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鬼の眷属  作者: 上泉護
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行方

雲一つない空に、鳥が悠々と飛んでいる。

日高見川(北上川)の水を引き込んだ人工の入江には、今日も多くの交易船が碇泊し、平泉館(ひらいずみのたち)(平泉の政庁)は人足(よぼろ)達の威勢のよい掛け声で沸き返っていた。

川に沿って南に広がる絢爛豪華な仏閣や邸宅群は、色あせる事無く平泉百年の歴史をほこり、奥州藤原氏の繁栄がいつまでも続くかの様だ。

しかしその盤石の(いしづえ)は、静かに(ほころ)び始めている。

それは百年の歴史に内包する、一人一人の人間の執着から生み出された、確執の連鎖によるものだ。

どす黒い人間の内面を隠すかの様に、今日も平泉は美しかった。

義経と弁慶は、平泉館裏にある船着き場を土手の上から眺めていた。

初雪は早かったが、ここ数日は暖かい日が続いている。

ノスリ(ずんぐりとした体型のタカ)が空を舞い、”ピーエー”と快晴の空に鳴き声を響かせていた。

義経は弁慶の巨体に比べると、その姿があまりにも華奢に見え、造作の良い鼻立ちに切れ長の美しい目が印象的だ。

一見すると美しい女性にも見えてしまう程の義経なのである。

そんな馬に乗った義経の目線と、立っている弁慶の目線が同じだった。

義経が特に小柄だったという訳ではない。

弁慶が大きすぎるのだ。

「日高見川を遡航(そこう)し、様々な荷がこの平泉に(もたら)されているのだな・・・荷に国境はなく自由に行き来出来るのに、わが身の(はかな)い事よ・・」

さすがの義経も弁慶の前では弱音が出てしまうものか、ため息交じりに言った。

「え~い!またもうされるか、我が君の繰り言は聞き飽きたわぇ!」

弁慶は弁慶で、ともすれば悲嘆に暮れがちな主君を奮い立たせる為、少々荒っぽい言い方になってしまうのはしょうがなかった。

主君に対する口の聞きようとはとても思われない言い方をさせても、怒る事無く義経は苦笑いし、くったくなく言った。

「そう言うな弁慶、徒然(つれづれ)には言ってみたくなるのよ」

「昨年亡くなられた秀衡公のお言葉をお忘れか!三人(義経・泰衡・国衡)一味になって鎌倉軍と戦えと遺言なされたではないか、お気を強く持たれよ!」

「そうは言うても、泰衡殿のお考えは違う様だぞ」

二人の会話はとても主従間のものとは思われない、まるで友人同士の会話の様だった。

「まったくあの御仁ときたら、煮え切らなぬ瓢箪(ひょうたん)に鼻や口がついた様なものだわぇ」

「口がすぎるぞ弁慶」

日和見(ひよりみ)ときたら天下一、右に左に前に後ろにと、どこに向って歩いているのやら解っておられるのか怪しいものだわぇ」

とうとう義経は笑い出してしまった。

「はっはっはっは、口が過ぎると言うに!」

弁慶は急に真顔になると

「そんな御仁の為に、無辜(むこ)の民が犠牲になる。なげかわしい事よ」

義経も笑顔を消すと

「まったくだ、しかし人の世というは人ひとりの力ではいかようにもならぬし、人は(おのれ)に与えられた物でやりくりせねばならぬ。人の世の理不尽や不条理を受け流す事は至難の(わざ)であろうが、執着しては自らを袋小路へと追いやるのみだ・・・自らに無い物を欲しがり、有るものと思いたがる。

自らにあるものは信じられず、人と無意味な比較をする。

相対的に自らを人と引き比べるのではなく、昨日の己と引き比べればよいのだ。

さすれば今後どの様に生きればよいか見えてくるというもの・・・」泰衡の事を思って言った。

「今日は昨日の我に勝ち・・ですな」

義経は黙って頷いた。

「そういえばアトゥイはいかがしておる?」ポンコタンの仲間を助けようと、一心不乱に精進している少年を思い出した。

「昨日も稽古をつけてやりましたが、なかなかどうして、あやつ筋がいい。将来どのような武士になるか楽しみな逸材。しかしあやつは武士にはならぬでしょうな」

「さもあろう、剣の筋というは筋骨だけのものではない・・天分、あやつはそれを持っておる。しかし多くの人を連れ逃避行せんとするはまた別のもの、事情が許せば力を貸してやりたいものだが・・」

