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鬼の眷属  作者: 上泉護
33/64

始まりの日

落葉が土や岩の上に降り積もり、冬晴れの景色を茶褐色にしている。

山のなだらかな稜線の中天に昇った太陽が暖かく輝き、冷たい風もまた心地良かった。

アトゥイの元に集まったアイヌの人々は、神でも見るかの様に彼を見上げ、口々にアトゥイの名を(つぶや)き、連呼している。

真実を隠さねばならないアトゥイはいたたまれなくなり、それを誤魔化(ごまか)す様に、気を失っている一人の武者を担ぎ上げ、太い木の元まで連れて行き縛り付けた。

オマンレとオハイベーカが、アトゥイの行動を真似て武者を二人がかりで持ち上げ運び、そして縛り上げる。

皆が総出で、沢木を含む六人全員しっかりと縛り上げ、遺体を片付けた。

アトゥイは付いて回る人達に振り返ると

「追手がかかる前にポンコタンに帰り、必要な物を持ち出さなきゃならない。急ぎましょう」と言った。

「かと言ってどこへ行こうと言うのか?」とアチャポ。

「アイヌモシリへ」

「おぉ!」その場にいた人々は歓声を上げた。

どこにも行く場所も帰る場所もないと絶望していた人達は、喜びと期待に目を輝かせた。

不安と絶望に押し潰されそうになっていた彼等を、突如まばゆい光が天から射してきた様な気持ちだったのだろう。

皆が声を出して泣いた。

「行きましょう。アイヌモシリへ!」アトゥイはそんな彼等を元気づけようと再び言った。

「おぉ!!!」人々は泣きながら拳を天に突き上げた。

感動が彼等を包んでいる。

アトゥイは一人一人の顔を見る様に

「まだシサムに知られていない内に時を稼ぎましょう。みんな大変かもしれないけど頑張って!」

「おぉ!これくらいなんでもない!」中年のオハイベーカが元気よく言った。

みなが希望と喜びに目を輝かせている。

ハエプトは肩の力が抜けていく様な安堵を、彼女の息子から感じていた。

”まるでイカエラのよう・・・”母としてこれほど嬉しい事はない。

ヌマテは弟のあまりの変わりぶりに順応できず、目をパチクリさせている。

アトゥイのフチ(祖母)のケンラリは、孫が突然立派になったと喜び、ショルラは体がカーッと熱くなる様な感動を覚えていた。

皆がそれぞれの思いを持ってアトゥイを見上げていたのだ。

アトゥイは人々を数珠つなぎにしていた縄を集めると、結んで一本の縄にした。

最後尾を頼んだエコキマに端を持つように頼むと、もう片方の端を持って先頭に立つ。

「では行きましょう。(つら)い人は縄を持って歩いて!」

この山の街道を行くと、人の目に立ち逃走した事があっという間にばれてしまう恐れがある。

少々大変でも山に入り、獣道を行くしかなかった。

疲れ切った体に鞭打むちうってアイヌの人々は獣道の坂を上っていく。

しかし、皆の気持ちは高揚していた。

絶望の中歩く疲れと、希望に満ち溢れ歩く疲労とではまったく違うものなのだ。

アトゥイは先頭を歩き力強く縄を引いている。

後続の者達がその縄にしがみつき引かれていく。

二十二人もの人達をグイグイ引っ張って行くアトゥイに、皆が畏敬の念で見、感謝していた。


今日何度目かの地震が平泉を襲った。

高舘館の母屋で、義経が弁慶に

「三年前の京を思い出すな・・これが前触れ(前震)でなければよいが・・あの時も、本震の一ヶ月ほど前から不気味な前触れがあった・・・」

義経が言っているのは、壇ノ浦の戦い後、京に戻った彼等を襲った文治地震である。

元暦二年七月九日牛刻(ユリウス暦1185年8月6日12時(正午)頃)、京で発生した大地震で、地震は元暦のものだが、未曾有の天変地異により都が瓦解し、翌月の八月十四日に文治に改元された事で、元暦ではなく文治を冠して呼ばれた。

地震は壇ノ浦の戦いの約四ヶ月後に発生し、「平家物語」「方丈記」にその記述が見られる。

「平家物語」には「この度の地震は、これより後もあるべしとも覚えざりけり、平家の怨霊にて世のうすべきよし申あへり」と記されている。

また、「玉葉」「醍醐雑事記」「歴代皇紀」「吉記」「山槐記」「百錬抄」「園太暦」「康富記」「一代要記」「愚管抄」などの書物で記された記録が多く、「吾妻鏡」の様に鎌倉で記された記録も存在する。

「醍醐雑事記」には、震害著しく白河辺りの諸御願寺や京中の殿屋などで、九重塔や九輪などが大破した様子が記されている。

その他にも、白河の法勝寺で金堂廻廊、鐘楼、阿弥陀堂及び九重塔などが破損した被害や、東寺で破損した鐘楼を文治三年(1187年)に修理した記録や、「仁和寺御伝」による六条殿、一字金輪、於院御所の修理の記録がある。

