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鬼の眷属  作者: 上泉護
37/64

輪唱

「血迷うたか泰衡!」

昼近く、伽羅の御所の相の間で、突然訪れた結惟の方は泰衡に食ってかかった。

「すでに決定済みの案件故、蒸し返されても困ります」

「我は聞いておらぬ」

「婆様は体調不良で欠席でありました。国の重大事に婆様の体調を待ってはおれませなんだ」

いつになく反抗的な泰衡の態度に、結惟の方の怒りが爆発した。

「おのれ!この私をなんと心得るか!?」

「・・この奥州藤原氏・二代当主・・基衡様が御妻女にして・わが祖母にあられまする・・」

「ならば撤回させよ!」

「しかし・・一度、御館(みたち)である我が決めた事を(くつがえ)されては・・御館としての威厳が・・」

「その様なつまらぬものなどどうでもよい!」

泰衡がもっとも大事にしている事を、”つまらぬ事”と斬り捨てたのだ。

泰衡は下を向いて押し黙った。

この二人がもめているのは、結惟の方が生まれ育った九州筑前国(現福岡県)宗像(むなかた)郡、筑前大島から共をして、この遠い奥州の地までついてきた、”菊”という宗像出の侍従の事である。

幼少期から結惟の方に仕えていた者で、結惟の方にとっては八十年近く仕えてくれた無二の侍従である。

泰衡は、一方的に国交を断絶してきた宗像氏の諜報活動をしているとのとがで、幽閉したのだ。

実はこの菊という侍従、まことに藤原の様子を宗像に知らせていた様である。

その手紙を怪しんだ泰衡の手に渡った為発覚した。

菊にしてみれば、宗像につかえる親族の助けにでもなればとの、軽い気持ちからであった様で、まさか手紙を検閲されるとは思ってもみなかった様である。

しかし、その書状の中には泰衡が激怒している様子や、それについて緊急の軍議が執り行われた事などが詳しく書かれており、確かに国交を断絶した国に送るべき文言では無かった。

国の中枢の動きが丸裸にされている事態は由々しき事である。

だから、一時幽閉し結惟の方の許しを得て、しかるべき処分を下そうとしたのである。

しかしその幽閉すら許さぬと、

「よいか!我は認めぬぞ!菊には我からよく言っておく!よいな!」

そういうと、さっさと出て行ってしまった。

下を向いた泰衡は顔を上げる事無く、ぎりぎりと歯ぎしりをしている。

その時、沢木公康が目通りの許しを請うてきた。

「はいれっ!」

入ってきた沢木が泰衡の前に平伏する。

「申し訳ございませぬ!取り逃がしましてございまする!」

「たわけぇっ!!」

泰衡の怒りは最高潮に達していた。

「おのれ!自ら買って出た役目を果たせぬばかりか、おめおめと戻って来たというか!!」

「はっ!申し訳ございませぬ!」床に額をこすり付けんばかりに平伏する。

「奴らの中に恐ろしく腕の立つ者がおり、六人がやられました!」

「黙れっ!言い訳など聞きとうないわ!」

沢木は必死になって言いつのった。

「その者三尺にもなる大太刀を使いこなし!獣の様に俊敏に動き回り!由利様よりも大きな大男にございました!」

由利維平(ゆりこれひらより大きかったと?・・・”泰衡は少し興味を持った。

由利より大きな男など、義経に仕える武蔵坊弁慶なる荒法師以外いないと思っていた泰衡は、今までの怒りも忘れて問いかけた。

「それはアイヌの者ではなかったと申すか?」

「はっ、少々異相なれどアイヌの者である事に間違いはないかと・・・」

「武蔵坊弁慶ではなかったのか?」

「いえ、違いまする。武蔵坊殿ほどは大きくはありませなんだ」

「その者、狭山(はざやま)の麓でおぬしらを襲い、逃亡を手助けしたという奴か?」

「はっ、その折は打倒(うちたお)された者が風体面相を確かめる余裕が無く、良くわからず仕舞いでしたが、今回は多くの者が見てございまする。あと一歩というところまで追い込みましたが、窮鼠猫を噛むとでも申しましょうか、囲みを破り逃走されてしまいました。」

「・・・・」

「なにとぞお許しいただきまして、遠征の支度をさせて頂き、もう一度私に機会をお与え下さいますよう願いあげまする!!」

沢木相手に怒りを爆発させ、少々ストレスが解消されたものか、疲れたものか、泰衡は落ち着きを取り戻し沈思した。

”ここでまた新たな者を任命し、あれこれと指示を出すのも面倒な・・・”その程度の理由でしかなかったが

「よかろう、沢木これが最後と思え!アイヌの者共を全て討ち取るまで戻ってくるでないぞ!」と言った。

「はっ!!」

退出した沢木は歩きながら、あの大男の事を考えていた。

”この十人力の俺を二度までもコケにしてくれた・・”

敵ながら松明の火に照らし出されたその面魂は良く、男前であった。

”奴らを皆殺しにしなければ、平泉には帰ってくる事はできぬ・・”

”あの小娘を凌辱したいばかりに、とんだ災難に首を突っ込んでしまった・・”

などと考えていたら、また男盛りの体が疼き、足を止めた。

”今度こそ、あの男を打倒(うちたお)し、小娘を思うがままになぶりつくし殺す・・”

