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鬼の眷属  作者: 上泉護
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因縁

残雪の森の空気は冷たく、曇天の空は時刻を忘れさせる。

所々転がるように鎮座する岩も、ブナを初めとする雑木の木々も寒々と雪が積もり、枝は重みで垂れ下がっていた。

巨大な三人の鬼に囲まれながら、義経は涼しげに平教経の方へ歩いていく。

アトゥイとショルラはそんな風に見えた。

雪を蹴散らし、舘平と沢木が義経に襲いかかる!

義経に組み付こうとした二人の鬼は、突如消えた義経のいた場所でぶつかり、沢木が吹っ飛んだ。

義経は頭上の木に飛び上がったのだ。

舘平がそれを追う様に飛び上がると、義経はその舘平目がけて飛び降り空中で交差する。

きらりと太刀が光り、上に昇る舘平と下に降りる義経が離れていく。

昇って行く舘平から何かが飛び離れた。

舘平の”左腕”が回転しながら宙を舞う。

着地する義経目がけて沢木が斬り懸った。

着地と同時、転瞬の間にその懐をかいくぐり沢木の足を払う。

右足を斬り落とされ、()こうとした足をなくした沢木が、勢いよく転がった。

義経めがけ轟音をたて巨大な一閃が横一文字に振りぬかれる。

その更に下を義経は潜り抜け、教経の懐へ疾風の様に飛び込んだ。

突き出される教経の巨腕の左側を、滑るように飛び抜け一閃する。

振り返った教経の脇腹から血がしぶく。

が、すぐに止まった。

舘平も沢木も、それぞれ切り落とされた腕と足を拾い切り口に押し当てている。

暫くすると、何事も無かったかの様に動かし始め、舘平は怒りに顔を歪めて吠えた。

「がぁあああああっ!」

三方向から三人の鬼に囲まれている義経は、刀をだらりと下げ自然に立っている様に見える。

舘平が義経に言った。

「おと・なしく・・我らの・・血肉となれ・・義経・・・」

「それは出来ぬ相談だな、ほれ、聞こえぬか?」

木々を揺らし雪を撒き散らし、巨大な何かが近づいてくる。

そこにいた全員が、その方向に目をやった。

それは彼らの方へ”バサバサ”と木々を揺らし残雪の山を上がってくる。

曇天の空に地上から雪が撒きあがり、まるで森が割れる様に雪や枝葉を撒き散らす。

雲の隙間からこぼれた陽光に、舞った雪がキラキラと光り、突然射した太陽の光の中、巨大すぎる”気”をまとった弁慶が、雪をかぶった雑木をぶちまけて現れた。

その巨体からは凄まじいまでの気力と胆力が溢れ出し、鬼達を圧倒する。

体躯はほぼ平教経と同じ大きさだが、その溢れ出す気魂や気力、胆力と言ったものが、弁慶を一回りも二回りも大きく感じさせ、鬼達より頭一つ以上大きく見せる。

その弁慶が鬼達の頭上で、その場の緊張感にそぐわない事を言った。

「足で殿には敵いませんな、はて?こやつらは?」

と言って、一人の男に目を止めた。

「おぉ、平教経ではないか?生きておったのか?」

「武蔵・・坊・・弁慶・・」教経はうめく様に言う。

近くにいた舘平が弁慶に襲いかかった。

弁慶は丸太の様な左腕を一振りすると、舘平を吹き飛ばす。

二丈(6m)も転がされた舘平が、満面を朱に染め怒りに震えながら起き上がる。

「ぐぁあああぁああああ!」

「おぬしらも、あの蟹らの仲間の”鬼”とやらか?」と義経の後ろのアトゥイと少女に気が付いた。

「おぉ、アトゥイではないか!探したわぇ、どうした?」と傷だらけのアトゥイを見止めた。

血だらけで、痛々しいアトゥイが驚いている。

弁慶はじろりと鬼の三人を見ると、

「おぬしらか?アトゥイをそんな目に合わせたのは?」

弁慶の中に巨大な気が膨れ上がる。

それはただでさえ大きい弁慶の巨躯を、二倍にも三倍にも大きく感じさせた。

舘平と沢木が後ずさる。

「この・・男・は・俺が・・()る・・」と平教経。

「教経、随分とまた様子が変わったものよ、つまらぬ執着を捨て、冥途へ旅立つがよかろう」

と言った弁慶に義経が声を掛けた。

「弁慶、気を付けろ、やつに()るはただ者ではない」

「心配御無用」と言い、大長巻を頭上で回す。

”ビュンッ”その凄まじい速さで空気を切り裂いた。

「教経、冥途に送ってやるわぇ、かかってこんか」

「がぁあああぁああああっ!」

”ギィンッ”