「山槐記」によれば閑院の皇居が破損、近江湖(琵琶湖)の湖水が北流して湖岸が干上がり、後日旧に復し、宇治橋が落下して渡っていた十余人が川に落ちて一人が溺死、また民家の倒壊が多く、門や築垣は東西面の物が特に倒壊し、南北面の物はすこぶる残ったという。

これは東、もしくは西から揺れが来た事を示すものだ。

余震が続いた事も詳細に記録されており、更に琵琶湖でも一時的に水位が下がった事なども記されている。

京以外でも震害があり、唐招提寺では千手観音が破損し、「興福寺略年代記」にも「元暦二年七月九日、大地震、処々多顛倒」の記述がある。

比叡山では延暦寺根本中堂の輪灯が悉く消滅し、戒壇八足門、看衣堂、四面廻廊、中堂廻廊など、諸建物が転倒するなどの被害が出た。

近江では大津の三井寺において金堂廻廊が転倒した事が「山槐記」に記され、田三町(約330m)が地裂け淵になったという。

遠国においても被害が発生し津波があったともいう。

義経の言った前触れ(前震)とは、元暦二年六月二十日夜子時(ユリウス暦1185年7月18日24時頃)、本震の二週間以上前にも大地震があり、翌日も三回、翌々日も揺れが続いたというものだ。

それは「玉葉」、「醍醐雑事記」などの記録にあり、現代の我々に尊い警鐘を鳴らしてくれている。

話を戻そう。

弁慶が義経の言葉を受けて答えた。

「海竣が言っておりましたな、三年前から日の本各地の結界が破られていると・・・」

「これらの符合がなにを意味するものか・・・容易ならざる事が起きておる様だな」

「鬼の世・・・海竣は言っていたが・・そんなものが本当に起こる日がくるのか?・・・」

「源氏だ平氏だ、平泉だ鎌倉だ、などと言うておる場合ではないのやもしれませぬな」

「どうもその様だ・・」

ちょうどその時、海竣が高舘館へ戻ってきた。

主殿の庭に入って来た海竣が

「どうも度々まかりこしまして、申し訳もございませぬ」と言った。

「なに、ちょうどおぬしの話が出たところよ」と弁慶

「はっ?・・」

「それでどうであった巌鷲山は?」と義経

「胎堕はかなり進んでおりもうす。危険を感じ途中で引き返してまいりました」

「賢明だ、それで良い。巌鷲の様子を聞かせてくれ」

「巌鷲の山は遠方からでも解るほど、禍々(まがまが)しい妖気を放ち、山頂を覆うどす黒い雲が、晴天の空に不釣り合いなほど異様に見えもうした」

「ここ数日、平泉を頻繁に襲う地震は・・」

「間違いございませぬ。胎堕による精の濁流によるものかと・・」

「して高野山は?」

「まだなんとも・・しかし、こちらに向っておる事は間違いありませぬ」

「しかし、この様に天変すら(つかさど)るほどのものに、人の力でたちうち出来ようものなのか?」

「正確には人の力ではありませぬ。神の力を借り、その顕現を得るものです」

「神の力の顕現とは?」

「山に起居し、極限に身を置き続けると、なにか解らぬ大きな力を感じる事が有ります。おそらくそれが神の領域。その末端に触れる事で、人はその力の一部を己の意志で現す事が出来る様になるのです。そういった者達が集まり、統一した意志で顕現を願う事で、大きな力となりもうす」海竣は一呼吸あけると。

「しかしその力を持ってしても、滅する事は出来ず、封印を持って力を封じ込める事しか出来もうさぬ・・それが人の限界」

「まぁ、人の世が滅びるよりはましというものか・・・」

「それはそうと、三年前、京を襲った大地震と今回のこれとはなにか繋がりがあるものなのか?」

「わかりません・・なれど無関係ではないでしょうな」

「平氏と共に海中に没した草薙の剣には、八岐大蛇(やまたのおろち)が封じ込められていたと言ったな」

「はい」

「その封印が解かれたとは考えられぬか?」

「八岐大蛇の巨大な力、我らは”念体”と呼んでおりまする。それが解き放たれたのなら由々しき事です」

「当時大被害を出した巨大な龍の姿は、八岐大蛇の巨大な念体の力が溶岩におよぼし、その体が具現したものと言われています。今回巌鷲で進んでいる胎堕となんらかの繋がりがあるのか・・・わかりません」海竣は悔しそうに首を振った。

「それが解き放たれたとしていたら、その念体とやらはいずこへ行ったと思われるな?」と弁慶

「やはりそれは・・人に宿ったのではないかと・・・わかりません・・我らもほとんど解らぬ事ばかりなのです」

「ふむ・・問題は一つ一つ解決していくしかない・・という事か・・」

「まずは巌鷲山の奥島おくどを元に戻し、封印を再結稼(さいけっか)します・・・そういえばアトゥイはいかがしておりますかな?」

「アイヌの者達が今出山に送られる事になってな、つかず離れずついて行っている筈だ」

自重(じちょう)(うなが)したアトゥイが、やむを得ず行動に移してしまった事をまだ彼等は知らない。

「何事もなければ良いが・・・」海竣の懸念は見事に当たってしまっていた。


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