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鬼の眷属  作者: 上泉護
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談合

曇天の空から、雪が深々と降り続いている。

この小さな谷間の温泉は降り続く雪により、ブナの林も、岩も川原(かわら)も山々も、辺り一面真っ白な銀世界に変え、積雪は一尺(30cm)にもなった。

その白と灰色の世界で、流れる川と温泉だけが色を持ち、大地の息吹を感じさせる。

白い小さな谷の沢の一角からは湯気がもうもうと立ち昇り、雪にけむる世界に消えていく。

アイヌの人々は雪に埋もれたチプの入り口の雪をかき、出入り口を確保していた。

大人達はチプで暖を取る者、湯につかっている者、獲物を探す者、それぞれが気儘(きまま)に雪を楽しみ、子供達、エバロ・アリクシ・オロアシらが雪の中ではしゃいでいる。

そんな中、チプの外に出たショルラの頭と肩には、あっという間に雪が積もり、白い帽子を被った様になった。

遠く沢の外れで、オハイベーカとアトゥイが話をしている姿を、降りしきる雪越しに何とか見つけた。

そんな二人を、自身に積もる雪に気付く事なく、ショルラは眺めていた。

白銀の世界をアトゥイが帰って来る。

雪に埋もれるショルラを見つけると、アトゥイはショルラの頭と肩に積もった雪を払いながら言った。

「オマンレがユク(鹿)を見つけたらしい、オハイベーカと狩りに行くって」

「あり・・がとう・・」

ショルラは、アトゥイを見上げながら頬を赤く染めていた。

そんなショルラにまったく気付く事なくアトゥイは

「体が冷えるよ。チプに戻ろう」と言った。


この仮設のチプの村で、ちょっとした議論が巻き起こっていた。

それは、この場所に居つくか、大海を渡った先にある当初のアイヌモシリを目指すか否かの議論である。

五棟あるチプの入り口を全て明け、生き残ったポンコタンの住民全員での、深々と降る雪越しの談合となった。

アチャポは、大海を渡った先にあるアイヌモシリへ行くべきだと、当初の予定通り行こうと言う。

オハイベーカはよほど温泉が気に入ったのか、この場所を離れたくないらしく、ここを第二のポンコタンにしようと言っている。

オハイベーカ派は、アヘトカリ、サンクマを初めとする温泉に魅せられた面々で、日に何度も湯につかっている。

当初の渡海派はアチャポ、オマンレ、エコキマだ。

チプの中の焚火に当りながら、入り口を広げ、振り続ける雪越しに皆が話し合っている。

エバロやショルラ、ヌマテなどの年少者達は大人達の話を邪魔しない様に静かにしている。

「この山間で静かに暮らしていれば、シサム達に見つかる事は無いだろうし、ここはアイヌモシリと言っていい程の恵みある土地だ」とオハイベーカ

「いや、ここはシサムのコタンに近すぎる。いずれ近いうちに見つかり、追われるだけならば良いが、そうでなければ手遅れとなる」とオマンレ

「カムイの言葉を忘れてはならぬ、カムイが決めた事を反古(ほご)にするつもりか?」とアチャポ

「実際に大海を渡り、具体的な良い場所が本当にあるのか?仮に良い土地があったとしても他のアイヌがすでに住んでいるのではないか?同じアイヌとはいえ、受け入れてもらえるのか?」