教経が撃ち込んだ巨大な一閃を弁慶は大長巻で受けた。

火花が飛び散り、大地を震わせるかの様だ。

教経と弁慶の巨体がぶつかり合う。

弁慶の胆力と教経の鬼の熱がぶつかり合い、激しい燐光を飛び散らせる。

「ほほぅ、なかなかやりよるわぇ」

「がぁあああああっああ」

教経が大太刀を弁慶に叩きつける。

大木を叩き斬る教経の一撃は、凄まじい膂力で空気を震わし、轟音を立てて弁慶を襲う。

それを大長巻で受け止める。

激しい火花が飛び散り、弁慶の大長巻をへし折らんばかりだ。

一撃、二撃、弁慶特注の大長巻でなければ、一合と合わせられず、へし折れたであろう。

弁慶も勝るとも劣らない一撃を返す。

教経は両手で持った太刀でそれを受けると、その勢いで両足を滑らし後方に押し戻された。

「おのれぇ・・まこと・・人間か・・?」

「おぬしに言われたくはないわぇ」

凄まじい剣撃の応酬が始まった。

その剣風は近づく者を簡単に切り裂き、吹き飛ばしてしまう凄まじいもので、弁慶も教経も恐ろしいまでの使い手である事を物語っている。

その隙に舘平と沢木がアトゥイに襲いかかろうとした。

”ドスッドスッ”

その舘平の肩と沢木の背に飛杭が撃ち込まれた。

「おぬし等の相手は私だ」と義経が立ち塞がる。

怒りに震える舘平と沢木が義経に襲いかかった。

義経が沢木の目に飛杭を投げうつ。

沢木の右目が潰れ、大きくのけぞった。

その隙に、舘平に目にもとまらぬ剣撃の嵐を見舞う。

右に左に舞う様な美しさと、雷撃の様な撃ち込みで舘平を追い詰める。

当然の事とはいえ、戦いにおいて力よりも速さがどれほど物を言うか、アトゥイはまざまざと見せつけられた。

舘平が何も出来ず、体のあちこちに義経の太刀傷を受けながら後退していく。

「がっがっがぁあああああああ!!」

義経と弁慶の戦いを、身を寄せ合う様に見ていたアトゥイとショルラは、獣の咆哮を聞いた。

義経に目を潰された沢木が、涎を撒き散らしながら天に向かって吠えている。

メリメリと沢木の巨躯が大きくなっていく・・・

目尻、口の端は裂け、爪と牙が伸びる。

「ぐっがぁっがっがっがっああああああああ!」

右側頭部からいびつな(つの)が突き出し、はみ出していた脳味噌が硬質化していく。

肘や膝からは骨が突出し、巨大な男根が胸まで反り返る。

八尺(2m40cm)ちかく体が大きくなったところで止まった。

全身血まみれとなり、片目となった耳まで裂けた目で、ギロリとアトゥイとショルラを見た。

「ショルラ・・下がっていろ・・」

「アトゥイ・・・」ショルラは泣きそうになりながらアトゥイを見上げた。

アトゥイがショルラを後ろに下がらせながら立ち上がる。

満身創痍。アトゥイはボロボロで立っているのがやっとの状態だ。

舞草刀を手に立ち上がったがふらついた。

そこに沢木が突っ込んでいく。

アトゥイは吹っ飛ばされた。

転がされ、うつぶせに止まる。

そこに三間(5.4m)も飛び上がり、沢木はアトゥイに襲いかかった。

瞬時に転換した義経が沢木に飛杭を投げ打つ!

背に突き刺さったが、沢木は意に反さない。

が、わずかばかりの隙が生まれた。

最後の力を振り絞ってアトゥイが跳躍する。

二人の体が空中で交差する。

沢木の脳みそをはみ出させた首が宙を舞った。

”グシャッ”っと沢木は潰れる様に地上へ落ち、アトゥイはその後方を転がる。

義経が飛杭を投げ打ったその隙に、舘平は教経の元まで走った。

教経は弁慶と凄まじい剣風を、爆音を立てながら応酬させている。

教経の背後に付いた舘平と、それを追った義経が、弁慶と二人の鬼を挟み込む形となった。

教経は地面を雪毎掘る様に剛刀を振りぬき、弁慶に大量の土砂と雪を浴びせかける。

それを弁慶が後ろに下がって躱した。

二人の動きが止まった。いや四人の動きが止まった。

「貴様らぁああ・・許さぬ・・許さぬぞ・・・」と教経がじりじりと後退して行き、

「いずれ・・必ず・・殺し・喰ろうて・くれる・・」

と言うや森の中に消えた。

「追いまするか?」と弁慶

「いや、アトゥイが先だ。まだ他に奴らがおらぬとも限らぬからな」と言って、傷つき疲れ果て動けぬアトゥイと、寄り添いアトゥイを支える様にしているショルラの元に歩いて行った。

