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鬼の眷属  作者: 上泉護
28/64

雌伏

冷たい地面が体を芯から凍えさせる。

エカシのアチャポは背の傷をかばいながら、こわばった体を伸ばし痛む膝をさすった。

昨日の衝撃と悲しみはアチャポの老体には(こた)え、老いた顔を更に老けさせていた。

彼の周りには傷つき、家族を、仲間を殺され、(なげ)き悲しむ二十人ばかりのアイヌが、肩を寄せ合い(いたわ)りあっている。

エコキマに背負われて平泉に連れてこられた傷ついたオリリは、今朝方息を引き取った。

まだ十五の少年だった・・・

皆で池の(ほとりに墓をたてた。

森に隠れていたエバロは見つかり、皆と一緒にここへ連れてこられている。

仲の良かった同世代のオリリ・エモレエは死に、エバロとショルラが生き残り、アトゥイの生死は解らず仕舞いだ。

ショルラの両親は殺されている。犠牲者は二十九人におよんだ。

皆が悲しみに暮れ、今後自分達はどうなるのか不安と緊張で押し潰されそうになっていた。

皆で焚火を囲み、なんとか暖をとっている。

とてつもなく大きな黒い服を着た男が、焚火をおこしてくれ、米の団子を施してくれたのだけが救いだった。

「これからどうなるの?」

震える声でヌマテがハポ(母)のハエプトに聞いた。

「ミチも死んでしまった・・・どうしたらいいのか・・・」ハエプトは遠い目をして悲しげに言う。

「あぁ!」ヌマテが泣きだす。

そんなヌマテの横でフチ(祖母)は呆然としている。

「アトゥイも死んでしまったの?」

「生きていると信じましょう。ポンコタンにアトゥイはいなかった・・・」

急き立てられながらも、ハエプトは人々の亡きがらを確認していた。

その中にアトゥイの姿はなかった。

「生きていたとしてももう二度と会えないのだもの、死んだも一緒よ!」と興奮気味にヌマテは言った。

「最後まであきらめては駄目よ、心を強く持ちなさい」

「だって・・・」普段強がっていたヌマテだが、我慢できず泣きじゃくった。

あちこちで泣きじゃくりすすり泣く声が聞こえる。

皆、家族を、親しい仲間を殺されたのだ。

嘆き悲しみ途方に暮れている。

ハエプトは両親を目の前で殺され、疲れ切って眠っているソイエを抱きしめ暖めていた。

生まれつき口がきけないソイエを更なる不幸が襲ったのだ。不憫でならない。

「どうすればいいのか・・・」ハエプトは同じ事を言って溜息をついた。

もう帰る場所すらない。

チセは焼き払われ、皆はここにいる。

仮に帰れたとしても、今までの生活ができるかどうか・・・

アイヌモシリを目指そうにもあてすらないし、ミチももういない。

”どうすればいいのか・・・”という事に帰結してしまうのだ。

ハエプトは思う。自分達はいい。長く生きた。

しかしヌマテやエバロ、ショルラやソイエといった若い者達が、このままシサムの奴隷の様に扱われるのは”許せない・・しかしどうしようもない・・・”怒りと悲しみ、絶望が彼女の五体を包んだ。

