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鬼の眷属  作者: 上泉護
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潜伏

日がとっぷりと暮れた雪の森を、兵達の持つ松明が行列をつくり平泉へと向かっている。

その松明の行列を遠目に見ながら、海竣とアトゥイは尾行していく。

生存者は約二十人。

ハポ(母)もフチ(祖母)もヌマテの姿も見える。

無事だったのだ・・

アトゥイは安堵した。

焦土と化したポンコタンでは弁慶の指示により、犠牲となったアイヌの人達を埋葬する為、墓が掘られ念仏を唱える弁慶のもと、多くの人達が(ほうむ)られていった。

縄で縛られ連行されるアイヌの人々は、先行し平泉へと向かい。

犠牲者の埋葬を終えた兵達が後発し、馬を走らせ追いついたのは平泉の手前だった。

平泉に連れてこられたアイヌの生存者達は、無量光院と観自在王院との中間にある自然の池で、鈴沢の池と呼ばれる場所に集められた。

東の空が白々と明けてきている。

アイヌの人々はくたくたになって冷たい地面に座り込んだ。

弁慶は火を焚かせ、屯食(とんじき)(おにぎり)と茣蓙(ござ)を用意させアイヌの人々を(ねぎら)う。

大きな焚火を囲み、疲れ切りうちひしがれ、座り込んでいるアイヌの人々を横目に、弁慶は義経に報告する為、高舘館にひとまず帰る事にした。

そんな様子を盗み見ていたアトゥイと海竣だったが、今や六尺四寸(192cm)の巨体となった半裸のアトゥイが、明るくなり目立ってはいけないと、アトゥイについてくる様に言った海竣だったが、これから先どうすればいいか決まっていた訳ではなかった。

アトゥイも心配だが、巌鷲山の状況も把握しておかねばならない。

気が気ではない安房の坊海竣であったが、当面最大の問題である巌鷲山に集中する事にした。

そこでアトゥイには自制を促し、高舘館へ連れて行こうと思い立った。

猫間ケ淵の(ほとり)を歩く二人の右側から朝日が射してくる。

ヤブツルアズキの葉が雪をかぶり寒々しく見え、踏みつけた雪の下から黒い泥がにじんできた。

山の様な雲海から金色の太陽が光り輝き昇ってくる。

今のアトゥイにはそれが美しければ美しい程もの悲しく見えた。

”どんなに辛く悲しい事が起きようとも、朝は必ずくるのだな・・・”

