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鬼の眷属  作者: 上泉護
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金沢柵

白く被る杉の木から雪が落ち、時折雲間から射す光に粉の様な雪が舞っている。

アトゥイは見晴らしが利く、木々が途切れた所で立ち止まり周囲を見渡した。

背後には雪の峰々が連なり、前方には雪原が広がっている。

ぐるりと周囲を見渡すと、北の方角のいくつかの低い雪の丘の向こうに、煙が立ち昇っているのが見えた。

”シサムの集落か?それにしては煙の量が多すぎる・・・”

周囲に人の気配が無い事を確認すると、その煙の方へ走り出した。

アトゥイは、常人では考えられない速さで雪原を駆け抜ける。

息もきれず、疲れも感じない。不思議な気分だ。

しばらく雪原を駆けると、多くの煙の筋を曇天に上らせる砦らしきものが見えた。

一度、東側の山に入り、木々に隠れながら慎重に近づいて行く。

暫く進むと、その砦、柵の全容が見えてきた。

柵は南北方向に約六町(680m)、東西方向に二町足らず(200m)に広がる大きなもので、川に面していない三方向を土塁と掘りで囲み、幅三丈を超え(10m)、高さ約一間(2m)の土塁と、幅三丈足らず(8m)、深さ一丈を超える(3.5m)巨大な掘で守りを(かた)めていた。

アトゥイが見下ろす東側斜面の堅掘は、土塁と空堀が一組に、二重になっていて、空堀は幅三丈(10m)を超え、深さ一丈(3m)もある。

子吉山と大鳥井山の二つの小独立丘陵に立地し、川の水面からの比高は七丈(約20m)あった。

アトゥイには知らぬ事であったが、ここは金沢柵(現秋田県横手市大鳥公園)と呼ばれ、前九年の役の頃は、山北三郡(せんぼくさんぐん)の領主だった清原氏の居城であった柵だ。

今は奥州藤原氏の、東と西を結ぶ中継基地としての役割を持ち、軍事拠点としてばかりではなく、行政機関としての城も兼ね備えていたものであった。

その柵で鎌倉との戦支度が進む中、百五十程の軍勢が柵の中で火を(おこ)し暖をとっている。

アトゥイが見つけた煙は、この煙だったのだ。

遠くを見通す事が出来る様になったアトゥイの目は、細かく柵の様子が見て取れる。

その中に、あの”鼻の者”がいた。

”追捕の軍か・・・”アトゥイに緊張がはしる。

おそらく街道をひた走り、先回りしたものと思われた。

さすがにアトゥイもこの距離では、その者の発する気配や熱の様なものは感じ取る事ができない。

しかし、あの鬼に()られた男の姿が、いくら探しても見つけられなかったのが気になった。

”シサムの軍勢がこんな近くにいたとは・・・”

”ここまで近いと昼日中にこの雪原を横断するのは無理だな・・・”

”やはり夜の闇に紛れて進むしかないか・・・”

そんな事を思案するアトゥイは一瞬、

”あの柵に忍び込み、せめてあの鼻の者だけでも・・・”

と思いもしたが、柵の守りの堅さぶりに(あきら)め、アトゥイは慎重に引き返した。


その金沢柵では、アイヌ追捕に手間取って、今だ平泉に帰る事が出来ない苛立ちを(つのらせた百五十の武者達がひしめいていた。

この追捕の軍の最高指揮官は、御館(泰衡)に任命された沢木公康だが、元々は泰衡の郎党を中心に、由利維平、大河兼任の郎党達の寄せ集めにすぎない。

その中の一人、佐藤政任(さとうまさとう)は、義経の元郎党、佐藤忠信、継信の親戚筋にあたる者で、泰衡の郎党の一人として、この軍に参陣していた。

焚火にあたる政任は後ろを通り過ぎる、この軍勢の指揮官、沢木公康をちらっと見た。

おかしな事に、平泉を進発した当初、大男ではあったものの六尺程の偉丈夫だった沢木が、今では五寸(15cm)程度大きくなり、その体も筋肉がパンパンになっている。

この短期間に人がここまで変わる事があるのか?

そんな釈然としない思いを少しでも解消出来ないかと、当の本人に話しかけた。

「アイヌの者共の行方は知れたのか?」

沢木はゆっくり振り返ると、

「知れぬ・・が・・北を・目指し・ている・事は・確か・・」

「なれど、こう雪が降っては追跡も困難になろう」

「雪中を・・動け・ば・・跡が・・残る・・この柵・より・・南北・に物見・を走ら・せれば・・必ず・や・その・・痕跡が・・見つけ・られ・よう。後は・・その・痕跡・・を辿れ・ばいい・・だけの・事」

