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鬼の眷属  作者: 上泉護
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奥六郡

奥六郡。

それは南から胆沢(いさわ)江刺(えさし)和賀(わが)稗貫(ひえぬき)紫波(しわ)岩手(いわて)の六つの郡からなる、朝廷の手が最後まで及ばなかった地である。

この地方は九世紀の征夷大将軍、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)によって平定されるまで、朝廷支配の及ばない独立した地であったが、十世紀に至って鎮守府胆沢城の管轄下に置かれ、辺境の特別行政区域とししての扱いを受ける様になった。

奥六郡と呼ばれる様になったのは、この頃からである。

その六つの郡を南北に連なり並ぶ、(さく)と呼ばれる軍事拠点がある。

いわゆる砦の事をさし、後年の城にあたるものだ。

南から小松柵、衣川柵、鳥海柵(とのみのさく)、黒沢尻柵、厨川柵(くりやがわのさく)と並んでおり、鎌倉との戦いに備え、それぞれの柵で再整備が進んでいた。

挿絵(By みてみん)

冬晴れの寒いこの日、鳥海柵に二百の騎兵が馬蹄の音を轟かせて乗り込んできた。

老朽化した柵の一部を新しい木材に変えていた人足(よぼろ達は、手を止め振り返る。

先頭でこの軍を率いていた大柄な男が馬上から声を掛けた。

「安倍守貞殿はおられるか?」

何事かと、留守居の武士が出て来た。

「こは何事に候や?名を名乗られよ」この武士、名を宮城継業(みやぎつぐなり)という。

「我は御館(みたち)の御指図により、アイヌ追捕の軍を率いる沢木公康と申す。しばしの休憩と、屯食(とんじき)、水を所望する」

居丈高の物言いに少しむっとしたものの、”御館”と聞いては無下にも出来ず、宮城は案内した。

「そこもとは、アイヌの者共を見たという話を聞かぬか?」と沢木。

「聞かぬ。村の者ならなにか見たという者もおるやもしれぬな」

沢木は己が百姓出である事にコンプレックスと、名門出に対し強いライバル心を持っている。

己を抑えきれない程の性欲と、世に対する反骨心がこの男の根幹をなしていると言えた。

給仕きゅうじ)に現れた女房を、からみつく様な目で追っている。

気味悪がった女房は、木盤(きざら)にいれた米と粟と蔬菜(そさい)、豆を交ぜて炊いた紐飯(かしぎがて)などを出すと、さっさと引っ込んで行った。

そんな様子を軽蔑の眼差しで見ていた宮城は言った。

「アイヌなど、とうの昔にいなくなったものと思うていたが、まだおったのか?」

「先代(秀衡の事)までは、そやつらの干鮭や毛皮が珍重されて目こぼしに預かっていた様だが、御当代(泰衡の事)になって厳しく処されたのよ。それに不平を持った者共らが、いやしくも(むら)を捨て、どこぞに逃げようとしているのだ」

