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鬼の眷属  作者: 上泉護
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迷走

薄暗い曇天の森で、アチャポ、オマンレ、オハイベーカ、アヘトカリ、エコキマが

一行の先頭で顔を突き合わせて相談している。

どちらへ向えばいいのか・・・この森の中では解らない。

焚石山(やきいしやま(焼石岳)が左手に見える方向で歩いて行き、高い山が途切れた所で西へと左に折れればいい。

それは解っている。

しかしその肝心な焚石山が見えない。

木々が鬱蒼と生い茂る森の中では、空を仰ぎ見るのがやっとの状況だ。

三人は斜面の位置や目印となる木々を探したが、先程の恐怖の一瞬で記憶が曖昧になってしまっている。

彼らの焦燥は他の者達に伝播し、皆が不安と緊張に襲われ出した。

曇天で時間が解りづらくなっていたという事もあるが、この時期あっという間に日が沈んでしまう恐怖が彼らを更に焦らせている。

男達が真剣な表情で話し合っている。

そんな様子を女達が心配そうに見ていた。

そんな時、藪をガサガサとかけ分け、何かがこちらに近づいてくる。

・・・アトゥイか?・・・皆が身構え、そして一瞬期待した。

ぴたりと音が止み、不気味な静けさが辺りを包む。

「逃・さぬ・・ぞぉ」アイヌの人々には解らぬ、しゃがれて不気味なシサムの言葉が藪の中から聞こえた。

顔を出した老婆が鉈を振り上げ、すごい形相で雑木をかき分け走り向って来る!

「うわぁっあああ!」誰かが叫んだ。

その声で皆が逃げ出す。

中には走る事の出来ないアチャポを始めとする老齢の者達がいる。

オマンレとオハイベーカ、エコキマが踏みとどまった。

走り寄って来る怪女に小刀を引き抜き構える。

オマンレは落ちていた手頃の枝を拾うと身構えた。

恐ろしい速さで駆け寄った怪女に、枝で殴りつける。

老婆はそれを鉈で払うと、枝は砕け散り、走り寄ったその勢いのまま、体当たりをかましオマンレを吹っ飛ばした。

老婆はオハイベーカに振り向き鉈を振りおろす。

下がって躱そうとしたが、二の腕を斬られ後ろに尻餅をついた。

とどめをさそうと老婆が鉈を振りかぶる。

エコキマが老婆に組み付いた。

なんと!老婆が片手でエコキマの首を掴むと、そのまま持ち上げたではないか!

老婆・・いや人間の力ではない。

もがくエコキマを持ち上げている老婆の腹に”トンッ”と矢が突き立った。

エバロが矢を放ったのだ。

アヘトカリも矢を(つが)える。

ジロリと二人を見た老婆はエコキマを放り捨てると、腹の矢を気にするでも無く二三歩後ずさると、雑木を揺るがし遠ざかって行き・・・そして消えた。

不気味な静けさが更に恐怖を掻き立てる。

オハイベーカの周りに皆が集まり、ハエプトが手当を始めた。

「助かった・・エバロ・・」とオハイベーカ

「大丈夫?」

「あぁ、おかげでこの程度で済んだ・・」

「しかし・・方向がまったく解らなくなってしまった・・」とアチャポ

「夜を待ち、星を見ようにもあいにくの曇り空だ・・・」とオマンレ

周囲はどんどん暗くなっていく。

「こうしていても、時間ばかりが過ぎゆくだけだ・・行こう」とアチャポ。

一行は微かな記憶を頼りに歩み出した。


暫くし、先頭を行くオマンレが立ち止まった。

下を向いて考え込んでいる。

そんな彼の元に皆が集まってきた。

「見ろ、足跡だ・・・」

「我々の・・だろうな・・」

「引き返して来てしまったか・・・」

「時間を無駄にしてしまった・・が、とりあえず方向が解った。この足跡が向かう方に行けばいいのだ」

「しかし・・またあのケナシコルウナルペの小屋に向うという事になる・・」

みな黙り込んでしまった。

「この左手にヌプリ(山)があるという事は・・・」と指差しながらアチャポが言った。

「左斜めに向えば山の斜面を登りながら前に進む筈だ」

「なるほど・・」

「ある程度まで上りながら進み、頃合いを見計らって、下りながら行けばよい」

アチャポの案に皆が同意し、一行は足跡から推察される、山を上りながら北へ向かう道、北北西と思われる方に向って歩き出した。


「おかしい・・下っている・・・」半刻もしない内に再びオマンレは立ち止まった。

森閑とした森の中は薄暗く、木々の間から見えるわずかな遠景ですら、見えにくくなってきていた。

ケナシコルウナルペ対策に、竹を切りだし、先端を削り尖らした六尺程の(1.8m)の竹を男達は持ち、それを杖代わりにしていたが、その竹を放り出して男達は頭を抱えてしまった。

「どうする?・・・」

「どうするもこうするもない・・前に進むしかあるまい・・」

「しかし・・もし戻ってしまっているなら、シサム達が追いついて来ないとも限らないからな・・」

いい案が浮かばず、しばらく沈黙が続いた。

疲れ果てて座り込む者を横目に、オマンレが口を開いた。

「どうだろう・・もし戻ってしまっているなら、アトゥイと別れた高台に出るであろうし、山を下ってしまっているなら、ケナシコルウナルペの小屋を迂回出来ているという事だ。追手と遭遇する前に、身を隠せる場所に見当をつけながらこのまま進んで、上りになればそれでよし、このまま下り続ける様であれば、少しづつ左に向えばよいという事でどうだ?」