「確かに・・・話は変わるが・・おぬし、随分とまた雰囲気が変わったな?体も大きくなった様だ・・」

ジロリと政任を見た沢木の中で、不気味な何かが膨らんでいく・・

その得体の知れない魂魄(こんぱく)のあまりの不気味さから、政任は慌てて、

「いや・・我の思い過ごしの様だ・・気になされな・・・」と取り繕った。

しばらく政任を見つめていた沢木は、突然興味を失ったかの様に立ち去った。

政任は今、まるで巨大な肉食獣に睨まれていたかの様な錯覚を覚えた。

それは、相手が怨みや憎しみなどではなく、ただ獲物として自分に襲いかかろうとしていた様な・・

そんな捕食される側の、恐怖の感覚を骨の髄から味わったのだ。

政任は身震いすると、火に目を移し思った。

”あれは人では無いような気がしてならぬ・・・”気になって再び沢木が立ち去った方を見ると・・・

沢木がこちらを見ている。

びくっとした政任を凝視する沢木の目が、赤く光った様な気がした。

生唾を飲み込んだ政任は、目をそらす事が出来ずしばらく見つめ合っていたが・・・

ふいに視線を切ると、沢木は建屋に入って行った。

政任は我知らず、この寒空の下、背中にぐっしょりと汗をかいていた事に気が付き、背の冷たさに一気に寒くなった。

寒さからなのか、恐怖からなのか、震えが止まらない政任は焚火に近寄り火に背を向けた。

”奴は人間ではない・・・”確信に近いものを持った。


アトゥイは一度皆の元に戻ると、すぐ近くにシサムの砦があり、そこに追捕の軍が居る事を説明した。

皆が一気に緊張してしまったが、やむを得ない事だった。

あの温泉で心身ともに癒された一行は、少々緩み気味だったのだ。

生き延びる為には、今、張りつめる程の緊張感が必要である。

心を鬼にしてアトゥイは言った。

「この雪原を迂回するしかない。それも明るい内は危険だ。皆大変かもしれないけど、暗くなったら出発しよう、今のうちに休んでおいて・・」

「みな火も焚けず、寒さに凍えている。どうにかならんか?」

そう言うアチャポの手は寒さで震えている。

あの砦の高さからだと、ここから立ち上がる煙はすぐに見つけられてしまうだろう・・・

アトゥイは腕を組み考えた。

体を動かしているうちはまだいいが、やはり休む時には暖をとる必要があるか・・・

「日が暮れるまで、この森伝いに南下して、一度チプを設営して暖を取り休もう」

アチャポもオマンレも皆、寒さで震える様に何度も頷いている。

「深夜に出発し、出来るだけこの雪原を歩き、西の山の森に入る。それしかない」

「そうだな・・」

「よし、それで行こう」

皆が頷いた。

「よし、みな出発じゃ!」アチャポが振り返り言った。

寒さに震えながら全員が立ち上がり歩きはじめる。

アトゥイは歩き易く、森の外から見つけられにくい道を先導していく。

薄暗い雪の森には、曇天の空から時折陽が射し、微かなぬくもりを彼等に与えてくれた。


日が沈み暗くなった雪の森で、皆が協力し雪をかき出してチプを設営し、その中で火を(おこ)した。

あたたかく快適なチプの中で人々はほっとし、うつらうつらし始める。

そんなチプを出て立ち去ろうとしたアトゥイに、オマンレが声を掛けた。

「アトゥイ?どこへ行く?」

「この先の雪原を探ってくる」そう言うと走り去った。

自分の体は休めようともしないアトゥイに、オマンレは溜息をついた。

”あいつは責任を背負い過ぎだ・・・イカエラもそんな所があったな・・・”

ふっ・・と笑った。

設営したチプの中で、熾した火に手をかざし冷え切った体を皆が温めている。

男達だけのチプの中で、オハイベーカは温泉の(こころよ)さを思って溜息をついた。

「あそこは良かったな・・・・」一人ごちた。

そんなオハイベーカの様子に気が付いたオマンレが、

「いつまで、あの地に思いを残している?あきらめろ」と言った。

「しかしな、あそこは本当にいい所だった・・。」

「おまえだけ今からあそこに戻るか?かまわんぞ」

「それを言うな・・・」そんなしょげたオハイベーカを見て皆が笑った。

「はっはっはっはっは」

「この先にもあの様に湯が沸き出している地が、ないとも限らんぞ」とアチャポ。

「あぁそうだ、そういった地が一つしかないとは考えにくい」とアヘトカリ

「そうかな・・・またアトゥイが見つけてくれんかな?」などとオハイベーカもその気になった。

そんな温泉に執着しているオハイベーカを見て、また一同が笑った。


アトゥイは雪原を走っている。

拓けた雪原には、ところどころ林や竹林があり、雪をかぶり、寒々とそして美しく月光に林立している。

雪を被った枯れ(すすき)の横を走り抜けると、その風で雪が落ち、重みを失った薄が立ち上がる。


どこまでも続く月光の雪原をアトゥイは走り抜けた。

物語中、清原氏が居城としていたとされる金沢柵を、大鳥井柵の場所とさせて頂きました。

それは清原氏が居城としていたとされる柵が、現在金沢の柵とされる山の上とは考えにくく、多くの柵が川に隣接する平城の形態である事、大鳥井柵の堀や土塁、柵の規模が尋常ではない事、奥州藤原氏初代清衡が居館に定めた平泉館と遺跡の姿が類似している事(清衡が家督を継ぎ、藤原姓にもどし平泉を居館と定めた時、参考にしたのではないかと考えられる)に加え、金沢柵と大鳥井柵のあまりの近さから、現在金沢柵とされる場所は、追いつめられた清原氏が最後に立て籠もった、急造の柵であると解釈するに至りました。

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