「それも思いし事なれど、許されぬでしょうな」

「これも天の配剤、我らは我らの生を謳歌するのみ」

弁慶はニヤリと笑うと

「まったくもって、人生とはままならぬもので、腹立たしいやら、愉快やら、はっはっはっは、判別つかぬわぇ!」

弁慶は空に向って大声で言い放った。

「では行ってまいる」と義経は平泉館に向って馬を歩かせる。

今日は藤原一門の定例軍議の日だ。

ノスリ(ずんぐりとした体型のタカ)がまだ空を舞っている。”ピーエー”という鳴き声は寂寥に満ちていた。


この道を歩くのは何度目の事だろうか・・・

奥六郡の紫波(しわ)郡まで来ていた安房の坊海竣は、初冬の空を見上げた。

白鳥が日高見川のよどみの中で羽づくろいをしている。

美しいものだな・・

一瞬、時の流れを忘れてその光景を眺めた。

しかし、いつどこで”鬼”共に襲われるやもしれぬ・・

海竣は気を引き締め歩き出した。

遠く見える巌鷲山はすでにここからですら解るほど、禍々(まがまが)しい妖気を放っていた。

山頂付近を覆う皿の様などす黒い雲が巌鷲の頭を隠し、晴天の空に不釣り合いなほど異様に見えた。

時折大地をゆらす地震が鳥を驚かせ、水どり達が一斉に空へと羽ばたいていく。

近隣の村々では、不吉な事が起こるのではないか・・と恐れおののいているが、かといってどうにか出来る事でもなかった。

”怠堕はかなり進んでいる・・・”

それにともない、”鬼”どもの力も増してきている筈だ。

あの狼やカラス、大蟹やあの男の様な者達が今目の前に現れたら、海竣一人ではどうしようもない・・・

このまま巌鷲に近づく事は、かなりの危険を招く事を覚悟しておかなければならない。

当初の目的地であった延生穴(えんしょうけつ)までたどりつけぬのではないか?心配になってきた。

今ここで無理をして、海竣一人犠牲になる事に何の意味もない。

引き返すべきか・・行けるとこまで行くべきか・・

「思案のしどころか・・・」海竣は一人ごちた。

ここに義経や弁慶がいてくれたなら、どれほど心強い事であろうか。

言うても詮無き事と、遠く不気味な巌鷲山を見て再び立ち止まった。

巌鷲山を見るとイカエラとアトゥイが思い出される。

アイヌの考えは自然に対し柔軟なものだった。

決して人の都合を押し通そうとはしない。

”この妖気はただならぬものだ・・これ以上の深入りは無意味!”

海竣は決断した。それが良かった。

海竣は気づかぬまま振り返り引き返して行ったが、上空からそんな様子を見ていた奴がいた。

遥か上空から見下ろしていたそいつは、バサバサと羽ばたきながら降下してくる。

舞い降りてきたその姿は、翼を広げれば一丈(3m)にはなろうかという巨大な鷲だった。

杉の大枝に留まり、じっと遠く歩く海竣の背中を見ている。

やがて海竣の姿は丘の向こうに消えた。


深夜連れだって歩く弁慶とアトゥイは平泉の(はず)れに来ていた。

「昼間の定例軍議でな、殿が青瓢箪(あおびょうたん(泰衡の事)から聞き出してこられた」

「おぬしに伝えてくれと頼まれたわぇ」

「・・・」

「アイヌの者達は、落盤で鉱夫が犠牲になり人手不足となった今出山(岩手県大船渡市)の金鉱山に送られる事となった」

「今出山・・」

「ここより東に二日程行った所にある山だ」

「ポンコタンからは反対方向だ、ますます遠くなってしまう」

「その通りだが軽挙妄動はくれぐれも(つつし)まねばならぬ」

弁慶は別の事を言った。

「殿の命でおぬしらの村に駆け向っておる時な・・」

太田川のせせらぎが闇夜に聞こえている。

平泉は東に流れる日高見川の本流に、北の衣川と南の太田川が流れ込む中洲の様な地に、絢爛豪華な街並みが連なっている。

月明かりに時折なにかが反射し、キラッと光る何かを北に見ながら、二人は大きな歩を進めていた。

「大きな蟹の様な生物と、赤く目が光っておる百姓らしき男に襲われたのだ」

「大きな蟹・・・」それはミチから聞いていた。

「それは気を失っていた俺をさらおうとした奴らだ・・」

「さようか・・なればおぬしは内なる鬼と、外なる鬼の両方と戦わなければならぬ、おぬしを”鬼”側へ引き込もうと躍起になっておるという事だ。気を引き締めなければなるまい」


太田川のせせらぎが闇夜に聞こえている。

妙に暖かい風が吹いたと思ったら、魚が跳ねる様な音が聞こえた。

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