陽光が暖かい・・背中にぬくもりを感じる。

かえってそれが悲しみを深いものにした。


肩幅に足を広げた義経は、晴天の空に向って刀を突き上げた。

蒼天はどこまでも続き、果てが無い。

高舘館の広い庭には冷たい風が吹き、陽光が射していた。

その突き上げた刀を、ゆっくりと袈裟がけに振り下ろす。

まるで地を指す様にゆるやかに・・

それは剣舞の様に美しくなめらかで、よどみがなかった。

アトゥイはその刀の動きを目で追う。

義経はそのまま円を描く様に回し始める。

その時、”コツン”とアトゥイの肩に小石が当たった。

義経が空いている左手首で投げつけ、いつのまにか太刀の切っ先がぴたりとアトゥイに向いている。

「よいか、二つの(けん)で敵を見、更に心の目で己の背後から自らも見るのだ」

”そんな事が可能なのか?・・・”アトゥイは思った。

「一の見、相手の武具の種類や所作、太刀筋、足さばきや目線など細かい所を見る目。

二の見、それらを一つの物としてとらえ、決して一つの事に目を囚われず、敵全体を見る目。

そして三の見、自らの背後にて我が身を見下ろす目。これは自らが置かれた状況や状態を把握し、それにより戦いに及ぼす影響や、有利に戦いを運ぶ手段を頭に想い描く目。

おぬしは振り下ろされる太刀を目で追ってしまっている為、敵の動きに後手後手となっているのだ。

それは射刺(しゃし)の目で見、抱観(ほうかん)の目で瞬時に判断し、離想(りそう)の目で行動する。

敵の拍子(ひょうし)(リズムやタイミング)を狂わせ、自らの拍子に持ち込み戦う事を心がける。

その為、我が剣に構えはない。臨機応変に対応し太刀筋を一と考える。

今言った三つの(けん)から、もっともよい太刀筋を無為自然むいしぜん(あるがまま)ととれる様にするのだ。

おぬしの力は常人を遥かに超えておる。剣とは力と技術と心を磨くものだが、すでにおぬしには力が備わっておる。今は心と技術を磨く事を心がけよ」

アトゥイは頷いた。底知れぬ義経の力量が窺える。

”皆は大丈夫だろうか?・・”焦る気持ちを抑えて太刀を握りしめた。

「太刀は打ち込むその瞬間に力を込めるもの、構えている段階で力を込めては、動きが鈍く堅くなろう」

力を込めた場所さえも解ってしまうものなのか・・・

「肩幅に足を広げ、(こぶし)一つ左足を前に出し、切っ先を我に向けよ」

アトゥイは言われるがままにした。

「我の目を見、次なる動きを読んでみよ」

義経は太刀を持った手をだらりと下げ、無造作に立っている様にしか見えない。

それだけなのに”強い”と思わせるなにかがある。

「今、お前の心はどこにある?」不意に義経は聞いた。

太刀の切っ先にある。それをどう扱うのか神経を集中している。

「心は・・張りすぎず、弱めすぎず、体のどこにも置かず、胸元におけ」

「目もどこにもやらず、全体を見、なおかつ細心の目で敵を眺めよ」

根が素直なアトゥイは言われるがままイメージする。

「そうだ・・それでよい」まるでそれが解っている様な義経なのである。

アトゥイはいつの間にか無心になっていた。

静かな気持ちで義経を見ている。

しばし、そのままでいた義経が

「よかろう・・・お前はおもしろいな」ニコッと笑った。

その言葉の裏には、”お前は筋がいい。ちょっと言っただけでそこまで出来る奴は初めてだ・・”

という意味が込められていた。

しかしアトゥイにはそんな解釈はできない。言葉面(ことばづら)のみ受け止め

「俺はつまらない男だ」と言った。

「はっはっはっ、いや面白いわ。飯にしよう」刀を鞘に納め、母屋に戻って行った。


日中、気温が上がり名残雪(なごりゆき)も溶けだして、晴天の高舘館の庭は一部ぬかるんでいた。

「なんだおぬしは?」遠慮ないガサツな言葉をかけられた。

義経に教えてもらった事を反芻していたアトゥイは返答に困り黙っていると。

「新しい郎党か?これはなんと偉丈夫いじょうぶな、頼もしいかぎりだわい」と楽しそうに言う髭面の額には大きな刀傷があった。

「名はなんと申す?」

「アトゥイ」

「安登井?変わった名だのう・・まぁよい伊勢三郎義盛だ、よろしく頼むぞ!」ニヤッと笑う。

「郎党ではない」

「なに、違うのか?お客人か?これは失礼いたした。まぁ堅い事は言いっこなしだ。はっはっはっはっは」

少々かるい、人の(ふところ)に入り込むのが巧みなこの男は、アトゥイが持つ大刀に気付き言った。

「すごい太刀だのう、そんな物を扱えるのか?ちょっと貸してみてくれ」

アトゥイは鞘から抜き手渡す。

「これは業物だのう・・しかし重すぎる、わしには無理だな」

すると後から入ってきた常陸坊が

盗人(ぬすっと)根性だすなよ三郎」と声を掛けた。

アトゥイに太刀を返しながら

「馬鹿を言え、見せてもらっておるだけよ。のう安登井殿」

「こちら安登井殿だ」と三郎は腰につるした竹の水筒から水を飲みながらアトゥイを紹介した。

「常陸坊でござる。失礼だがおいくつになられる?」まだ少年の顔の大男に不思議を感じた常陸坊は聞いた。

「十四」

”ブゥウウ”と飲んでいた水を三郎は噴き出した。

吹きかけられそうになったアトゥイと常陸坊は嫌な顔をして避ける。

「十四?まだ(わっぱ)ではないか!でかい図体しているから勘違いしたわ!」

「しかし十四でそのガタイとは、どの様に鍛錬したらそうなれるのだ?」

「なにもしていない」

「なに?生まれつきか?なんともうらやましいかぎりよ。のう常陸坊」

「まったくだ、男たるものそう生まれつきたいものよ」

「己は己のままでよい・・皆そう生まれつくにはなにかしらの意味があるもの・・」

ミチの受け売りの言葉を言った。

「これはまた、たいしたものだ、はっはっは!」と常陸坊

「この太刀はどうしたのだ?」と三郎

「ヨシツネにもらった」

「こら!殿を呼びつけにするとはけしからん!はっは、だが気に入った。しかし皆の前では言うなよ」

「さしずめ御曹司と呼ぶがよかろう」と常陸坊

「オンゾウシ・・」

「そうだ、おぬしはどこの生まれだ?言葉があまり使えぬ様だが」

「俺はアイヌだ」

「アイヌ?あの土人の?」

「これ三郎、口を慎まぬか」

「あ~これはすまなかった。悪気はないのだ許されい」

「気にしていない」

アイヌは土人という感慨は、和人の殆どが持つイメージであったのだろう。

「して、そのアイヌのアトゥイがどうしてここにおるのだ?」

「オンゾウシが”暫くここにおれ”と言った」

「殿が?まぁよい、なれば遠慮はいらぬ。のびやかに過ごされい。はっはっはっ」

「まぁこれもなにかの縁だ、今宵は酒宴を開いて歓迎会とするか!」

「まだ十四であろう。酒でもあるまい」と常陸坊

「なに!俺は十の頃には酒をやっていたぞ!」

「おぬしは特別だ・・」あきれ顔で常陸坊が言った。

「なぁ、安登井も呑みたかろう」

「おぬしが呑みたいだけであろうが・・」と常陸坊

なんともくったくのない二人だった。

アイヌに対し偏見もなければ差別意識もない。

アトゥイは晴れ渡った空を見上げながら、酒は呑めないが彼等と呑む酒は旨いかもしれない・・などと思っていた。

参考文献: 五輪書

      風姿花伝

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