秀衡の事)の御恩情に命を救われた者にござる。とても他人事とは思えぬのです・・・」

「さようですか、是非もござらん。我が兄も我が子の所業に立腹されておる事でしょう・・・」

「泰衡殿も激情に駆られての事と推察いたす。藤原の結束を乱す事無き様お願申しまする」

「心得てござる。な~に、奴めの解らぬ様に船を出すなど造作も無い事、御安心あれ」

「申し訳もござらぬ・・・」

秀栄は曇っていた表情を解いて、明るく義経に言った。

「今宵はゆっくりして行きなされ。酒でも酌み交わしましょうぞ」

秀栄は太く笑った。


綺麗な夕日が小高い丘のチプの群れを照らしている。

その丘に大量の食糧を買い付けてきた弁慶が戻ってきた。

皆が嬉しそうに出迎える。

アトゥイやアイヌの男達は弁慶の持つ荷物のいくつかをひき受ける。

大きな酒壺を受け取ったオハイベーカに弁慶が言った。

「これで今宵も呑めるわぃのぅ。呑兵衛(のんべえ)のオハイベーカ」

「なにを言っているかなんとなく解るが、まぁいいわ、酒が呑めさえすれば!」

「わっはっはっはっははは」二人は顔を見合わせて笑った。

「して、いかがあいなった?」とアトゥイ。

「殿が十三秀栄(とさひでひさ)公に頼みに行っておる。おそらく帰りは明日となるであろうが、まぁ大丈夫であろう・・心配いたすな」

「解った」と大して心配してもいなさそうなアトゥイが言った。

女達と一緒に瀬璃も顔を出した。

今では少しばかりのアイヌの言葉を使いこなし、ハエプトやシイヒラ、ショルラ達と談笑している。

「随分となじんだのぅ」と弁慶。

「はい・・・皆さんといると心が(なご)みます・・・」明るく瀬璃は微笑んだ。

これなれば大丈夫か・・・弁慶は安堵した。

「どれ、夕餉の支度を頼む。これオハイベーカ、オマンレ、エコキマ、アトゥイ、一仕事(ひとしごとしに行くぞ」

「なんだ?」

「今宵は別れの盃よ、盛大に呑む為、薪木(まきぎ)を大量に用意するのよ」

そう言うと、林の中へ分け入り物色し始める。

枯れた一抱えほどもある杉の傍らまで行くと、足場を確かめ調子をとりながら木を揺らし始めた。

枯れているとは言え、地に生えた杉の木を左右に揺らしながら引き抜こうとしている。

アトゥイですら驚いた。

「えいほっ!えいほっ!」変な掛け声をかけながら揺すっていると、みしみしと幹がうなり、地面が波打ち始める。

根がバキバキと音をたてたかと思ったら一気に倒し、とうとう引き抜いてしまった。

それを軽々と肩に担いでチプの群れへと歩いて行く。

アトゥイもオマンレもオハイベーカもエコキマも、驚きのあまり声すら出ない。

それを横にすると大長巻を凄まじい力で撃ち込んだ。

割れる様に砕けていく枯れ木を、どんどん細かくしていく。

皆が驚愕の眼差しで弁慶を見ていた。

弁慶はある程度細かくすると

「ほれ、これを積み上げ重ねて高くするのだ。隙間をつくり空気の通り道を考えながら高くしていくのだぞ」

四人は言われた通り、ああでもない、こうでもないと言いながら、高さ六尺程度まで積み上げた。

「おぉ、上出来、上出来」と弁慶もご満悦だ。

「夜が待ちどおしいわぇ」弁慶が笑ってアトゥイに言った。


弁慶が買い付けて来てくれた様々な食糧により、食べ物の心配がいらなくなった人々は、豪勢に料理を作った。

星空の酒宴の用意が整うと、男達が昼間作っておいた枯れ木を積み重ねた塔に

「よし、火を着けよ!」と弁慶が点火させる。

ごうごうと塔が燃え上がっていく様は、まるで周囲を昼間の様に明るくさせる。

「では、始めようぞ!」弁慶の掛け声で、皆が酒を注いだ木の椀を傾けていく。