眩しさに目を覆った右腕の太さに改めて気づいたアトゥイは、朝日に照らし出された自らの体を眺めた。

海竣との身長差を(かんが)みれば、ミチより大きくなってしまったものか・・・

あれほど大きく強い男になりたいと思っていた。なのにまったく喜びが湧きあがってこない。

多くの親しい人達が無残にも殺され、その時の記憶がフラッシュバックの様に思い起こされる度、激しい怒りが込み上げてくる。

しかしそれに”身を委ねてはならない・・”アトゥイは首を振った。

”みんなを助けるのだ・・”今の自分になら出来るかもしれない。

そう思うと、今自分がどれほどの事が出来るのか試してみたくなった。

美しく輝く朝日を浴びながら、二三歩調子をとると弾みをつけ飛び上がってみた。

すると、自分の背を遥か超え、二丈(6m)もその身を昇らせたではないか。

着地したアトゥイは足を滑らしよろめいた。

そんな様子を見ていた海竣は、驚き笑いながら

「人目にたつ、ここではやるな」と戒めた。


早朝アトゥイを連れ高舘館を訪れた海竣は、帰ったばかりの弁慶と寝ずに起きて待っていた義経の前で平伏すると話し始めた。

「この様な早朝にまかりこしましたる無礼を深くお詫びいたします」

びりびりに破れた服を着て、筋骨隆々の大男となった半裸のアトゥイは、静かに海竣の後ろに座っている。

大男の顔が少年のままのアトゥイはどこか不自然な感じがしたが、アトゥイの顔立ちはどこか異国めく女性を魅了する端正なもので、それが妙に釣り合っていた。

「いや、事情はわかっておる。気になされな」と義経

「この度は武蔵坊殿に大変お世話になり、なんとお礼を言っていいやら・・・」

弁慶が応える。

「いや間に合いもうさなんだ、許されい」最後の方はアトゥイに向って言った。

アトゥイは黙ってうなずく。

「かような仕儀となったは、我にも責任がある。我からも詫びる。すまぬ」義経は(こうべ)を垂れた。

その義経の顔に、まだ結っていない長い髪がパラリと落ちる。

その妖艶なまでに美しい人間を、いまだかつて見た事のないアトゥイは驚いた。

慌てて海竣が言った。

「もったいない、御曹司にはなんの関わり合いもない事故(ことゆえ)、お気になさらぬ様お願い致しまする」

「しかしあの青瓢箪(あおびょうたん)め、許せぬ、罪なき者達を手にかけさすとは!」と弁慶

「・・・」泰衡の斟酌も解らぬでもない義経は、下知の内容はともかく泰衡を頭から否定する事は出来なかった。

「軍を動かすという事は、血が流れる恐れがある事を泰衡殿は解っておらぬ・・いや、犠牲となった者達の心の痛みが解っておらぬ・・」

義経の言葉に、この惨事の首謀者たる”ヤスヒラ”なる人物に、かける忖度(そんたくなど必要ないと思っていたアトゥイは、複雑な心境で聞いていた。

「連行された人々をどうするつもりか、それとなく泰衡殿から聞き出してみる(ゆえ)、しばらくはここにおりゆっくりするがよい」義経はアトゥイに向って言った。

「皆を今すぐ助け出す」ぶっきらぼうにアトゥイが言った。

慌てて海竣が言った。

「申し訳ありませぬ。この者我らの言葉をよく使えませぬ故、失礼はご容赦くだされ」

「かまわぬ、アトゥイといったな。皆を無事助け出すには機が大切だ。解るか?」

「・・・」

「おぬしらは北に逃れるつもりと聞いた。そうなれば追捕(ついぶ)の軍をまかねばならぬ」

「・・・」

「弁慶の話では、生き残った者の数は二十二人、老人も幼子もいるとの事、その者達を連れ十三湊を目指すには、機を見計らわねばならぬ。解るな。おぬしだけなら今すぐにでも蝦夷へ向えよう。だが二十二人全ての人が犠牲となる事無く、目的地にたどりつくには機も策も必要となろう」

こんこんと諭す義経の言葉には、真摯にアイヌを想う真心が感じられる。

この男は信じられる。そう思わせるなにかが義経にはあった。

アトゥイは焦る気持ちを抑えて頷いた。

「ならば、ここに逗留し機を待つのだ」

「わかった・・」アトゥイは”ヨシツネ”なる男にかけた。

そしてアイヌを助けてくれた”ベンケイ”という男を信じた。

海竣がアトゥイに振り返り言った。

「我は巌鷲周辺を調べてくる。おとなしくしておるのだぞ」

アトゥイの身はイカエラから頼まれている。なんとしても彼らの救出を成し遂げようと海竣は思っている。

アトゥイは頷いた。

少し休むと海竣は高舘館を発って巌鷲に向った。

残されたアトゥイは高舘館の雑色所で、もらった法衣を着て瞑想している。

朝の冷たい空気の中、己の心に深く潜っていた。

ミチが殺される瞬間がいやでも思い起こされる。

湧き上がる憤怒の感情に、内なる声がささやく


復讐しろ・・父の・仇・を討つ・・のだ・・・怒り・を解・放しろ・・・


己を信じ、皆の為に生きるのだ・・

いつまでも耳に残るミチの声・・

アトゥイは湧き上がる感情を静かに受け止める。

自分はミチの仇を討ちたい。この怨みを晴らしたいと思っている・・・

しかしそれは、あくまでも自己満足にすぎぬ・・・

今、俺がすべき事は・・・

”皆の為に生きよ・・”ミチの言葉だ。

そうだ、今俺がすべきは己の感情にまかせて復讐に走る事ではない。

皆を救い出し、アイヌモシリに行く事だ。

それには、

”機を見るが肝要・・”義経の言葉が響く・・

焦る気持ちを抑えて、今は堪えるのみ・・

アトゥイは瞑想しながら、どこか落ち着きを覚えた。

そんなアトゥイの様子を盗み見ていた義経は、”これならば大丈夫・・”と確信を得た。

深き瞑想の海から戻るアトゥイの心を待って話しかけた。

「アトゥイ、こちらに参れ」

「・・・?」瞑想から覚めたアトゥイは立ち上がり、義経について行く。

母屋の一室で座り向き合うと、義経は一本の刀をアトゥイに差し出した。

「これを使わそう」

「・・・?」

舞草刀(もくさとう)業物(わざもの)だ、これから皆を救いだし、蝦夷(北海道)へ逃れるなら戦いは避けられまい」

刀身が三尺(90cm)にも及ぶ、幅広でがっしりとした大刀だった。

「弁慶につかわそうと舞草鍛治(もくさかじ)に依頼した物だが、そなたならば使いこなせよう」

日本刀は平安時代に舞草刀をモデルに完成されたと伝えられる。

舞草鍛治により鍛え上げられる舞草刀は、平泉から日高見川(北上川)をはさんで東に3kmほど行った所にある舞草観音山の地で、作刀を続けた日本で最も古い鍛治集団によりつくられる太刀である。

