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鬼の眷属  作者: 上泉護
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三鬼

「さぁ・・・行こう・・・」

アチャポがしゃがれた声を絞り出した。

四人の墓に後ろ髪を引かれる想いで、残された人々は歩き出す。

もう二度とこの地を訪れ、彼らの墓に額突(ぬかづ)く事は出来ないだろう。

(しの)(よすが)は、わずかばかりの形見しかなくなるのだ。

何度も何度も彼等は振り返り、涙を拭いた。

祖母を失ったアトゥイは、悲しみにうちひしがれていた。

幼い頃に、よく昔話をしてくれた・・・

タプカラ(踏舞)やヤイサマネナ(即興歌)、ユークラ(神謡)などの踊りや歌はフチから教えられた事が多く、その教えはどこか哲学めいていた。

いつもニコニコとしていて、大きな声を上げる事のない穏やかな優しいフチ(祖母)だった。

ミチの哲学的な考え方も、母親譲りだったのかもしれない・・・

アトゥイの家族もすでにイカエラとケンラリが逝き、ハエプトとヌマテの二人となってしまった。

それでもまだいい方である。

今ここにいる十九人の多くの人が、ほとんど家族を失っているのだ。

悲しみと喪失感、重い疲労とやるせなさが五体を包む中、残されたポンコタンの人々は、(いた)わり(いつく)しみあい、もともと家族同然の間柄が、さらなる深い悲しみと度重なる艱難辛苦で、全員が一つの本当の家族の様になっていた。

七高山を越えたそんな彼らの足取りは重く、体を引きずる様に残雪の森を歩いている。

先頭で、手当を受ける間も惜しんで歩き続けるアトゥイは血にまみれ、傷だらけでぼろぼろになっていた。

朦朧とする意識の中で、鼻の者の頭をかち割った手ごたえが、(しび)れる手に残っている。

”鼻の者を斬った・・・シサムの軍勢を()く事が出来たかも知れない・・・

アトゥイは淡い希望を抱いていた。

低い山々が続き、時折獣道を歩く彼らの眼下に街道が見えた。

それは後年、本荘街道と呼ばれ参勤交代の為整えられる街道だが、今はまだ小さなあぜ道でしかない。

すこし開けた高台でアトゥイは前方に視線を戻した・・・


一人の男が立っている・・・朦朧としていたアトゥイはすぐには気が付かなかった。

頭から血を流し脳味噌をはみ出させ、幽鬼の様に立っている。

” 鼻の者・・・生きていたのか・・・”アトゥイは身構える。

皆も気が付き、アトゥイの背中越しに緊張し不気味な男を見た・・・

アトゥイは左側に熱を感じ、はっとして振り返った。

そこにも一人の大男が立っている。

”こいつは・・あの池の(ほとり)で俺の中の鬼に話しかけてきた奴だ・・・”

舘平盛春。アトゥイは知らない。

並んで立たれると解る・・・

その熱量の違いを・・・沢木よりも遥かに(あつ)く、そして大きな圧力を・・・

”何者なのだ?・・・ケナシコルウナルペなどの比ではない・・・”

アトゥイの背に冷たい汗が流れる。

アトゥイは舞草刀を抜くと、その重みでよろめいた。

すると・・・

その沢木と舘平の間から、もう一人の男が木々の蔭から現れた。

”大きい・・・”その男は七尺(2m10cm)を超える大男で、弁慶ほどもあった。

吊り上った目と、(おとがい)(あご)の張った顔は、見た事もないものだ。

不気味に立ち塞がり、彼らの行く手を(さえぎ)る三人だが、鬼の熱と、ぴりぴりと帯電した様な感覚の大きさがまるで違っていた・・・

その真ん中の男から感じるそれは、桁外(けたはず)れのものだった。

沢木より遥かに熱い舘平を超える”熱さ”なのだ。

まるで沢木が子供の様に感じる程巨大な、凄まじいまでの熱と圧力を感じる。

” 三人の鬼・・・”アトゥイは戦慄した。

突然!脳味噌をはみ出させた沢木が股間を膨らませ、腰まで垂れ下がった涎をぶら下げてショルラ目がけて駆け出した。

余りの気持ち悪さに、ショルラは後ずさる。

アトゥイがショルラを守ろうと駆け出した時、舘平盛春が襲いかかった。

アトゥイは舘平の剛刀を受けながら沢木に体当たりし、沢木を吹っ飛ばす。

舘平の凄まじいいまでの剛剣がアトゥイに立て続けに撃ち込まれる。

その技量と剣圧は沢木の比ではなかった。

その”格”の違いもあったが、人間だった頃の鍛錬の成果が鬼となった今、発揮されているのだ。

受けの一方に周ったアトゥイの背後に、巨大な男が周り込んでいた。

背後から巨大な一閃がアトゥイに襲いかかる!