激しく火の粉を巻き上げながら、ごうごうと燃え上がる塔は、寒さを忘れるほど暖かく、熱く、頬を焦がすほどだった。

その大きな火を囲む様に皆と、アトゥイ、弁慶、瀬璃が星空の酒宴を楽しむ。

皆が笑顔で楽しくさんざめく。

アトゥイを挟むように瀬璃とショルラが、瀬璃の隣に弁慶、オハイベーカ、オマンレと座り、他愛(たわい)も無い話で盛り上がる。

座っていながら頭一つ大きい弁慶に、向かいに座ったアチャポが聞いた。

「しかし・・あなた方はどうしてここまで我々に良くしてくだされるのか?」

瀬璃越しにアトゥイが弁慶に訳した。

「お・・おぉ・・・まぁそのぉなんだ・・・殿の指図ゆえな・・・」

「おぉ!オンゾウシ様の・・・」

「お優しいお方ゆえな」

アチャポは天に感謝する様な仕草をした後、

「しかし、セリ殿がホウガン様と呼ぶのは何故(なぜ)なのですか?」

「昔、その様な役職に就いておられたのよ。検非違使(けびいし)(じょう)という・・・まぁ御上(おかみ)の役職だな」とずいぶんとまぁ端折(はしょ)って説明した。

言葉が見つからなかったアトゥイは御上を”カムイ”と訳してアチャポに説明する。

「なんと!ホウガン様はカムイの役職に就いておられましたか!!」

皆が驚き、

「ホウガン様!ホウガン様!」と騒ぎ出した。

「どうりで只者(ただもの)ではないと思ったわ!」などとオハイベーカが大声を上げる。

「あなた様の(よう)なとんでもないお人を引き連れていると思ったら、やはりそうであったか!」アチャポは興奮して大声を上げる。

「なにやら誤解されてしまった様だが・・・まぁよいか」と弁慶は瀬璃に言った。

「はい・・判官様はやはり特別なお方・・・何百年と後の世に語り継がれましょう・・・」

「大袈裟にすぎるわぇ、まぁよいわ、殿の名が後世でも語られるのなら、わしも嬉しいわぇ・・・」酒の椀を傾けた。

「どれ、オハイベーカ!呑んでおるか?」

オハイベーカはニタニタ笑いながら、椀を頭の上に持ち上げた。

弁慶が丸太の様な腕でオハイベーカの椀に酒を注ぐ。

「今宵は別れの盃よ!殿はおられぬが、盛大にやろうぞ!」

「おぉ!!」皆が椀を掲げる。

アトゥイも呑めない酒を舐めながら、嬉しそうにしている。

その姿は年相応の少年に見えた。

その(かたわ)らに座ったショルラは、楽しげなアトゥイを見て幸せだった・・・かがり火が、天を焦がすかのように火の粉を巻き上げ、燃え盛る。

その熱でショルラの頬を熱くした。

アトゥイと何気ない会話をしながら赤面してしまうのも、炎の熱によるせいだといい訳できる。

いつもなら伏してしまうアトゥイの前でも、楽しげな笑顔のアトゥイと目を見て会話が出来た。

今では心の底から敬愛している義経、弁慶、瀬璃との別れの時がせまり、その寂しさを吹き飛ばしてしまいたいという願いが、彼等の酒宴を激しいものにした。

皆が皆、酒に酔い、歌い笑い騒いでいる。

ショルラは炎に照らし出される皆の姿をなぜか美しいと思った・・・

そしてこの光景もまた・・・生涯忘れる事は無いだろう・・・とも思っていた。


翌朝まだ暗い内、秀栄御自ら義経と共に十三湊へと向かう船の上で

「判官殿は壇ノ浦の戦いで、潮目を見て(いくさ)(かち)に導いたと聞きもうした。交易についても同じ事が言えるのでござる。海流に逆らって船を出しても、効率が悪くなり日数ばかりかかってしまいます。その為、まずここより大陸に真っ直ぐ向い、その大陸沿いの潮目に乗って宗へと向かいまする。帰りは対馬、宗像(むなかた)と南下し、日の本に沿う様に北上し帰ってきまする」

