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鬼の眷属  作者: 上泉護
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叢雲

羽吹風山(はふかぜやま(現寒風山)を後にした一行は海岸沿いを北上し、和人の集落を避け山に入った所でチプを設営した。

強い風は収まり、今は静かに雪が舞い、チプの周りは少しづつ白く化粧され始めている。

風が収まる事で寒さが和らいだ様に感じるチプの中で、泥に汚れた美しい髪をハエプト達に綺麗に拭き取ってもらっている瀬璃は、不思議そうにチプの天井を見上げていた。

その仕草は、あどけなさと妖艶な女性の色気を同居させる不思議なもので、そのすらりと伸びた肢体は成熟した女性の美しさがあった。

「あなたは凄い事が出来るのね・・・」と言うハエプトの言葉に、不思議そうに、どこか寂しげに微笑んでいる彼女を嫌いになる事は難しそうだった。

どこかおっとりしている彼女はソイエの手をとり、なにかリズムをとっているソイエに優しく付き合ってやっている。

その彼女からは、アイヌに対し差別も偏見も全く感じられない。

時折ソイエに催促されるままに、視線を落としソイエを見ながら微笑み、手を左右に振っている。

ショルラはそんな瀬璃を盗み見ていた。

同朋や従者(ともびと)を大勢なくした彼女は、悲しみにうちひしがれ孤独に(さいな)まれている筈・・・

でも・・・それを抑えて自然に振舞おうとしている・・・

そんな彼女がショルラには痛々しく見えた。

ショルラは通じないと解りながらも声をかけた。

「セリさん・・・頭の傷は痛まない?・・・」

不思議そうにショルラを見た瀬璃は、わずかだが小首をかしげた様だ。

ショルラが自分の頭を触る様にしてみせると、美しく微笑み頷いて

「ちょっとだけ・・・でも大丈夫です・・・」と答えた。

ショルラはどこか、この人はアトゥイと似ている・・・と思った。

それは、自分の事はほったらかしで、人の事ばかり気遣っているところだと気づくのに時間はかからなかった。

ショルラはニコッと笑うと、焚火で作った縄文味噌を溶いた雑炊を木の椀に入れ、瀬璃に差し出す。

「ありがとう・・・」瀬璃のしなやかで美しい手がそれを受け取る。

瀬璃はそれに口をつけ

「おいしい・・・・」と言った。

瀬璃は女性ばかりのチプの中を見渡し、

「皆さんのお名前を教えてください・・」と言い

自らの胸を、そろえた指で示し

「瀬璃・・」と言ってそのままその手をハエプトに差し示した。

「ハエプト」ハエプトが答え、隣にいたヌマテへ

「ヌマテ」そして更に隣へと移っていく。

「シイヒラ」

「ショルラ」

視線を落としてソイエに微笑むと

「ソイエ」ソイエはショルラが代わりに答えた。

「ハエプトさん、ヌマテさん、シイヒラさん、ショルラさん、ソイエちゃん・・・本当にありがとう・・・今の私には・・皆さんが心の支えです・・」

ニコッと笑った彼女だったが、どこか寂しげな影がある。

この美しい不思議な力を持った卜者(かみなぎ)を、ショルラはいつしか好きになってしまっていた。


一時的に雪がやみ、ピンと張った緊張感に満ちた森でアトゥイは座禅を組み、チプから少し離れた所で瞑想しながら、瀬璃の言葉を思い出していた。

それは瀬璃の体力が回復し、チプで休んでいる時の事だ。

神託の事を聞いたアトゥイに

「狽神の民とは・・あなた方、アイヌの人々の事です・・・」

「なぜ我らが狽神の民なのだ?・・・」

「狼狽という言葉を知っていますか?」

「ベンケイに聞いた。慌てふためくという意味で、その由来は前足が長く後ろ足が短い狼に、前足が短く後ろ足が長い伝説上の獣”(ばい”が後ろから覆い被さり、離れると上手く歩けず、慌てる事からきていると聞いた・・・」

