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鬼の眷属  作者: 上泉護
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相克の果て

その日は気持ちが悪い程暖かい日だった・・・

平泉の美しい街並みの屋根からは雪が溶けだし、ポタポタと軒に(しずく)を垂らし地をぬかるませる。

しかし、日が射している訳ではなかった。

どんよりとした雲は天を埋めつくし、風も無い静かな大気は、どこか不気味な予兆を感じさせる。

伽羅の御所の寝所で目覚めた藤原泰衡は、不思議に気分が良かった。

今日はあの嫌な定例軍議の日だというのに、何もかもがうまくいく様な気がする。

今日の御館(みたち)のご機嫌は(うるわ)しい様だ・・・

起きだしてきた泰衡を見て、宿直(とのい)の家人は意外に思った。

なぜなら、(ほとん)どの人がこの季節外れの生ぬるい空気を、気持ち悪く感じていると思っていたからである。

「今日はまるで春が訪れたかの様だ」

泰衡はそんな家人の気持ちなど露知らず、気持ちよさげに肩で風を切って歩いて行く。

伽羅の御所の相の間に顔を出した泰衡は驚いた。

「御爺様・・・」そこにはまだ朝早いにも関わらず、肥えた老体に薄汗までうかべた基成がいたのだ。

「お休みをお邪魔してはと思い、待たせて頂きました・・・」

やや緊張気味の基成は言った。

泰衡は結惟の方との間になにか進展があったのかと一瞬期待した。

しかし、基成の口から出た言葉は失望に値するものだった。

「不首尾と終わりました・・・・・」それだけ言うと基成は黙った。

泰衡と目を合わせようとしない。

座っている基成に(ひざまず)き、基成の肩を掴み顔を覗き込む様に泰衡は言った。

「それだけでは解りませぬ!はきと申して下され!」

「申し訳ござらぬ。結惟の方の説得は失敗に終わりました・・」

異様ならざる空気に、泰衡はいたたまれなくなり激しく問い返した。

「それは解り申した!それで!?」

「・・・・・」

「御爺様!」

基成は額に汗しながら、絞り出す様に言った。

「結惟の方様は、御館の・・・判官殿への全権委譲をお求めです・・・」

泰衡は雷に打たれたかの如く立ち上がった。

「血を分けた実の孫ではないか・・・・」顔面蒼白となった泰衡が呻いた。

「我ら奥州藤原氏を滅ぼそうとしている同じ源氏の者に・・委ねよと申すのか?」

幼い頃から自己顕示欲を満たす事の出来なかった泰衡は、奥州平泉の御館という権力の座に執着していたと言えよう。

それを降りるくらいなら、死んだ方がましだとさえ思っていたかもしれぬ。

(うめ)いた泰衡は基成を一人残し、ふらふらとした足取りでその場をあとにして戻らなかった。


一刻程の(のち)・・・

義経のいない定例軍議の席で、一同が御館である泰衡の到着を待っている。

顔を合わせ様としない結惟の方と基成の無言の圧力は、藤原一門の人々を不安にさせ、不気味な生暖かさの中、一同は異様な緊張感で静まり返っていた。

大河兼任と由利維平を引き連れた泰衡が部屋に入って来るなり、結惟の方が食って掛かった。

「遅いぞ泰衡!待ちくたびれたわ!」

「・・・・・」

無言の泰衡が、青白い顔で結惟の方の顔を見たが、なにも言わなかった。

「いつまでも猿楽だ、白拍子だなどとうつつをぬかしておるから(たる)むのだ!御館なら御館らしくいたせ!」

結惟の方の舌鋒はいつにも増して厳しかった。

「・・・・」

それでも泰衡は黙っている。

暗く沈み澱んだ瞳には、いつになく迫力が宿っている。

その迫力に()された結惟の方は、負けじと言ってはならない事を言ってしまった。

「それ程そのような物に興味があるのならば!御館の権限全てを判官殿に委ね、隠居するがよかろう!」

結惟の方という人物は、追い込まれれば追い込まれるほど攻めにまわる。

泰衡の異様な圧力を不気味に感じれば感じる程、引くべき所を押してしまう。

それは彼女の甘やかされて育った幼児期の環境ゆえもあったろうが、若い頃の親族間の争闘で、過酷な判断を下してきた”覚悟”が、更にそれを強いものにしていた。

「それ程までにお婆様は・・(われ)御館(みたち)である事が気に入りませぬか?」

彼女はずかずかと泰衡の前まで歩いてくると

「気に入るか入らぬかではない!御館に相応(ふさわしいか、相応しくないか!それのみじゃ!」

兄弟達は緊張してそのやり取りを聞いている。

「我は相応しくないと・・・」

「そなたのどこをどう探せば、その資質を見出(みいだ)せるのだ?よくよく我が身を思い浮かべてみよ!」

泰衡のうつむいた体は小刻みに震えている。

「おのれは分不相応なのじゃ!!」結惟の方が声を張り上げた瞬間!

