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鬼の眷属  作者: 上泉護
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十三湊

久し振りの陽ざしに、皆が気分よく天を見上げた。

「陽が出るとこうも暖かいとは・・・」オマンレがつぶやいた。

「本当に久しぶりの様な気がするな」とオハイベーカ。

「我らの到着をカムイが祝福してくだされている様だ・・・」とアチャポ

十三湖(とさこ)の西岸を北上し、雪化粧された小高い丘に登った彼等の眼前に、冬晴れに輝く十三湖と外海に挟まれる様に小さな半島があった。

その繁栄を象徴しているかの様に、陽光に照らしだされた細長いシサムの湊街(みなとまちが半島を覆う様に建ち並んでいる。

小さな半島のさらにその外側を外海から守る様に砂嘴(さし)が伸び、荒波が入り込まない天然の良港となっていた。

内側の大きな十三湖にも、細い水路にも、外海にも帆船がいくつも悠々と浮かんでいる。

無人の・・寂しげな冬の海の海岸線を抜けてきた彼等の前に、突如、人々の活気溢れる都市が出現した。

「これが十三湊か・・・」アトゥイが言った。

「半島の中ほどに一際(ひときわ)大きな邸宅があるだろう。あれがこの十三湊を任されている安東氏の館だ・・・藤原経清公の正室の兄(安倍貞任)の御次男の末裔であるらしい・・」

義経が説明した。

「まずは私と弁慶であそこに行って、十三秀栄とさひでひさ)公に案内あない)を頼んでくる。すまぬが皆はここで待っていてくれるか?」

「解った」とアトゥイ。

皆が感慨深げに十三湊を見ている。

瀬璃もその美しい髪をなびかせて十三湊を見ている。

その横顔は、この一行と出会った頃の愁いを帯びた顔から、暗く寂しげな憂悶の影が消え、明るく前向きになった彼女の美貌は、周囲をパッと明るくさせる様だった。

エコキマや、いい年をしたオハイベーカまでもがそんな瀬璃の顔に見惚れている。

その瀬璃はというと、十三湊からアトゥイの背へ目を移していた。

筋骨隆々の大男のアトゥイは義経と話している。

振り返ったアトゥイは瀬璃の視線に気づき、彼女の顔を見る。

すると瀬璃は我知らず頬を染めた・・・

その瀬璃にアトゥイが

「なに?」と聞いた。

「いえ・・・」瀬璃は微笑む。

不思議そうにアトゥイは彼女を見たあと、皆に声をかけた。

「我等はこの場所にチプを設営して、お二人を待とう。セリはどうする?」

「わたしもここで待ちます・・・」ニコッと笑った顔はあどけないものだった。

弁慶が皆に言う。

「食糧を調達したら戻って来る(ゆえ)、楽しみに待っていてくれぃ」

義経と弁慶は十三湊に向って歩き出す。

その頼もしい二人の背中を皆で見送った。


雪が積もる街道に出た義経と弁慶は、あらためて十三湊を見た。

漁師の家屋であろうか、弁慶が八郎潟の漁村でみた荒家(あばらや)とは比べものにならぬほど立派な建屋が街道沿いにいくつも並んでいる。

さらに進んで行くと、豪商の館と思われる大きな邸宅が二人の前に現れ、街道は活気に満ち人々が行き交い始めた。

時折、和人でもアイヌでもない、異国の装束を着た者も歩いている。

商屋の中には、並ぶ品々が見慣れぬ異国の物を扱う店もあり、見た事もない装飾がなされた首飾りや、美しく刺繍(ししゅう)がなされた厚手の生地がかけられ、青磁や白磁の器が置かれ、色とりどりの様々な物がつるされていたりした。

義経、弁慶が街中に入って行くと、かつて彼等を見知っていたのであろう、一見して商人と解る数人が深々と頭を下げ二人に挨拶した。

平泉に勝るとも劣らない絢爛豪華な邸宅が並び、平泉にはない活気と煩雑(はんざつ)さが磯の香り漂うこの湊にはある。

十三湊は平安時代末期から室町時代にかけて港町として栄え、日宗、日朝以外の様々な国との貿易がなされていたと伝えられる幻の中世都市である。

中世の書物、廻船式目(かいせんしきもく)の中では「津軽十三湊」として、博多や堺と並ぶ全国「三津七湊(さんしんしちそう」の一つとして数えられ、その繁栄ぶりが伝えられている。