「そうです・・・私も詳しくは知りませんが、言い伝えでは我ら”和人”が狼神の民で、”アイヌ”が狽神の民であると聞いた事があります」

「なに?・・・では、和人とアイヌは共にあれ、と受け取る事が出来る」

「そうです、そもそも大海で(へだ)て別れ住むべきではありません・・これは・・・あくまでも私の解釈であると思って下さい・・・」

(うなず)くアトゥイ。

「我ら和人は、好戦的な民族です。他の人の土地を奪い傘下に収め支配する。時には・・・この大自然さえ思うがままにしようとさえします・・・自分の都合よく、他の生きとし生けるものの事など考えず、周りを変えていこうとする傲慢(ごうまん)な民族なのです・・・しかし、アイヌは違います。自然と共にあり、神と共に生き、多くを望まぬ人々・・・

他者への思いやりを忘れ、(おの)が欲望のまま生きる和人を・・・後ろから、その間違いを(さと)し、抑え、留まらせる力がアイヌの思想にはある・・・・しかし、ともすれば立ち止まりがちになるその思想には、力強くけん引するのも時には必要な事・・・その両方の思想・・均衡(きんこう)が必要であると物語っている・・と思えます」

「・・・・(おの)が欲に執着し、他のものを(かえり)みず突き進む和人を・・後ろから抑え留めさせる・・・それがアイヌである・・・のではないかと?」

アトゥイは思う。

昔ながらの生活を続けるアイヌは、絢爛豪華なシサムのコタンを見て驚いたものだ。

文明の・・進歩発展の力の差を・・・

和人とアイヌの共存・・・差別や迫害、搾取を続ける和人と生きる事は、誇りを捨てる事だ・・・

シサムが己の愚を悟り、学ぶ姿勢を持たねば不可能である様にアトゥイは思えた。

「では堕ちし者とは?」

瀬璃はその切れ長の美しい眼差しでアトゥイを見つめた。

それは・・なにものをも見通す神の如き神眼(しんがん)の様だった。

「あなたに宿る鬼の者の事です・・・」

「それは何者なのだ?」

「それはかつて神籍にあったもの・・・それが訳あって鬼にまで身を堕としたものです・・・その名は今は言うべきではないでしょう・・・」

「なぜだ?」

言霊(ことだま)というのを知っていますか?」

「コトダマ?」

「言葉そのものに力があるのです。ましてやそれはかつての神の名、その名を口にしただけで・・・なにが起こるか解りません・・・」

「解らぬ・・・」アトゥイは唸った。

「いずれ解る時が来るでしょう・・・それは神のお導きがあるはずです・・・」

納得致しかねる。

といった表情をしているアトゥイに、瀬璃はニコッと笑い

「焦りは禁物です・・・それは必ずや執着の種となりましょう・・・」

はっとしてアトゥイは瀬璃を見た。

瀬璃は優しく微笑んでいる。

それは年長の女性の余裕であり優しさでもあった・・

その美しい笑顔を思い出しながら、アトゥイは焦る気持ちを抑えて瞑想している。

その瞑想を邪魔しない様に、後ろから抑えて歩く足音が聞こえた。

あまり大きくない歩幅と、落ち葉を踏む軽い足音・・・

その足音を聞いただけで”ショルラか・・”と解る様にまでアトゥイはなっていた。

その足音は立ち止まり、アトゥイの瞑想を邪魔しない様にたたずんでいる。

目を瞑ったまま、

「ショルラ・・なに?」

ショルラは驚きもしたが、足音で自分だと解ってもらえる事に喜びを感じてもいた。

「ごめんね・・・いい?」

「あぁ」とアトゥイは目を開き微笑んだ。

アトゥイの横にチョコンとショルラは座った。

”いい?”とは聞いたものの、どう言っていいか解らず黙っているショルラに、アトゥイは不思議に思い彼女を見た。

「いろいろな事があってショルラも疲れたんじゃない?・・・」

「うん・・・」と座っていても大きなアトゥイを見上げ微笑んだ。