泰衡は傍らにあった太刀を取り、引き抜きざまに結惟の方の脇腹から首にかけて斬り上げた。

結惟の方の首から”ザァッ”と大量の血が飛沫(しぶ)く。

それは二間程横にいた頼衡の顔面まで飛んだ。

結惟の方は首から噴出す血を左手で抑えた。

不思議に走馬灯の如く過去の記憶が甦る。

浜辺に立っておる・・・

ここは・・宗像(むなかた)の海じゃ・・・

春先であるのに・・きつい陽が射し、生暖かい潮風が、吹きつけている・・・

我は浜辺で貝を(ひろ)おておる・・・

ふいに、福々しい顔が太く短い首の上にある、いかり肩の男性が現れた。

これは・・・基衡殿・・・

考え事をする時、腫れあがった歯茎をさする様に(あごを触るのが癖だった。

なにか我に言うておる・・・なにを言っておるのか?・・・

晩年は・・右半身付随となり、歩くのもままならなくなって・・・

遅い桜が散りかけた頃、突然亡くなられた・・・

藤原の家督を、清原方の母を持つ異母兄惟常から奪えと、再三、及び腰の基衡殿の背を強く押したは我であった・・・

が・・果断に惟常親子を斬首した基衡殿は・・よくよく覚悟ができていたのであろう・・

あの頃・・秀衡は六つであった。

その秀衡が赤子を抱いておる・・・

基衡殿似の福々しい赤子じゃ・・・どの子だったか・・・

その子が嬉しそうに、ヨチヨチとこちらに歩いてくる。

泰衡か・・・

断末魔の結惟の方は目を開いた。

倒れている彼女の周りには、国衡、忠衡、通衡、、そして末弟の頼衡がいる。

皆、悲痛な顔をしておる・・・

その彼等の肩越しに、涙を流し震えながら、倒れている結惟の方を見下ろしている泰衡が見て取れた。

その瞬間、なにが起こったのか彼女は理解したのだ。

「泰衡・・・身内を手にかけるか・・・」自分の声の弱々しさに彼女は驚いた。

泰衡は己のした事に驚愕し、泣きながら無意識に首を左右に振っている。

これほどまでに・・我が孫を追い込んでおったのか・・・

我の・不徳の致す・・ところよ・・・

視界が薄暗くなっていく・・

自らの死を悟った彼女は、最後の力を振り絞り、目を()っと開き

「泰衡・・・己を貫くのだ・・・・」と言った。

その言葉を最後に結惟の方はこと切れ、87歳という長寿を実の孫の手により終わらされた。

一同は凍りつき、口を開く者とていない。

大河兼任がひりついた喉から声を出した。

「御・・御一同・・この場はこれにて・・解散といたしましょう・・」

彼等の思考は凍りつき、どの様に振舞えばよいのか解らず放心している。

しかし、いかに結惟の方と言えど、現御館に対し言い過ぎではないかというのが大半の思いでもあった為、この泰衡の行為はその時、致し方のないものと好意的に受け止められた。

倒れ伏す祖母の変わり果てた姿を横目に見つつ、人々は退出していく。

藤原基成は長年手を取り合って国難に当っていた老婆の亡骸を見ながら、不意に頭に(よぎ)った事があった。

”奥州藤原氏の負の遺産”

それは、繰り返された親族間の争闘による、骨肉のパワーバランスにあったと言ってよい。

安倍と清原の家臣団の狭間で、苦悩してきた清衡、基衡。

そして、それを受け継いだ秀衡、その名残りに苦しんだ泰衡。

その時、その場で生きた人々の執着が、後の世の人々の運命を左右する。

しかしまた、執着がなければ奥州藤原氏は興り得なかったとも言える。

朝廷権力に(あらが)い、滅ぼされた蝦夷の末裔。

その血を絶やさんと、親族を殺し、家督を簒奪してまで手に入れた奥州覇者の地位。

その血塗られた継承が、絢爛豪華な文化を東北の地に生み出し、後の世に世界遺産として人々の注目を得る。

その時代に生きた人々の思いと、連綿とつづられる歴史の裏側には、今生きる我々と同じ苦悩や、願いが息づいている。

我らの生きる21世紀から更に千年経った後の人々は、今の我々をいかに見るのか?

石器・土器・鉄器と続いた文明。

今はコンクリート文明だと人は言う。

コンクリート文明に生きた人々は、民主政治の中で己の欲望のみに執着した時代だ。とは思われたくないものだ。

平安に生きた人々の、家を、血を守ろうとする思いを現代人が理解するのは難しい。

なれど己の保身や、権威、立場を守ろうとする思いは同じであろう。

そんな多くの人々の思いを詰め込み、

東北の地に花ひらいた黄金文化は、激動の歴史の中で散りゆこうとしていた。

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