秀栄が語ったそれは、リマン海流と対馬海流の事を指している。

日の本をとりまく海流には暖流と寒流があり、一つの国でこれだけ複雑な海流に囲まれているのは日本だけである。

当時の人々はこの海流をうまく利用して、人や物資を運んだ。

外国との貿易で窓口になるのはもっぱら北九州の博多であり、宗(中国)や高麗(朝鮮)との貿易は博多を中継基地として発達してきた経緯がある。

しかし十三湊の様に、直接外国との貿易をする湊もあった。

輸入品を積んだ船は対馬海流に乗って十三湊に運ばれ、反対に十三湊から輸出品を積んだ船は、ユーラシア大陸に沿って流れるリマン海流に乗って運ばれたのである。

義経は秀栄の説明を受けながら、大陸があるであろう方向へ目をやっていた。

それはまだ見ぬ大きな世界を、見てみたいという・・・そんな気持ちを義経に(いだ)かせた。


早朝まだ日も明けぬ刻限に使いの者が来た。

急ぎ出発の準備をし、十三湊へと向かう。

残雪の街道に出て、漁師の家屋、豪商の館を通り過ぎ、東の空が白々と明けていく中、皆が白くなる息を殺して十三湊に入ってきた。

立派な町屋、商屋に溜息をつきながら皆が歩いている。

浜通りを抜け船着き場に到着すると、かがり火に照らし出された大きな交易船が碇泊していた。

そこには義経がいて笑顔で皆を出迎えた。

「早朝にすまぬ・・・なまなかに藤原の結束を乱す様な事を大っぴらには出来ぬのでな・・・」

アチャポが代表して謝辞をのべた。

「ホウガン様のご恩情は我等一族忘れませぬ。ホウガン様の御妻子の方々が到着される日を、一日千秋の思いでお待ちしております」

「宜しく頼みいる・・・」義経も頭を下げた。

アトゥイが義経の前で、深々と長い時間、頭を下げた。

それは深い感謝の気持ちの表れであった。

「おぬしの戦いはまだ終わってはおらぬ。くれぐれも気をつけてな・・・」

「オンゾウシ、必ず平泉に戻る。待っていてくれ・・・」

「頼む・・・が、我からそちらに出向いておるやもしれんぞ」と義経はニヤリと笑った。

アトゥイも笑う。

瀬璃がその傍らにきて、義経に目配せすると、アトゥイに話しかけた。

「アトゥイ・・ありがとう・・・本当に・・・」

どこか瀬璃は悲しそうだった。

言葉がつまってしまった瀬璃にアトゥイが

「縁があれば再び会いまみえる事もあるだろう・・くれぐれも体大事に、セリの幸せを祈る」

瀬璃は一瞬泣きそうな顔をしたが、微笑んだ。

「あなたも・・・」

「すまぬ・・・時間が惜しい。皆乗り込んでくれ」義経は皆を促した。

そして秀栄が用意してくれた船に、皆が物珍しげに乗り込んだ。

船上は小屋が二つ並んだ様な形をしている。

数人の船乗り達が、乗船してきた彼等を不思議そうに見ていた。

船べりに立ち、船着き場を見下ろすと、船に乗り込んだアイヌの一行を、義経、弁慶、瀬璃が見送っている。

アトゥイ達アイヌの一行は、声を殺して三人に手を振る。

船頭の掛け声で、船は静かに船着き場を離れ、遠のいて行く・・・・

彼等はその姿が見えなくなるまで手を振り続けた・・・


義経、弁慶、瀬璃という破格の人達との出会いが、アトゥイに何をもたらしたのか・・・

再会を約して彼等は別れたが、再び生きて会いまみえる事が出来るのか?

それは神ならざる者達に知る術はない。

ただ・・その約束を果たす為・・・だけではないだろう。

再び会い、久闊を叙し、酒を酌み交わし互いの無事を喜ぶ。

それだけでも会いに行く価値がある・・・

これより先の彼等の運命は、彼等が自ら切り開くものだ。

運命に翻弄されながらも、(あらがい生き残る為の戦いをする彼らが

”執着なく生き、執着なく死す・・・己のやりたい事をひたすら追い求め、未練や強い思いを残さず逝く事が出来るかは、その当人次第であろう。

なれど・・・いや語るまい。

それらを探し見つけるのも人生の醍醐味と思えるからだ・・・

人から押し付けられた価値観を鵜呑みにするのではなく、己の経験により得る意志や思いで持つにいたった価値観で、生きて行きたいものである・・・


早春の湿原に・・・大きな少年が立ち尽くしている。

見渡す限りの湿原に、冷たく心地のいいレラ(風)が吹き、風には若草の臭いが溶け込み、春の訪れを感じさせる。

見上げる蒼い空に大きな雲が流れ、遠くひばりの鳴き声を聞きながら、口に広がる苦い味を噛みしめ、少年が膝まで清流に浸し立ち尽くしている。

サロルンカムイ(湿原の神とされるタンチョウ)を目で探すアトゥイの足元には雪解け水が入り込んだ清流が流れ、体を芯から凍えさせる。

なんとか新しいポンコタンに落ち着く事の出来た皆に一時の別れを告げ、義経との約束を果たす為・・・

遠い蝦夷(えぞ)の地より、アトゥイは平泉へと歩き出した・・・・


   完



明治維新の文明開化の混乱冷めやらぬ頃、日本の奥地を旅してまわった一人のイギリス人女性がいます。

名をイザベラ・バード。

その著書”日本奥地紀行”の一節に、以下の様な箇所があります。

・・・この素朴な自然信仰は、日本の神道の原始的形態であったかもしれない。

彼等アイヌは生物界あるいは無生物界のものを崇拝するが、その唯一の例外は義経崇拝の様に思われる。

彼等は義経に非常な恩恵を受けている。と信じている。

今でも義経は自分達の為に一肌ぬいでくれる。と信じている者がいる・・・・

シサムでありながら、彼等にそこまで愛され信奉される、義経という不世出の英雄はどの様に生きたのか?

勝者が綴った歴史から、こぼれた人々の物語を書きたいと思い書き連ねてまいりました。

長々とお付き合い頂きまして、本当に有難うございました。

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