近代の調査によって、ほぼ当時のままの形で津軽十三湊の街並みや遺構が残っている事が明らかになり、これまでに確認された中世の都市としては、東日本で最大規模とも言われる。

中世十三湊の街並みと推定されたのは、東を十三湖、西を日本海に挟まれた槍状の砂嘴(さし)で、広さ約55ヘクタール、中央を南北に貫く推定幅4~5mの街路が街の中心部の街路と交差する形となっており、西日本の博多に匹敵する貿易都市であった事が窺える。

後年(室町時代頃)に創作された「御伽草紙」と呼ばれる物語の一つに、「御曹司(おんぞうし島渡り」という部分がある。

奥州平泉で藤原秀衡が義経に、

「ここより北に千鳥とも、蝦夷(えぞ)が島という国があり、その内裏にある兵法の巻物を見る事が必要」と話す。

義経はその話を受け「北国または高麗」の船も出入りする「とさのみなと」から出帆し、多くの遍歴の後、目的を果たし「日本のとさのみなと」に舞い戻ってくる。というあらすじである。

もちろんフィクションだが、当時の人々の十三湊に対する認識を窺い知る事が出来る。

日の本以外の北の国々へ旅立つべき場所は十三湊で、十三湊こそ日の本の北の境界にあり、博多に並ぶ国際ターミナルであった。

「十三湊」の”とさ”とはアイヌ語のトー・サム(湖・のほとり)からきていると言われ、色濃くアイヌの痕跡を知る事が出来る。

十三湊は海外ばかりではなく、鎌倉時代から「津軽船」と呼ばれる定期船で中央と結ばれていた。

この湊は北の地の果てに孤立したものではなく、中世も早くから広範な交通・流通に支えられた拠点の一つだったのである。

しかし、信頼すべき同時代の史料があまりにも少なく、この地と北の世界を支配していた「蝦夷管領」安東氏の歴史と共に、その実態はいまだ謎に包まれている。

現在解っている遺構としては、規則正しい配置の道路や溝、大型の礎石建物を持つ館と家臣、職人の屋敷など、メインストリートに沿って建ち並ぶ町屋や商屋などが発掘で明らかにされてきており、今後は更に湾港施設や宗教施設などさらに解明されていく事だろう。

遺物としては、中国や朝鮮からの輸入陶磁、能登の珠洲焼き、古瀬戸などの陶磁器類が中心で、日本から中国への輸出商品でもあったラッコ皮など北方の産物については、木簡の様な文字史料も含めて今後の解明が待たれる。