「それは行ってみなければ解らん」

「そうだろう。ここならば既に解っている。誰もいない。すばらしい地だ。ならここに残るべきだ!」

オマンレの仕留めたユク(鹿)が焼き上がり、皆がそれぞれ食べながらの談合となった。

秋に貯めた栄養で肥えた鹿の肉から油がしたたり、たまらない程旨い。

焼いた鹿肉に舌鼓をうち、喉が渇くと手を伸ばし雪を口に入れた。

子供達は肉を食べては雪を口に入れ、静かにはしゃいでいる。

むしゃむしゃと鹿肉を頬張りながらオハイベーカが

「獲物も豊富で肥えている。これに勝るものはないだろう!」

「刹那的だ。十年先、二十年先を考えれば、今この時にこの地に残るべきではない」

「そうだ、なんの為にイカエラとアトゥイに調べに行ってもらったと思っている。神託はおりているのだ」

オマンレとオハイベーカ、そしてアチャポが喧々囂々(けんけんごうごう)と言い合っている。

そんな様子を腕を組み、目を(つむ)りアトゥイは考えていた。

ともすれば、無責任な事を言えず、人に判断を委ねそうになる・・・

解らないから仕方ない・・しかし解らないのはここに居る全ての人がそうだ・・

人の行く末など解る人間がいるものか・・・

解らないといって、そこで責任を放棄していいのか?・・・

ミチの言葉が思い出される。

”優れてはいくが、盲目になっていくのが人間の性だ、臨機応変は若者の優れた一面でもある・・

お前も正しいと思った事は、曲げぬ覚悟が必要だ・・”

アチャポがアトゥイに問いかけた。

「アトゥイ、お前はどう思っている?」

アトゥイは目を開き、組んでいた腕をほどいた。

「まず、この雪次第で暫くここにいる事になるかもしれない。雪がやむまではここを動けないが、それはシサム達も同じだろう・・・」

アチャポもオマンレもオハイベーカも頷いている。

「剣を交えてみて解ったんだ。彼等は我らを根絶やしにしようとしている」

皆がごくりと唾をのんだ。

「そこに一切の情けや容赦はない。これからも執拗に追われ続け、この場所を見つけられるのも時間の問題だろう・・・この雪が止みしだい、大海を渡ったアイヌモシリを目指すべきだと思う」