「アトゥイ・・・」

「なに?」

「うぅん・・・なんでもない・・・」微笑んだ。

ショルラはアトゥイが瀬璃の事をどう思っているのか聞きたかった。

しかし、その言葉が口から出ない。

「また・・寒くなったね・・・」アトゥイが言う。

アトゥイはハエプトが言う鈍い所もあったが、人が言いづらい事を無理に聞き出す様な事はしない。

ショルラはそんなアトゥイの優しさが好きだった。

「うん・・・・」

二人は無言で・・・暮れかかり、緊張感に満ち薄く雪化粧されたブナの森の奥を見続けていた。

そこは後の世に世界遺産”白神山地”として、日の本以外の海外の人々に注目される事になるなど、二人には考えもつかぬ事であっただろう。



寒さが戻った平泉の街並みは、凍りついた様に静かだった。

為政者達の間で起こった不可思議な事件の顛末(てんまつ)市井(しせい)にまで伝わり、まことしやかに市民達の間で(ささや)かれていた。

それは、前御館(ぜんみたちの母であり、現御館の実の祖母である結惟の方が、御館(藤原泰衡)に斬り殺された・・・というものだ。

事件直後、すぐさま箝口令(かんこうれい)()かれたものの、所詮人の口に戸は立てられない。

こういった事は嫌でも漏れ出すものなのだ。

親族で、ましてや血を分けた実の祖母が孫に殺される・・などと、古今東西聞いた(ため)しがない・・・

しかし為政者達の間では強い(わだかま)りを残したものの、泰衡、結惟の方斬殺の件はひとまず収着した。

やはりそれは、独善的であった結惟の方に対する泰衡への同情と同感。

老婆にやりくるめられていた者達の怒りや怨みが、神経の細やかな御館を下支(したざさ)えしたものと思われる。

ひたすら祖母の暴言に耐えてきた御館が、この奥州の一大事に藤原総家をまとめあげる為に、致し方なくした事である。

と周囲には判断されたのだ。

人通りが絶えた通りを寒風が吹き荒ぶ。

その通りの先に大きな邸宅があった。

藤原一門の館である。

しかしここに一人、納得しきれない男がいた。

結惟の方を、一門の中で特に慕っていた男。

末弟の頼衡(よりひら)である。

この難局に内部分裂している場合ではないと、なんとか自らの腹に落とし込もうとしていた末弟の頼衡であったが・・・

あの時、顔面に付着した何かを手で拭き、その手を見た時の衝撃が未だ残っていた。

”手にべっとりついた真っ赤な・・お婆様の血・・・”

毎晩の様に夢で見て飛び起きる。

あの時は・・・お婆様が言い過ぎではないか・・とも思い、頭が真っ白になったこともあり、なにも出来ず退席してしまったが・・・

何度も夢で見るこのおぞましい光景が、なにやら・・・語りかけてくる様な気がする。

やはり・・・兄、泰衡は許すべからざる事をしたのだ・・・

あの兄にこの平泉をまかせておいては立ちいかなくなる・・・

そう思う頼衡の心中には、泰衡を追い落とした後の御館の()(すわ)る己の姿が見えていなかったと言えば、嘘になっただろう。

そして、この若年のあさはかな末弟は、行動に移した。

自分が中心となって泰衡を追い落とし、その後の座に己が座る・・・そのためには泰衡を除く兄たちに協力を求めねばならない・・・

薄暗い廊下の奥に消えた頼衡・・・

この末弟は、この二か月後、兄泰衡の手によって討ち取られる事となる。

親族が手を取り合い、鎌倉との一戦に力を合わせて当らねばならぬ時、藤原の親族は相克の果てに、一人二人とその身内を骨肉の手で葬っていくのである。


鎌倉で頼朝が内心、わが身に吹く追い風にほくそ笑む思いであった事だろう。



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