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鬼の眷属  作者: 上泉護
29/64

眷族

日が暮れると、途端に気温が下がっていき寒くなる。

昼間の暖かさが嘘の様に、氷点下近くまで下がった。

”皆は大丈夫だろうか・・・”

高舘館の雑色所にいたアトゥイは、居ても立っても居られなくなってきた。

心配になったアトゥイは鈴沢の池へ、夜の闇にまぎれて駆け向った。

背には義経にもらった舞草刀(もくさとう)(かつ)いでいる。

法衣姿の背に大刀を担いだ大男のアトゥイは明らかに目立つ。

月明かりの中、今朝方通った猫間ケ淵を逆にたどり、無量光院と観自在王院を抜け鈴沢の池に着いた。

静まり返った池の周りには誰もいない・・・

”皆どこへ連れて行かれてしまったのか?アトゥイは焦った。

人っ子一人いない池の(ほとり)を必死に探し回っていると

池を半周ぐらいした所で、十間(18m)程先の暗がりに一人の男が立っているのに気が付いた。

大男だ・・・

しかしどこか普通の人と違う・・

アトゥイは月明かりの中、ピリピリする帯電した様な不快感を覚えた。

良く見るとその男の目は爛々と赤く光り、アトゥイをじっと見ている。

”どしゃり・・どしゃり・・”と歩み寄ってきた。

アトゥイは緊張の面持ちで立ち尽くしている。

月明かりに照らし出された顔は、エラの張った四角い顔に目が吊り上っている。

舘平盛春。無論アトゥイは知らない。

身の丈六尺七寸(2m)、アトゥイより大きい。

人を喰らい血肉と氣を取り込み成長したのだ。

右ひじの下には盛り上がった筋があったが、何事も無かったかの様に青く変色した右腕を動かしている。

盛春はアトゥイに・・いやアトゥイの中の鬼に話しかけた。

「いか・が・した・・人間・ごと・きに・組み・・敷か・れ・るお・ぬしで・・はある・まい」

その途端に目が回り、天地が回転する様な目眩(めまい)がアトゥイを襲う、それは暗い深淵に引きずり込もうとする。

”それは知っている・・”アトゥイは静かにそれを流す。

はた目からは何事も無かった様に、静かに立っている。そんな風に見える。

しかしアトゥイは己を襲う凄まじいまでの精の濁流を受け流していたのだ。

戦わずただ流す、抵抗しない・・受け止めない・・

いつしかその目眩は力を失い、収まっていった。

「お・ぬし・・何・者だ?」

今度はアトゥイに聞いたようだ。

「アイヌのアトゥイだ」

「ア・イヌ・・(ばい)・神の・民か?」

「バイシンの民?アイヌを知っているのか?」

「まぁ・よい・・なら・ば・・我が・解・放・せし・・め・よう」

突然、盛春がアトゥイに襲いかかった。

不意を突かれた!

アトゥイの首に盛春の喉輪が入る。

凄まじい力だ!首がねじ切られそうだ。

アトゥイが盛春に右フックをおみまいする。

それはクロスにはいり顔面をねじらせ、盛春はたたらを踏む。

大男同士の凄まじい戦いが始まった。

スピードはアトゥイが上、力は盛春が上だ。

アトゥイは組まれぬ様に、自分の距離をとり、殴る。

”ボコッ””バスッ”顔に腹にパンチを振り分ける。

盛春はガードしながらも、何発かいいのが顔面に入り後ずさる。

後ずさり腰を落としたかに見えたが、身を低くしアトゥイの腹にタックルしてきた。

鯖折りの要領でアトゥイの胴を締め上げる。

「くっ!」アトゥイの表情が苦悶にゆがむ。

めりめりと盛春の筋肉が収縮する。

アトゥイは盛春の背に肘を落とした。

一発、二発!背骨をへし折る怪力に耐えながら三発!

首元に入った肘に、ひるんだ盛春が手を放した。

自由になったアトゥイは、盛春の強力(ごうりき)により痛んだ背中に顔をゆがめながら距離を取る。

盛春が凄まじい勢いでアトゥイに突っ込んでくる!