瞬時に振り返り舞草刀でなんとか受けたアトゥイを四丈(12m)も吹き飛ばした。

木に激突し止まったアトゥイは血を吹き出しむせる。

むりやり呼吸を整え叫んだ。

「みんな逃げるんだ!」

立ち上がったアトゥイが、その巨大な男に飛び込み渾身の一撃を撃ちこんだ。

なんと!そのアトゥイの一撃を片手の太刀で受け止め、そのままアトゥイを弾き返す。

” 強い・・・”アトゥイを絶望感が包む中、アイヌの人々は街道の方へと逃げていく。

よろよろと立ち上がったアトゥイに、巨大な男が地を這う様な剛剣を振り上げた。

アトゥイは五丈(15m)も吹っ飛ばされ転がされる。

血を吐きながらなんとか立ち上がろうとしたアトゥイに舘平が襲いかかり蹴り上げた。

その勢いで一間(1.8m)も浮かされる。

そのアトゥイの背後から沢木がアトゥイの背を押さえつける様に、舞草刀を持つ右手を絡め取った。

さらに舘平がアトゥイの左手をとる。

右腕を沢木が、左腕を舘平が掴み、左右に引っ張られる様に体を開かれ立たされた。

巨大な男は、そのアトゥイの顔を(かし)げる様に覗き込み、カッっと見開かれた目でなにかを見定めている。

そして・・まるでアトゥイに宿る鬼が、このままこの男の中で手も足も出せず抑え込まれているより、いっそこの男を殺してしまおう・・・と判断したかの如く、剣をアトゥイの心臓に突き立てようとした。

その時!

あまりにも小さなショルラが、その巨大な男の足に小刀を突き立てた。

手は止めたものの、毛ほどにも感じた様子のない巨大な男は、ジロリとショルラを見ると手を伸ばし、彼女を摘み上げた。

身動きの取れないアトゥイはもがいた。

「やめろっ!」

ショルラは足をばたつかせ、苦しそうにもがいている。

アトゥイに目をやった巨大な男が、ニタリと笑った。

そして、ショルラに太刀を突き立てようと太刀を構える。

「やめろぉおお!」アトゥイの悲痛な叫びが森に響く!

巨大な男がショルラの胸を太刀で突き刺さんとしたまさにその時。

”ドスッ”

何かが巨大な男の腕に喰いこんだ。

巨大な男はショルラを落とす。

その前を凄まじい疾風が吹き抜けた。

アトゥイを手放した三人が飛び退(すさ)る。

森閑とした残雪の森は、ブナや雑木が雪を被り、地も天も寒々と空気が凍り付いているかの様だ。

鬼達に囲まれる中、左手にショルラを抱え、右手に持つ太刀をだらりと下げて無造作に立っている美しすぎる男。

目を開けたショルラが、そのあまりにも美しすぎる横顔を見て、アトゥイの言っていた一人の男を思い出した。

「オンゾウシ?・・・」

「おぉ、我を存知いるか?」ショルラに微笑む。

源義経がアトゥイを三人の鬼達から守る様に立ち塞がっていた。

アトゥイも驚いた。

「オンゾウシ・・・」

そのアトゥイに義経が、

「随分と使える様になった様だな・・」と微笑んだ。

中央の巨大な男が地の底から響くかの様な声で、怒りに顔を歪めて言った。

「源義経・・・許さんぞ・・・ようやく・・見つけた・・」

憤怒の顔に血管を浮き上がらせながら、その巨大な男は(うめ)く。

「我が・怨み・・晴らさで・おくものか・・」

義経はショルラをアトゥイの元へ優しく降ろしながら男を見て言う。

平教経(たいらののりつね)、生きておったのか?また随分と雰囲気が変わったものよ・・」

「義経ぇぇええっ!」

教経(のりつね)の巨体から、大きく(おぼろ)な黒い影が大木の樹上まで伸びている様に見える。

平教経(たいらののりつね)・・・

三年前の壇ノ浦の戦いの時、平家一門と共に海に消えた平氏の一人だ。

平治の乱で信西が命を落とした年に生まれ落ち、平家一門の中でも剛の者と知られ、強弓の使い手として名をはせた。

壇ノ浦の戦いの帰結が見えた頃、義経と刺し違えようと揺れる舟の上で義経に迫った者である。

その際、義経はかの八艘跳びで逃れたものだ。

当時から体は大きかったが、それでも六尺を超える程度だった。

それが今は優に七尺(2m10cm)を超え、はち切れんばかりの筋肉がぼろぼろの水干を押し上げている。

「おぬしか、草薙の剣を海中より拾いあげ、念体とやらを身に宿し、日の本各地の結界を解いて回る男というは・・・」

「許さぬ・・許さぬぞ・・・義経・・・」

教経は義経に復讐を果たす。という執着に()りつかれていた。

「どうやら心を食潰(くいつぶ)されても、執着だけは残る様だな・・・」

教経が爆音をたて凄まじい一刀を義経に撃ち込んだ。

その時アトゥイは、義経の動きがゆっくり動いた様に見えた。

が・・・教経の剛剣はするりと躱した義経の背を空振りした。

懐に飛び込んだ義経が、教経の胸を下から斬り上げる。

教経の血がしぶいた。

教経は二丈(6m)も飛び退ると、怒りに顔を歪め吠える。

それはあたかも大地を鳴動する地鳴りの様に、周囲の木々をざわめかせた。


「義経ぇぇえええええ!!」


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