観音山(舞草山)の地は良質の鉄鉱石を産出した土地で、この山から算出する良質の鉄鉱石を鍛えて作刀された舞草刀は、日本刀の祖として奥州藤原氏の勢力拡大に多大な功績を果たした。

舞草(もくさ)の名は、アイヌ語の礼拝所の意味を持つ「モウクサ」、あるいは集団農地を意味する「モクサ」から来たとされる。

アトゥイは刀を受け取ると、しげしげと見つめた。

鞘から抜くと、通常の刀の1.5倍くらいの幅に美しい刃紋がうかんでいる。

普通の人では振り回すのは困難な重さだが、アトゥイは軽々と持ち上げた。

その様子を見ていた義経は

「それを持ち、ついて参れ」と母屋の外に出た。

陽が上がり暖かみが増した残雪の庭で、義経とアトゥイが向かい合う。

「太刀を抜き、構えてみよ」

もとより、刀など持った事の無いアトゥイは棒立ちで抜刀し、片手で前に突き出した。

義経はこの大刀を軽々と片手で持ち上げたアトゥイに驚いた。

疲れる事もなく、太刀を前に突き出している。

「我を仇と思うて打ち込んでみよ」

言われるがままに大刀を振り上げた。

その時、義経がアトゥイの懐に飛び込んだ。

手には小刀が握られ、アトゥイの首にぴたりとあてられている。

これが実戦なら間違いなく死んでいた・・アトゥイは痛感した。

義経は離れると

「もう一回」と言う

今度は両手で構え、飛び込まれても大丈夫な様に刀の柄を右脇腹に付け、切っ先を顎の前に持ってきた。

「打ち込んでみよ」再び義経が言う。

その状態から勢い良く突いた。

義経はその切っ先を躱し、アトゥイの左側に突っ込み小刀をアトゥイの首筋にぴたりとあてる。

アトゥイはその状態からは瞬時に左に躱した義経を追えない事が解った。

「もう一回」

アトゥイは刀を最初から振りかぶって打ち下ろすのみとした。

「棒立ちだ、力のみにてはただ遅れを取るのみよ」

「膝を少しまげ、腰を落とせ」

言われる通りにすると、体が自由に動くのが解る。

普段の生活では当たり前の様にしている事が、刀を構える事で神経が刀に集中してしまい常の動きが出来なくなる。

「私から攻撃される事を念頭に入れ撃ち込んでみよ」

アトゥイは自然と正眼の構えをとっていた。

義経はなにも教えていないのに、あっという間にここまできた大きな体の少年に驚いた。

(すじ)がいい。それが義経のアトゥイ評だった。

義経はアトゥイの大刀の切っ先を横に払った。

”ギィン”!アトゥイは大きく弾かれバランスを崩す。

おそらく力では自分の方が上だ。なのに義経の太刀裁きにはものすごい力を感じる。

自分より小さな美しいこの男に驚きながらもなぜか嬉しくなってきた。

「己の持つ武器の長所と短所を頭に叩き込み、なにも考えずに動かなければならぬ」

それはいわゆる”てこの原理”で長い切っ先の先端をはらわれた刀は小さな力で動かされてしまう。

「一見遠い間合いから討ちこめる大刀の利点も、懐に飛び込まれれば足枷にしかならぬ」

「ならばどうする?」義経が問うた。

「されば・・」アトゥイは義経から飛び離れ大きく間合いを取った。

アトゥイが狼の様な速さで義経飛び込み、横に逃げられない様に水平に振りきった。

”義経がいない・・”

頭上に風切り音がする。

肩を蹴られた。

アトゥイはバランスを崩し前のめりに倒れた。

義経はアトゥイの上に飛び上がり、斬りかかったアトゥイの右肩を蹴り、大きく飛んだのだ。

着地し振り返った義経は

「今のは良かった。なれど隙が大きすぎる」と言う。

これが実戦ならば、すでに何度も死んでいる。

体が大きくなり力も得、ミチの様に出来るのではないかと自惚れていたアトゥイはうちのめされた。

「俺はまだまだだ・・」うなだれたアトゥイに義経が言った。

「お前が望むなら、我が剣を授けてやろう。我流だがな」

「本当か?」喜び顔を上げるアトゥイ。

「その全てを授けるには時間が足りぬ。時間が許す限り教える故、あとは自分で創意し工夫せよ」と義経

アトゥイは嬉しそうにうなずいた。

「ではまず、体の使い方からだ。私を真似てみよ」


と言うと義経は残雪の庭で肩幅に足を開いた。


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