オハイベーカはそれがまるで最終決定かの様に、手で額を抑え見上げる様に言った。

「か~駄目か・・・この地はいいと思うんだがな~」

「だから言ったろう」オマンレも同様に、決まったと言わんばかりに笑って言った。

アチャポが決断する。

「決定だ、当初の予定通り、アイヌモシリを目指す。みなそれで良いな」

雪越しのチプの中で全員が頷く。

アトゥイは改めて自分の責任について痛感した。

みんな俺の言う事は、納得してしまう。いい加減な事は言えない・・

雪が深々と降りつづけている。

曇天の空から、なにもかも白く化粧した雪は、まるで時を止めたかの様に、穏やかな時を(かも)し出していた。


ハエプト・シイヒラ・ソラノ・ヌマテ・ソイエが湯から上がった。

彼女らが今日最後に入る組だ。

雪は小降りになっている。

ショルラはアトゥイの事ばかり考えていて、みんなが上がった事に気付かなかった。

アトゥイは私の事をどう思っているのだろう?・・・

私はアトゥイの事が好きなんだと思う・・・そう思っただけで湯あたりしたかの様な体の火照りを感じる。

他に好きな人がいるのかな・・切ない気持ちになる。

ここには同世代の女性はヌマテとショルラしかいない。

ヌマテはもちろんアトゥイのお姉さんだし、すると私しかいない・・・

でも、しばらくポンコタンを離れていた時に、誰かと巡り合っていないとも限らない・・・

そんな事を考えて、ショルラの気分は浮いたり沈んだりしていた。

「ショルラ、先に上がるね」

「うん・・・」ショルラは湯に一人になった。

もしかしたら、シサムのコタンで好きな人ができたのかな?・・・

とそこに大きなアトゥイが入ってきた。

湯けむりにショルラに気付かないのか湯につかる。

ショルラの鼓動は一気に早まり、おし黙っていた。

アトゥイは、はっとしてショルラの存在に気付いた。”ザァッ”と大きなアトゥイが動くと湯面が波立つ。

「ご、ごめん。考え事してて気付かなかった」急いで出ようとするアトゥイにショルラが聞いた。

「考え事?・・・」

「あぁ・・本当はどちらが正しかったのだろうかって・・・」

咄嗟になんの事か解らなかった。

川のせせらぎと、滾々と湧き()で、掛け流される湯の音で聞きづらいという事もあったが、ショルラは自身の煩悶(はんもん)にかまけていた事の方が強かった。

筋骨隆々の大きな背をショルラに向けながら、アトゥイは続けた。

「この地に残るべきか・・アイヌモシリに向うべきか・・・俺の一言で決まってしまった・・」

しばしの沈黙のあと、アトゥイは聞いた。

「ショルラはどう思う?」

まるで俺の事をどう思う?とでも聞かれた様な気がして、どきどきしながら答えた。

「大丈夫だよ・・アトゥイの判断は正しかったと思う・・・」

「ショルラにそう言ってもらうと、気が楽になるよ・・」

「傷は痛まない?」

「少しだけね・・・」アトゥイは振り返り微笑(ほほえ)んだ。

ショルラの鼓動はますます速くなった。

「アトゥイの中にいる鬼って、どんな感じ?」

「普段はまったく感じないんだ。でも強い怒りとか・・カイシュン・・一緒に旅をしたシサムなんだけど・・が言うには、執着を持つと途端に心を食い潰されるって言ってた・・」

「シュウチャク?」

「人に対してでも、食に対してでも、なにかに強く心を囚われる事らしい・・」

ショルラはアトゥイを想うこの心を

”シュウチャクというのかな・・・”と思った。

「それは悪い事なの?」恐る恐る聞いた。

「普通の人なら、それが成長の(かて)になるだろうし、人生を楽しむ事に繋がるかもしれない・・・でも、俺に関して言えば、自殺行為に等しい」

ショルラははっとした。

アトゥイが(いや)が応にも立たされた、人生の血路を感じずにはいられなかった。

「アトゥイのその鬼を追い祓う事はできないのかな?・・・」

「みんなとアイヌモシリにたどり着いたら、それを探しにまたこの地を訪れようかと思ってるんだ・・・」

ショルラは頭を殴られた様なショックを受けながら聞いた。

「追い・・祓えたら?・・・」

「また、みんなの元に帰るよ・・・」

それを聞いてショルラは少しだけ安心して、以前聞きそびれてしまった事を思い出し聞いた。

「私達が蔵の中に閉じ込められている時・・・アトゥイは外にいた?」

アトゥイは少し考えると

「あ、あの時の・・いたよ、とても大きな人と一緒に」

「大きな人?・・・」

「ショルラも知ってる筈だよ。黒いアミブを着た俺よりも大きな人」

「あっ!ソイエをはたいたシサムをやっつけた人・・・」

「そう、ベンケイって言う名の人だ」

「ベンケイ・・・カイシュン・・・アトゥイはいろんな人と巡り合ってきたんだね・・・」

「あぁ、他にもオンゾウシやサブロウ、ヒタチボウとか・・みんないい人だったよ」

「女の人・・とは巡り会わなかったの?」ショルラは一番聞きたい事を絞り出す様に聞いた。

「そうそう」というアトゥイに、ショルラはドキッとした。

「オンゾウシ・・名をヨシツネという男の人で、俺に剣を教えてくれた人なんだけど、とても綺麗で美しい女の人の様だったよ」

「男の人で?」

「ショルラも見たらびっくりするよ。でもそれが物凄く強いんだ。今の俺じゃ太刀打ち出来ないほど」

「アトゥイよりも?!」

「あぁ強い、底が見えない。それはベンケイも同じなんだけどね」

彼らの事を話すアトゥイはどこか嬉しそうで、そんなアトゥイを見ていると自分まで嬉しい気分になる。

言葉を継ごうとした時、ショルラは湯に当ったのかフラっとした。

「大丈夫?湯にのぼせたんじゃない?」

「ううん・・全然大丈夫・・・」

このままずっと、一緒にお湯につかっていたい・・・永遠に・・・


そんな事を思いながら、ショルラは気が遠くなっていった。

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