盛春がアトゥイの腹に組み付こうとした刹那、アトゥイは上に飛んで盛春の肩を蹴った。

それは義経にやられた技だ。

盛春は勢いよく前に転がって行く。

着地しながら背の大刀を抜き、盛春に振り向き切っ先を向けた。

起き上がりながら盛春は

狽神(ばいしん)の・・民か・・・やっ・・かい・な・・」

「俺は名乗った。お前も名乗れ」アトゥイは言った。

「我は○×△□・・」

聞き取りづらい、いや、聞き取れない発音なのだ。こいつは嘘をついていない。

アトゥイはそう思った。

盛春から発せられる氣の圧力がアトゥイの頬をなぶる様だ。

アトゥイは義経に言われた事を思い出していた。

”心は、張りすぎず、弱めすぎず、体のどこにも置かず、胸元におけ・・”

”目はどこにもやらず、全体を見、なおかつ細心の目で敵を眺めよ・・”

”一の見、相手の武具の種類や所作、太刀筋、足さばきや目線など細かい所を見る目・・”

”二の見、それらを一つの物としてとらえ、決して一つの事に目を囚われず、敵全体を見る目・・”

”三の見、自らの背後にて我が身を見下ろす目。これは自らが置かれた状況や状態を把握し、それにより戦いに及ぼす影響や、有利に戦いを運ぶ手段を頭に想い描く目・・”

射刺(しゃし)の目で見、抱観(ほうかんの目で瞬時に判断し、離想(りそう)の目で行動する・・”

静かに立たずみ、まったく隙のないアトゥイに攻め手を見つけられず盛春は躊躇し・・そしてあきらめた。

「おぬし・・何・者だ?」同じ事を言った。

「また・・くる・・」そう言うと盛春は伽藍の月影に消えた。

”鬼・・あいつは鬼だ・・俺の中の鬼に話かけていた・・”

”アイヌをバイシンの民・・と言った・・どういう意味なのか?・・”

しかしアトゥイには不可解な今の男よりも、皆の事の方が重大事なのだ。

急ぎ辺りを見回す。

今の大男の気配すら感じられない。

焦ったアトゥイは泣きたくなる気持ちを抑え、辺りを駆け回り調べたが何の痕跡も見つけられなかった。

寒い・・月明かりの無量光院前の路地で、アトゥイはうなだれている・・伽藍の大きな影がまるで生き物の様にアトゥイに覆い被さっている。

”みんなはどこに連れて行かれてしまったのか・・・”ふと義経の言葉を思い出した。

”どうするつもりなのか、泰衡殿にそれとなく聞き出してみる故・・・”

アトゥイは意を決して高舘館に引き返した。


高舘館に戻ったアトゥイを、盛春よりも大きな男が出迎えた。

楠の木の月影に巨大な法師が立っている。武蔵坊弁慶である。

「アトゥイ、話がある。ついて参れ」

肩を並べて歩くアトゥイに弁慶は話始めた。

「アイヌの者達だが、あるところに連れて行かれたわぇ」

「どこへ?」勢い込んで聞いた。

橘次信孝(きちじのぶたか)の屋敷にある宝物庫。閉じ込められているが無事だ」

「キチジノブタカの屋敷・・・」

「今から案内(あない)するが、中の者達と話は出来ぬ。我慢せい」

「わかった」

しばらく無言で弁慶について歩いていたアトゥイだが、先ほどの事で気にかかっていた事を口に出した。

「さっき、目が赤く光る大男に襲われた」

「目が赤くとな」

「俺の中の鬼に話しかけていた」

弁慶は海竣からだいたいの話は聞いている。

「ほう、なんと?」

「人間ごときに組み敷かれるおぬしではあるまい・・と言っていた」

「わしも憑依された人間を幾度か見た事がある。それは鬼ではなかったであろうが人格がまるで変っていて、おぬしとは違い不気味なものだったわぇ、霊もしくは生霊、そんな類のものだ。してそれから?」

「襲いかかってきたが、オンゾウシの教えのおかげで撃退できた。アイヌをバイシンの民、と言っていた」

「さもあろう、おぬしは果報者(かほうもの)よ、したが”ばいしん”と言うたか・・」

暫く考えていた弁慶だが

「陪臣、媒臣、陪神、狽神・・・」弁慶は同じ事を何度も言っている様にアトゥイには聞こえた。

「これはわしの勘だが、(おおかみ)(ばい)(かみ)で”ばいしん”ではないか?」

「おおかみ・・・」アトゥイは自らの身に宿る鬼を想った。

「狼狽と言ってな・・」と前置きして弁慶は話始めた。

「狼狽というは、慌てふためきうろたえる事を言うのだが、その由来は(ばい)という伝説上の野獣からきているのだ。

その狽というは狼の一種らしいが、狼は前足が長く後ろ足が短いのに対し、狽は前足が短く後ろ足が長いとされる。

狽は狼の後に乗って常に一緒に行動し、離れると倒れて動けなくなる。

という事から、狼狽と言う様になったと言われる」

「・・・」

「まぁまことおかしな伝説だが、その鬼の言ったバイシンの民とは、その(ばい)(かみ)狽神(ばいしん)ではないのか?」

もとよりアトゥイに解ろう筈もない。

しかし、アトゥイに()る狼の鬼との奇妙な一致だけが、妙に気にかかった。

二人の歩く先に大きな商家が表れ、築地塀に囲まれた館内には大きな宝物庫が月明かりの夜空にそびえ建っている。

弁慶とアトゥイは足を止めた。

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