「大丈夫かアトゥイ?」

「オンゾウシ・・・どうしてここへ?」

「おぬしに頼みたい事があるのだ。しかし今は傷の手当てが先だ・・名はなんという?」

最後の方はショルラに向って聞いた。

シサムの言葉が解らないショルラは、突如向けられた視線に凍り付いている。

代わってアトゥイが答えた。

「ショルラ」

「ではショルラ、アトゥイの手当を手伝ってくれ」

いきなり名前を呼ばれ驚いたが、言っている意味は察しがついた。

ショルラは腰に下げていたカンバタケ(キノコの一種。消毒薬、鎮痛剤としての効果がある)をうすく何枚も切った。

義経がショルラに微笑みながら聞く。

「ほう・・それはなんだ?」ショルラは言葉の意味が解らない。

「きのこだ。痛み止めになり、傷が化膿しない」代わりにアトゥイが答える。

普通にシサムと会話するアトゥイを、ショルラは驚いて見ていた。

薄く切ったショルラの手元のカンバタケを手に取り、感触を確かめながら、

「やわらかいな、これはいい・・今度、採り方を教えてくれ」と感心した後、

「弁慶、他の皆をここに集めて来てくれ」と言った。

「心得て(そうろう)」と言うや、街道の方へ走り出した。

止血する為、手布(たのごい)(手ぬぐい)を歯で噛み細く切り裂いていく。

手慣れた手つきでアトゥイの手当を進める義経を、アトゥイとショルラは不思議そうに眺めていた。

「オンゾウシ・・頼みとは?」結んでいた手と視線をそのままに義経は答える。

「私の妻子をおぬし等に預かってもらいたいのだ」

「それは全然構わぬが、今は危ない目にあわせてしまう・・・」

「おぬし等が目的の地に辿り着いてからでよい」

「いつになるか解らないが、それでいいか?」

「あぁ、もちろんだ。目的の地に辿りついても、まだおぬしが皆と離れる事に懸念が残るなら、いつまでも残ってもらって構わぬ。私がおぬし達を探し出す」

義経には返し切れぬほどの恩義がある。

それだけではない。

源義経という人がアトゥイは好きなのだ。

その人の頼みとあれば、断るどころか喜んで力になりたいと思う。

「解った。アイヌモシリに落ち着き次第戻る」

「頼む。お礼と言ってはなんだが・・・私も十三湊(とさみなと)まで同道し、私から秀栄(ひでひさ)殿におぬし等の事を頼もう」

「本当か?」実はアトゥイ、十三湊でどの様にその領主と接触すればよいか、よい思案が浮かんでいなかったのだ。

「是非お願いしたい・・その為ならなんでもする」

「妻子のみ預かってもらえればそれでよい・・」義経は笑った。

アトゥイも笑い、つられてショルラも笑った。


アトゥイに言われるまま、街道近くまで逃げてきたポンコタンの人々は、遠く剣撃の音を聞きながら立ち止まった。

「ショルラがいないぞ!」

「本当か?探せ!」辺り一帯を探し回ったがショルラの姿は見つけられない。

いつの間に剣撃の音は止んでいた。

皆が顔を突き合わせ、

「もしや、アトゥイを助けようとあの場に残ったのでは・・・」

嫌な空気が流れる。

「どうする?あの場に戻るか?」

「戻ったところでアトゥイの足枷(あしかせ)になるのがオチだ・・・」

「しかし戦いは終わった様だぞ・・・」アイヌの人々は、アトゥイが勝つと信じて疑わない。

「よし、戻ろう」アチャポが言った。

そこに、遠くから大きな声で、

「お~い・・・お~い・・・」と声が聞こえる。

皆が木々の蔭に隠れて、声の方向を盗み見た。

すると・・・あのポンコタンが襲われた日、なにくれと面倒を見てくれた黒いアミブをまとった巨大な男が向かってくる。

ソイエが別のシサムにはたかれた時、助けてくれたシサムだ・・・

あの後も疲れ果て寒さに打ち震えていた我らに、火を熾してくれ、米の団子を振舞ってくれた・・・

その人がきょろきょろと辺りを見渡しながら近づいてくる。

と、そこへソイエが駆け出した。

弁慶に向って嬉しそうに駆けて行く。

「まっ、待て」とオマンレが手を伸ばすが遅かった。

ソイエに気が付いた弁慶が、相貌を崩して、

「お~!あの時の女童(めわっぱ)か!無事でおったか!」言葉は悪いが、嬉しそうに優しく抱き上げた。

こうなってしまってはどうしようもない。

弁慶から恐怖を感じないどころか、親しみさえ湧いてきた。

恐る恐る皆が顔を出し、弁慶の元に集まって来た。

「お~皆も息災か!なにより!」笑顔で喜ぶ弁慶に、皆の緊張は消し飛んだ。

知らぬ顔ではないし、あの折の(やさ)しさは忘れたくても忘れられるものではない。

みなが集まり、巨大な弁慶の法衣を掴んだ。

「皆、アトゥイもショルラも無事だ。戻ろう」

ソイエを抱えながら、皆の背を押して坂を上って行く。


アイヌの人々は、不思議な安心感を感じるこの大男に、何の疑いも持ちえなかった。


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