「なるほど・・・」

一行は再び歩き出す。

暫くして、今まで黙っていたショルラが口を開いた。

「この木は見覚えがある・・・」

男達がショルラの周りに集まってくる。

それは低い位置に大きな枝が生え、二股に別れたブナの大木だった。

「確か・・この枝の方から来て・・近くまで来て初めてこの枝が解ったの・・・」

「では、向っていた先は・・」とオマンレ

ショルラは指差した。

それは反対、彼らが歩いて来た方向だった。

引き返して来てしまったのだ・・・皆がガックリと(こうべ)を垂れた。

辺りは暗闇に包まれ、森の深淵は不気味に続いている。

老齢の者はすがりつく様に木にもたれしゃがみ込む。

少年も少女も大人達も、それに習う様に座り込んでしまった。

そんな彼らの上から雪が舞い落ちてきた。

それは静かに少しづつ大きく、量を増して、しんしんと降ってくる。

そこで彼らの気がくじけた。

この場にチプを設営し、野営する事にしたのだ。

精霊に許しを請い、穴を掘りチプを設営する。

設営したチプの天幕を雪が滑り落ちていく

暗い雪の森に寄り添う様に立つ四棟のチプが、トーチの様にうすく光っていた。


アトゥイがいない不安な一夜をすごしたアイヌの人々は、翌朝早々にチプを撤収し、ショルラが見つけた目印の木で方向を確認すると出発した。

先日降った雪は一寸ほど積もり、坂道などでは足を滑らせ難儀した。

今日の朝も曇っていて、灰色の空が前途を暗いものに感じさせる。

昨日の遅れを取り戻そうと、一行は急いだ。

早い段階で、あの小屋を迂回する為、ヌプリ(山)方向に進路をズラし、昨日とは違った道を選ぶ。

小高い丘の上で、木々の隙間から焚石山を左手に確認した時は、皆が心底ホッとしたものだ。

日が傾き始め、再び雪がチラチラと降ってきた。

「よし、順調だ。みなすまぬが予定より大幅に遅れてしまっている。急いでくれ」とアチャポが振り返り言った。

今日はケナシコルウナルペに出くわす事も無く、順調に獣道を歩いて行く。

少しの休憩を取り、みなが黙々と曇天の森の獣道を歩き続け、足が棒の様になった頃。

沢に出た・・・峰が途切れている。

近づいて行くと、シサムの街道が沢に沿って東西に伸びている。

彼等には当然知らぬ事であったが、この街道沿いには鷲之巣、安久登沢、草居沢、大荒沢などの金山があり、三陸海岸沿岸に並ぶ金鉱山と共に、平泉の黄金文化を支えていた。

険しい奥羽山脈を越えて、日本海側と太平洋側を繋げた街道の一つであり、金を運ぶ道でもあったのだ。

夕暮れ間近の時刻、街道を行くシサムの姿は確認できない。

彼らは焦っていた。

アトゥイに一刻も早く合流したい。その一心であったのだ。

そして危険な賭けに出てしまった。

”この街道を行こう”

遅々として進まない獣道より、整備された街道を行く方が遥かに早く、楽で、そして迷うことが無い。

誰も反対する者はいなかった。

暫くの間、通りかかる行商や役人の姿はなく、山伏や旅人の姿さえ見る事も無かった。

さすがに松明を使う事は(はばか)られたが、幸いな事に雲の切れ間から月が顔を出し、闇夜に道端の雪が浮かび上がり、普通に歩く事が出来た。

旅は順調な様に思われた。

その時、

馬蹄の轟きと共に、シサムの軍勢が街道の死角から現れた。

あきらかにアイヌの人々を見つけ、雄叫びをあげ速度を上げる。

アトゥイがいれば、もっと早い段階で気付いた筈だ。

そうすれば一時森に身を隠すなどの手を打てたが、そのアトゥイはいない。

アチャポが皆に声を掛けた。

「追手じゃ!みな森に入れ!!」

しかし、この場所は岩が切り立っていて、森に入れない。

振り返り距離を確認するアチャポの目に、みるみる距離が縮まっていく追捕の軍が映る。

”間に合わない・・・”

老齢の者達は脚を引きずる様になんとか駆けている。

遅れたアチャポ、ケンラリ、サンクマ、オヤワインを庇う様に、オマンレ、オハイベーカ、エコキマが竹槍を持ち壁になる。

「おぬし達は逃げるのだ!若い者が死んではならん!!」

「しかしっ!」とオマンレ

「その竹槍を貸してくれ!皆を頼む!」

オマンレ達は、老人達の決意を知り、そして残った者達を守る為、今やるべき事を悟った。

「すまない・・」オマンレ達は目に涙をため、槍を手渡す。

「さぁ行くのだ!アイヌモシリへ!」

三人は名残惜しさを吹っ切る様に駆けだした。

老人達は竹槍を受け取ると振り返り、むなしい反撃に転じようとしていた。

時間稼ぎなど不可能に近い、しかし、この命を(しても若い者達に時間を与えなくてはならない。

老人達は竹槍を握りしめ、狭い街道で壁を作る。

大勢の騎馬武者達が刀をきらめかせ、突っ込んできて太刀を振り下ろす!

その時!

老人たちの後ろから、黒い大きな影が疾風の様に騎馬隊を突き抜けた。

バラバラと十人程の武者が落馬する。

追捕の軍は細い街道で混乱状態に陥り、急には止まる事が出来ず騎馬同士がぶつかる者達もいれば、沢に落ちる者もいた。

そして街道の真ん中に、大太刀をひっさげた大きな男の背が、老人達を守る様に立ち塞がっている。


「アトゥイ!」アチャポは叫び、その声は狭い谷に木霊していた。






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