鬼の産地(うぶち)
小雪が混じり、寒風吹き荒ぶ曇天の羽吹風山の山頂で、泥にまみれた美しい髪をなびかせて指差した卜者は言葉を継いだ。
「鬼の産地とは、大地の胎動と共にこの世へ生まれ出る・・鬼の精が吹き出す地です・・・このまま放っておけば、幾千、幾万の鬼共が精の濁流よりこの地へ放出され、それが人を初めとする数多の生き物に憑り、鬼となります」
とその時、大地が鳴動し胎動の如き揺れが起こった。
突き上げられる様なその揺れに、皆がふらついた。
「あれを・・・」と再び美しい卜者は指差した。
不自然に二丈(約6m)ほど岩石が積み上げられた場所から、突き上げる様な地揺れと共に青い燐光が十数個、岩の隙間から曇天の空に吹き上がった。
「一刻も早く結界を張り直さなければ・・・・」
まるで山そのものが息をしているかの様な、不気味な振動とその律動に合わせる様だった。
「あれは・・・?」と義経。
「鬼の精・・・です」と瀬璃。
「あの燐光一つ一つが鬼の精であるともうすか・・・」
「はい・・急ぎ結界を張らねば、数限ない鬼がこの世に出でて取り返しのつかぬ事になります」
「判官様、武蔵坊殿、そして・・」アトゥイに振り向いた。
「力を貸して下さい」
「アトゥイだ。どうすればいい?」
「私の大神咒の間、鬼に邪魔をされない様に守ってください」
「了解した」と義経。
「さぁ皆わしの周りに集まってくれぃ!」とアイヌの人々に弁慶は言った。
アトゥイを先頭に、義経、瀬璃、その後ろにアイヌの人々が続き、殿を弁慶が守る。
周囲を警戒しながら、不自然に積み上げられた岩場に、一行が歩いて行く。
びょうびょうと吹き荒ぶ風は、くぼんだ山頂の地形で反響する様な音をたてて彼等に吹き付ける。
すると、見上げる尾根の向こう側から、赤く光る双眸が次々と現れてきた。
這う様に斜面を下ってくる数え切れないほどの鬼の姿を見て、アイヌの人々は一塊になる。
瀬璃は岩が積み上がった場所までくると、意識を集中する為目を瞑り、暫くの間たたずんだ。
わらわらと近づいてくる鬼共から逃げる様に、瀬璃の周りにアイヌの人々が集まり、その外を等間隔で義経、弁慶、アトゥイが守る。
心気を整えた瀬璃が、切れ長の美しい眼を開いた。
「あまねく海辺に出で到らむ荒脛巾の神に・・・かしこみかしこみもうす・・・」
美しい声でそう言った彼女は、”とんっ”と地を蹴ると、美しく舞始めた。
風に小袖と彼女の髪をなびかせながら、美しく回る彼女にアイヌの人々は見惚れている。
「風濤急峻からむ日を以て・・海辺に出で磐根・・木株・・草葉も、猶能く言語ふ・・・」
鬼共が勢いかって襲いかかってくる。
弁慶の大長巻が一閃する。
バラバラと斬り払われる鬼共。
義経が疾風と化し鬼の集団に斬り割って行く。
アトィウが守る側からも鬼共がにじりよってくる。
その鬼共を割って行鬼が現れた。
その巨躯を不気味にゆらし”ドシャリ・・・ドシャリ・・・”と歩み寄ってくる。
瀬璃は憑依状態(トランス状態)に入り、周りが見えていない。
「夜は熛火の若に喧響ひ、昼は五月蠅如す沸き騰る・・・水穂の国は・・昼は五月蠅なす水沸き・・夜は火瓮なす光く神あり・・・」
行鬼が瀬璃に向かって走りだした。
鬼共を斬り払いながら、行鬼にアトゥイは討ちかかる。
それを直刀で行鬼は受けた。
アトゥイが討ち漏らした鬼達は義経がことごとく討ち払う。
「石ね、木立、青水沫も事問ひて荒ぶる国なり・・・」
瀬璃の美しい舞と詠唱は神々しさをましていく・・・
ショルラはその美しさに、周囲の惨状も目に入らず、うっとりとその舞に見入っていた。
「然も彼の地に多に蛍火の光神、及び蠅声す邪しき神あり・・・」
アトゥイに行鬼が上段から、瞬くほどに速く凄まじい撃ち込みを立て続けに叩き込んでくる。
そのわずかな傾きの違いに合わせ、アトゥイは受ける。