そんな奴ら放っておけばよいではないか・・・というのが宮城の本音だったが

「さようか・・まぁよい、ならば近隣の村々に触れを出しておこう。なにか見た者がおるやもしれぬ」

「かたじけない」素直に礼を述べるこの男に対し、宮城は”おや?”と思った。

初見は居丈高のいけすかない男だ・・と思っていたが、こういう物言いしか出来ぬ男なのかもしれぬ・・と少々印象が変わった。

人間関係などこういった些細な事の積み重ねで、初見の印象が悪ければ悪い程、後になっての発見や見直しによって、その印象がガラリと変わる事があるものだ。

おもしろい事に、宮城は沢木の為に骨を折る事が嫌でなくなった。

簡単な打ち合わせを済ませ、廊下を歩く二人の視線の先に、十人がかりで丸太を持ち上げている人足(よぼろ)達が目に入った。

柵に積み上げようと肩の高さまで持ち上げたが、重さに耐えかねて手を滑らし、大きな音とともに丸太を落とした。

運悪く一人の人足の足がはさまれ、激痛に雄叫びをあげる。

他の者達が助けようと必死に丸太を持ち上げようとするが、積み重ねてあった材木が邪魔をして、多人数が手を入れる事が出来なくなってしまっていた。

沢木は素足のまま飛び降りると、

「どいておれ」と人足達をどかせ、丸太の下に手を入れた。

「ふんっ!」と気張り、力を込める。

顔面を朱に染めながら、一人でその丸太を持ち上げると、横に放り投げた。

大きな音をたて丸太が地面を転がる。

それを皆が驚愕の眼差しで見ていた。

もともと沢木は人足側の人間である。

顕示欲にかられての行動であったかもしれぬが、歓声をあげる人足達に笑顔で応えている。

宮城はその一事で沢木に惚れこんでしまったものだ。

人間いい事もすれば悪い事もする。

立場の違いや、出会いのタイミングで、人間の評価など簡単に変わるものだ。

沢木という人間を一面から見ていただけでは、人間という生き物を本当の意味で理解する事は難しい。

それは泰衡にも言える事で、傲慢無知で自己保身が強く、人間性にかける。と見る者もいれば、沢木などから見れば、少々短気ではあるが、百姓出の自分を卑下する事無く人として真っ直ぐに向き合い、はからずもチャンスまで与えてくれる。

一度の失敗で断ずる事無く、二度目のチャンスを与えてくれる”名君”と見る者もいる。

沢木にしろ、泰衡にしろ、アイヌを同じ人間として見るという、その始めの部分がすでに欠如している。

”土人”とは”人”と”獣”の中間に位置し、彼らの中では決して人では無いのだ。

だから、扱い方も”獣”並みになってしまう。

人間社会とは、価値感や文化の違いのみで断ずるべきではない。

文化や科学水準で人としての成熟度がはかれる訳ではないし、差別や専横は憎しみの連鎖を生み出すだけだからだ。

しかしどうしても生理的に受け付けない。そんな事もあるだろう。

そんな時は、大きな懐を持って、相手を理解する努力をし、六分を持って付き合いとする。

ずっぽりと首までつかる人間関係には齟齬が生まれ、嫌でも争いになろう。

人類から争いを無くすという、なし難い難局に立ち向かうには、憎しみの連鎖を断ち切り、相手を敬い、尊重し、そして自らの立場を理解してもらえる様に努力する。

それを、あせらず、あきらめず、くじける事なく繰り返す事だ。

それがどんなに難しい事か解っていても、やりとげる意志の強さと、粘り強さが大切なのだ。

人にしろ国にしろ、自らの力におぼれ、奢り高ぶり、好き勝手に振舞っているとどうなるか?