ニタリと笑った沢木は再び歩き出した。


寒さが増した晴天の森の中で、太陽が唯一ぬくもりを大地に与えていた。

時折吹く冷たい風が木々やチプの天幕を揺らしている。

チプから少し離れた小川の溜まりで、嬉しそうにアトゥイのアミブを洗うショルラのあどけない笑顔を眺めながら、シイヒラ(エバロの母)が、横でくつろいでいるソラノ(故エモレエの母)になにげなく言った。

「ショルラは最近、見違えるほど綺麗になったと皆が言っていたけど本当だねぇ」

我が子の死を何とか乗り越えていたソラノだったが、ポンコタンでエモレエの墓を見て、改めて息子の死に直面し、再びふさぎがちになっていた。

しかし、艱難辛苦の逃避行が悲しみに浸る事を許さなかったのだ。

「そうね・・・」命の連環やいとなみは、途切れる事無く続いて行く・・・

ソラノはそんな風に感じていた。

皆の疲れ、そしてなによりもアトゥイの傷の回復の為、もう一日この場所でゆっくりする事にした一行は、束の間の休息を得、各々がくつろぎ疲労回復に努めている。

チプの中でアトゥイは昏々と眠り続けていて、そんな彼の眠りを邪魔しない様に、皆が気を付けていた。

そんなアトゥイの面倒を見てくれと、ハエプトがショルラに頼んだ時、ショルラは自分でも気づかないほど嬉しそう頷くと、せっせと働き出したものだ。

冷たい小川の水を苦痛に感じる事もなく、手洗いをすませ、岩の間を小走りに行くショルラを、エバロとオロアシが見ている。

視線をそらそうとしても無駄な努力で、気が付くと綺麗になったショルラを目で追ってしまっている。

そんな彼等に気付く事無く、ショルラはアトゥイのいるチプに入って行った。

体の大きなアトゥイは膝を曲げて、窮屈そうに横になり昏々と眠り続けている。

そんなアトゥイの頭の傷を覗き込んだり、左足の傷の具合を確かめたり、下になった背の傷が悪化してやいないか心配したりしていたが、アトゥイのそばにいられる幸せにショルラは浸っていたのだ。

所在なげにアトゥイの横に腰掛けた時、突然アトゥイが苦しみだした。

おろおろしながらもショルラはアトゥイの大きく重い手を掴む。

アトゥイは夢を見ていた。

揺らめく波の下、光が差し込む海の中の様だ・・・

差し込む光の波の上から声が聞こえる。

”狽神の民よ・・・いざなえ・・鬼の眷属・・・堕ちし者よ・・喎斜(ゆが)みし太刀を持ち・・・アラハバキの御前に・・・・”

”なんの事だ?貴様は誰だ?鬼か?!”

はっとして目が覚めた。心配そうにショルラが覗きこんでいる。

「ショルラ・・・」深く息を吐き出すと、体を起こそうとして左足の痛みに顔をゆがめた。

「大丈夫、アトゥイ?」ショルラは焦っている。

「あぁ・・大丈夫だ・・」安心させようとニコッと笑う。

頬を少し赤く染めながら、上げていた腰をショルラはストンと下した。

「アチャポに聞きたい事が有るんだけど、どこへ行ったか解る?」体を起こしながらアトゥイは聞いた。

「・・さっき森の中に入って行くとこは見かけたけど・・・探してくる?」

小首を傾げながらショルラは答えたが、内心、普通に会話が出来た事に喜びを感じていた。

「いや、俺が行くよ、ショルラはゆっくりしてて・・」

とちょうどそこに当の本人が入って来た。

「アトゥイ大丈夫か?無理はならんぞ・・」

「アチャポ聞きたい事があるんだ」

「なにかの?」

「アラハバキ・・ってなにか解る?」

「その名をどこで?」アチャポは少々驚いた様だ。

「夢で見たんだ、アラハバキの御前(みまえ)にどうとか・・」

「神託が・・あったと・・・」一瞬信じられない顔をしたアチャポだったが、アトゥイにはカムイが宿っているのだ・・不思議な事ではない・・・と思い直した。

「それは(いにしえ)のカムイ(神)の名だ・・」

「そのカムイの名は代々エカシのみに語り継がれてきたものでな・・・荒ぶるカムイゆえ、おいそれと名を呼んではいかぬとされている・・・」

後の方は、遠くを見る眼差しのアチャポの口の中に消え、アトゥイとショルラは目を合わせると、二人して首をかしげた。

アチャポは意を決した様に言う。

「その神の御前に立ちどうせよと?」アトゥイは正直に答えた。

「狽神の民よ・・いざなえ・鬼の眷属・・堕ちし者よ・・喎斜(ゆが)みし太刀を持ち・・・アラハバキの御前に・・と」

「う~ん、解らんな。カムイの言葉は難解だ」アチャポには”狽神”も”鬼”も意味の解らない言葉であったのだ。

ただアラハバキのみは解った。

「よいかアトゥイ、ショルラ、そのカムイの名を口に出してはならぬ。どの様な(わざわいが降りかかるとも知れぬでな」

二人は頷く。

アチャポは正していた居住まいを崩し、緊張を解いてアトゥイに聞いた。

「で、どうじゃ体の具合は?」

「大丈夫、すぐにでも行けるよ」

”大丈夫な事ない!”と言おうとして、ショルラはまた声が出なくなってしまった。

「よかろう、では明朝出発という事でよいな」


アトゥイは頷く。そんなアトゥイを心配そうにショルラは見ていた。


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