”ギィンッ!ギィンッ!”舞草刀をへし折らんばかりの撃ち込みに、じりじりと圧され後ずさるアトゥイ。
「復草木、咸くに能く言語有り・・・故、八十諸神を召し集へて、問ひて曰はく・・・」
行鬼のわずかな隙を突いてアトゥイは斬り返す。
上段から下段から、そして渾身の力を込めて水平に振りぬく。
思わず行鬼はその剣撃で後ろに弾かれた。
「吾、邪しき鬼を撥ひ平けしめむと欲ふ・・・神遂に邪神および草木石の類を誅ひて皆巳に平けぬ・・・」
瀬璃の周りに霞がたち、静かにその霞が発光していく・・・
霞は瀬璃を中心に渦巻始める・・・
「其の不服はぬ者は、唯星のみ・・・山川を磐さくみて踏みとほり、国覓しつつ、ちはやぶる・・・」
アトゥイが行鬼を押し返し、義経と弁慶が鬼共を全く近寄らせない。
鬼共の凄惨な躯がその周りに山の様に積み上がっていく。
とその時、大地が鳴動し、再び突き上げる様な揺れが起こった。
その大地の呼吸に合わせる様に、青い燐光が岩の隙間から天に昇る。
「神を言向け、服従はぬ邪しき鬼をも和し、荒ぶる神等をば神問はしに問はしたまひ、神掃ひに掃ひたまひて、語問ひし磐ね樹立・・・」
まさしく神と舞い遊ぶ様にショルラは見えた。
畏敬の眼差しで瀬璃を見ている。
「しずかなれ、しずかなれ、精しずかなれ、深山の百千の精もしずかなれ・・・・請はくは、我が為に産屋を作りて相待ちたまへ・・・・」
手を広げて天を見上げた瀬璃の視線の先で、渦巻いていた霞が”カッ”と光り、岩が積み上げられた場所を取り囲み、燃え上がる様な縄文の文様が青白く浮かび上がる。
浮き上がっていた燐光は、わずかばかりの抵抗をしたものの、もとの岩の隙間に吸い込まれ、”ザァッ”と結界の中心から空気の塊が吹き出した。
それに鬼共は吹き飛ばされ、義経、弁慶、アトゥイは耐え、アイヌの人々はうずくまり一塊になって耐える。
瀬璃だけは、そよ風の様にそれを受けた。
暫くの間それは・・青白い光と共に吹き続け、草も岩も人も大地も強くなぶり、その場から引き剥がそうとする。
そして・・・それが収まると、静寂が訪れた曇天の空に・・わずかばかりの陽が射した。
憑依状態(トランス状態)から覚めた瀬璃は
「成功です・・・結界が張れました・・・」と言った。
鬼共は這う這うの体で逃げて行く。
行鬼の姿は、いつの間にか消えていた。
霊力を使い果たし疲れ切った瀬璃はフラッと倒れかかる。
それをアトゥイが抱きかかえた。
「あ・・ありがとう・・・」
アトゥイの腕の中でぐったりしている瀬璃を、ショルラは複雑な想いで見ていた。
そんなショルラを知ってか知らずか、義経が弁慶に言った。
「弁慶、瀬璃殿を頼む」
「心得てそうろう」と弁慶は瀬璃をおぶった。
周囲を見渡した義経が
「鬼共も逃げ散った様だ。瀬璃殿、結界は放っておいて大丈夫なのか?」と問うた。
弁慶の背で、青い顔でぐったりとしている瀬璃は
「はい・・・鬼はこの結界の周囲・・・一町(約百m)内には・・近づけません・・」と言った。
「ならば、我らは先を急ごう」
皆が歩きだし、不思議そうに岩が積み上がった場所を振り返り見ている。
警戒を解いていない義経と弁慶をよそに、アトゥイは謎の解明に気もそぞろになっていた。
弁慶に背負われ、アトゥイを見下ろす形となった瀬璃に、耐えきれずアトゥイが聞いた。
「聞きたい事がある・・・」と前置きすると
「狽神の民よ・・・いざなえ・・鬼の眷属・・・堕ちし者よ・・喎斜みし太刀を持ち・・アラハバキの御前に・・・と神託を受けた。意味が解るか?」
弁慶の肩に頬を乗せる様にぐったりしていた瀬璃が、その美しい面を上げて
「荒脛巾の御前に・・・と?」美しい切れ長の目で、驚いた様にアトゥイを見つめた。
本作も残りわずかとなりました。
最後までお付き合い頂きますれば幸甚の到りです。
参考文献 日本の神々 谷川健一著 岩波新書