それは歴史が証明してくれている・・・

沢木は協力的な宮城が、近隣の村々に出してくれた触れから得られる情報を待つ事にした。

ただ闇雲に探し回るより確実だと思ったからだ。


情報は鳥海柵に来て、二日目の朝に届いた。

それは不思議な雰囲気を漂わせた一人の猟師で、鹿の毛皮を衣の上から纏い、弓矢を担ぎ、腰には大きな鉈をぶら下げている。

”アイヌの者達を見た”と言っているという。

宮城と打ち合わせをしていた沢木は、急ぎ建屋から出て来てその男に尋ねた。

「アイヌを見たと言うは(まこと)か?」

焚石山(やきいしやま)(焼石岳)・・の麓で・・見慣れぬ・・服を着た・・者どもを見た・・」

「この者に褒美を与えよ!」と部下に命じ、沢木はその猟師に向き直った。

案内(あない)を頼めるか?」と問うた。

猟師は黙ってうなずく。

沢木は満足げに頷くと、

「よし、ならば今少しここで待っておれ!」と出発の支度をする為、柵に駆け入った。


曇天の元、ブナの原生林の森をアイヌの人々は歩いている。

しかし、そこにアトゥイの姿を見出す事は出来なかった。

巌鷲に近づけないアトゥイは、一時皆と離れ、峰を踏破、迂回し、峰々の途切れた個所を西に曲がった一行と、落ち合う約束をしたのだ。

人々は不安と緊張を隠せない。

アトゥイがいないだけで、これほど心許なく感じるとは誰も思っていなかった。

そんな彼等は一刻も早くアトゥイと合流する為、上り坂を急いでいた。

先頭にはオマンレが立ち、アチャポと相談しつつ道を選ぶ。

彼らを見下ろす様にそびえ立つ焚石山(焼石岳)は、山頂にウパシ(雪)を冠しており、小沼が多くあった。

ところどころに滝が現れ、寒々と彼等の目に映る。

このヌプリをやり過ごしたら、低くなった尾根を越えて山越えをしなければならない。

日が落ちる前にアトゥイと合流したい彼らは、気がせき自然と早足になった。

滑りやすい湿った斜面に難儀しながら、薄暗い森を歩く彼らの前に、朽ちかけた山小屋が現れた。

一間半(2.7m)程度の小さな物で、原木をそのまま柱に使い、杉皮を屋根に乗せ石でおさえている。

小屋の形こそしているが、まこと粗末な物だ。

分厚い雲が空を覆い、昼間だというのに薄暗く、動物の骨かなにかと思われる物が入口付近に散乱している。

異様な雰囲気の山小屋だった。

”シサムの山小屋か?”アチャポとオマンレ、オハイベーカが目で合図し、元来た道を引き返そうとした時、中から人が現れた。

それは白髪の髪がボサボサに伸び、ボロボロの服を着た一人の老婆の姿だった。

土で汚れた黒い顔は、どこに鼻や口があるのか解らなかったが、大きく見開かれた黄色く濁った目だけが、ギラギラと光っていた。

老婆とオハイベーカの目が合い、不気味な沈黙が流れる。

突然、老婆が駆け向って来た!

手には鉈を持ち、それを振り上げている。

あまりの不気味さに一行は逃げ出したが、走る事の出来ないアチャポがつまづいて転んでしまった。

アチャポに襲いかかろうとした老婆の前に、オマンレとオハイベーカが手に小刀を持ち、立ち塞がる。

とても老婆の速度とは思われぬ勢いで駆け寄った老婆は、鉈を振り下ろした。

咄嗟によけたオハイベーカの後ろにあった杉の幹に、”ズドンッ”と半分ほど鉈を食いこませる。

凄まじい力である。

杉に足をかけ、鉈を引き抜こうとしている隙に、オマンレがアチャポを抱え、オハイベーカも立ち上がり、逃げ出した。

ほかのみんなも、一目散に駆け戻る。

しばらく駆け続け、森の中に小屋は見えなくなり、あの老婆の姿や気配も消えた。

呼吸を整えながら、オハイベーカが木にもたれ掛り言った。

「なんなんだ、あいつは?」

アチャポが苦しげに

「あれはケナシコルウナルペでななかったのか?」と言う。

ケナシコルウナルペとはアイヌに伝わる妖怪の一種で、樹木の空洞や川岸の柳原などに住むと言われる怪女である。

ざんばら髪で黒い顔には目や口が無く、親指の様な鼻が付いているだけであると言われる。

「目はあったな、いきなり襲いかかってきたが・・・」

「わしも初めて見たが、そういうものだったのかもしれぬのぅ・・・」

皆が恐る恐る辺りを見渡す。

アチャポはただでさえ薄暗いのに、陽が傾きかけ更に暗さが増している世界を見回し、

そして気が付いたのだ。

方角が解らない・・・

どちらから来て、どの方向へ行けばよいのか?・・・

皆がとりあえず難を逃れ、ほっとしている。


そんな最中、アチャポは焦燥にかられながら道を探していた。


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