義経と弁慶は晴れ渡る空の下、大きな街道を真っ直ぐ進み大土塁にかかる橋を渡り、さきほどアトゥイに説明した安東氏の邸宅前に来た。

「御免!」弁慶が大きな声を掛ける。

すぐさま出て来た家人の一人が、義経、弁慶の顔を見知っていたのであろう、すぐさま(ひざまづ)いた。

「判官様、武蔵坊様、ようこそおいでくださいました。ちょうど主が在宅しております故、ご案内致しまする」

弁慶は義経に目配せすると、

「いや、わしはここでお(いとまする。では殿」

「あぁ」義経は短く答えた。

弁慶は別行動で食糧を調達する為、商屋街に向け歩きだし、義経は館の中に入って行った。


義経と別れた弁慶は寺院の間を抜け、浜通りに来ていた。

町屋が立ち並び、活気に満ち、磯の香りが強くなる。

大きな交易船が陸揚げされ、船底を人足(よぼろ)達が何かしている。

興味が湧いた弁慶は、そのうちの一人に聞いた。

「これはなにをしておるのだ?」

「へぇ、富士貝(ふじがい)(フジツボの事)をこそげ落としてなっす」

そう言うと三寸ほどのヘラで、船底にびっしり張り付いた富士貝を綺麗に剥がしていく。

交易船の長い船旅は、船底に多くの海生生物を付着させる。

海生生物フジツボが船底にびっしり付着すると、その抵抗で船が遅くなってしまう。

その為、舟を一度陸に上げて、定期的にそれらをこそげ落とす事が必要になるのだ。

数人の人足(よぼろ)達が専用のヘラでそれらをこそげ落としている。

びっしり張り付いた富士貝が落とされていく様は、見ていて気分の良いものであった。

しばらくそれを観賞していた弁慶は

「おぉ、いかん!皆が首を長くして待っておるんだったわぇ」

そう一人ごちると、米俵が積まれている商屋に入っていった。


安東氏の館では、十三湖の湖面を一望できる一室で、義経は一人の男と向かい合う様に座っている。

安東五郎、歳の頃は四十に届かぬくらいか・・・

十三秀栄の(もと)、安東水軍を一手に束ねる男である。

意志の強そうな太い眉、彫の深い顔立ちと濃い髭は、どこかアイヌの人々を想起させる。

しかし、その魂の形がまったく違う物の様に義経は感じた。

真っ直ぐ人の目を見て話すこの男の心が、その人には向いていないのだ。

目端や口の端に、利を探すこの男の本心が垣間見える。

しかしその影響力は陸奥、蝦夷にとどまらず出羽にまでおよび、領主である秀栄ですらこの男には気を使っている程だった。

腹に一物有りそうなこの男が義経に言った。

「何年振りでありますかな?お久しゅうございます」

「十年ぶりとなるか・・・少々、世が乱れ始めておるのでな、秀栄公へ軍事につきお願いしたい事があり急ぎ参った次第」義経はあえて本当の事を言わなかった。

「さようですか・・・ではすぐさま船を用意いたしまする(ゆえ)、少々お待ち下さい」そう言うと立ち上がった。

十三秀栄の居館、福島柵ふくしまのさくは十三湖の北面の丘陵にあり、夜などはここからでもその光が見える。

交通の手段は船で最短距離を行くか、十三湖を大周りして行くしかない為、この館より船を出そうと言うのだ。

「かたじけない・・・」

そう言う義経の背を見下ろす様に、チラッとこの男は見た。

それは瞬時の事で、足を止める事無く室から出て行く。

義経はこの安東五郎という男を、真から信用していない。

野心的なその容貌や態度からは、信用のおけない狡猾さがにじ)み出ていたからだ。

しばらくして戻って来た安東五郎は、再び義経の前に座った。

開かれた寝殿造りの格子こうしからは、十三湊の水面がきらきらと光っている様子が、冷気とともに窺える。

それは、この男の腹黒さとは裏腹に対照的なまでに美しいものだった。

「鎌倉との戦が間近に(せま)っておりまするか?」

「それは鎌倉次第と言えよう・・・鎌倉との戦では安東殿にも働いてもらわなければならぬ」

「お任せあれ、どの様な事であれお命じ下さい」

「北陸道を進軍する鎌倉軍に対し、後方攪乱と海上制圧を頼む事になろう・・・」

「万事、手筈は整っておりまする。御心配は無用です」

打てば響く様に答えるこの男に義経は

”この男にも鎌倉からの手が伸びている・・・”と看破した。

そう義経が思う理由・・・それは、答えが用意されている・・という感覚である。

まだ腹は決めかねておるにしろ、気持ちが揺らいでいる事は確かでありそうだった。

以前来た時、この男の中にはなかった揺らぎである・・・

義経はそこに奥州藤原氏の(ほころ)びを感じた。

この利に(さと)い男は、その綻びに藤原氏へ対する忠誠が揺らいでいる・・・と義経は感じるのである。

”その揺らぎの因とはなにか?・・・”と考えながら、格子から見える十三湖に目を移した。

その陰謀渦巻く政略とは無関係の様に、悠々と帆船が美しい水面に浮かんでいる。

義経はふと・・・悠久の時の流れを・・・この人の世の(はかな)さと、せつなさ、もろさを感じ溜息(ためいき)をついた。

「どうされましたか?」目敏(めざと)くそれを見止めた安東五郎が聞く。

「いや・・・」そう言う義経の美しい眼差しを受けて安東五郎はたじろいだ。

それは何物をも見通されるかの様で、彼を内心ひやりとさせた。

しかしあえて義経は踏み込まず、

「十三湖は美しい・・・しかし・・十三湊の永久(とわ)の繁栄は(むずか)しかろう・・・」

と謎めいた事を言った。

「それは何故なにゆえに?」怪訝そうに義経を見る。

「いや・・ただ・・そう思ったにすぎぬ、気になされな」

安東五郎は気味悪そうに義経を見た。

再び十三湖に目を移した義経は暫くの間、輝く湖面を見続けた。

挿絵(By みてみん)



次回最終回「早春の旅立ち」です。

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