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鬼の眷属  作者: 上泉護
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アイヌの戦士

暗くなり始めた雪のポンコタンを、燃え上がるチセの炎が赤々と照らし出している。

頬を焦がす業火と白くなる息。

大勢の鎧武者が溢れかえり、雪を血で赤く染め殺戮が続いている。

ポンコタンは阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

「大丈夫か?!」武者が落とした薙刀を拾いながらイカエラがエバロに聞いた。

「イカエラ!みんなが!みんなが!」エバロはこの惨劇で言葉にならない。

オマンレが騎馬武者に囲まれ奮戦している姿が目に入った。

「エバロ、森に隠れていろ!」

そう言うと、オマンレを囲んでいる騎馬武者に向って駆けていくと、一人に斬りかかった。

落馬した武者を乗り越え、次の武者に斬りかかる。

その武者は刀で受けたが、イカエラの膂力(りょりょく)でバランスを崩し落馬する。

落ちたところをイカエラが薙刀で刺した。

三騎の騎馬武者は傷ついたオマンレとイカエラを大きく囲むように回りだす。

薙刀を頭の上に抱える様に持ったイカエラは、武者と馬の呼吸を呼んで

馬の脚を払った。

悲鳴をあげて、馬はバランスを崩し倒れる。

転げ落ちた武者に薙刀を突き立てた。

別の武者が斬りかかってくる。

それを薙刀で受け、力任せに押し込むと武者は落馬した。

イカエラが獅子奮迅の戦いを繰り広げている時、アトゥイはイカエラの言葉に背き、ポンコタンの近くまで来てしまっていた。

海竣もアトゥイの気持ちを考えれば無理からぬ事と、ぎりぎりまでは許したのだ。

木の影からポンコタンを覗き見ると、二百程の兵に蹂躙されチセ(竪穴式住居)は焼かれて多くのアイヌが殺されている。

そのほとんどの人達が解った。

アトゥイにシサム(和人)の言葉を教えてくれたエカシのアヲクタ・・

やさしかったショルラのお母さんのサヒランカ・・

酒が大好きで陽気なおじさんのオプシカ・・

みんないい人だった・・・

アトゥイは涙がこぼれ止まらない。

悲しみの後に突き上げてくるどうしようもない怒りにアトゥイは身悶えた。

”皆が殺されてしまう・・ミチは・・”焦りながらミチを探す。

いた!五人の徒歩武者(かちむしゃ)に囲まれ奮戦している。

手にした薙刀を大きく振り回し威嚇していた。

その後ろにいるのはエカシのアチャポとオマンレだ。

傷つき今にも倒れそうだ。

それを必死にミチが守っているのだ。

ミチの背後から弓をつがえて狙いを定めている武者がいる。

思わずアトゥイは叫んでいた。

「ミチ!後ろ!!」

咄嗟に横に飛んで弓を避けたイカエラ。

イカエラの怪力で吹っ飛ばされる武者達。

数人の武者がアトゥイの声がした方向に向かってくる。

「まずい、逃げるぞ!」海竣がアトゥイを抱えると森の奥へと逃げ込んで行く。

その時・・・

海竣に抱えられながら遠ざかるポンコタンにアトゥイは見た。

背後から迫った徒歩武者がミチの体に薙刀を突き立てるのを

動きを止めたミチが前後左右から一斉に薙刀で串刺しになっている・・・

それでもその薙刀を切り払い、戦い続ける。

二人の鎧武者を斬り倒した。そして・・

ぐらりとミチの大きな体が揺らぎ・・倒れた。

そのイカエラを覆い被さる様に武者達がめった突きにする。

ミチは動かなくなった。

”ミチが死んだ・・ミチが死んだ!・・・ミチが死んだ!!”

・・己の中に声が聞こえる。


復・讐・・しろ・・シ・サム・達を・・皆・殺しに・・する・のだ・・父・の・仇・・をうて・・


アトゥイの中に悲しみと怒りがまるで溶岩の様にぐつぐつと音を立てて溢れ出してくる!


「くっ!ぐぅあぁぁああああああ!」

メリメリと体がうねり、筋肉が膨張していく。

「アトゥイ!負けるな!鬼に負けてはならん!」遠くカイシュンの声が聞こえる。

目がまわり、天地が回転する程の凄まじい目眩(めまい)がアトゥイを襲い、暗い深淵に引きずり込んでいく。

「ぐぅあぁぁああああああ!」

アトゥイの体が大きくなっていく、狼が人を喰らい溜め込んだ”氣”と”五蘊”のエネルギーがアトゥイを巨大化させていく。

いつしかアトゥイは泣いていた。

激情と激痛がアトゥイの五体を満たしていく・・

「ノウマク サンマンダ バザラ ダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」

アトゥイを地面に(おろ)し、錫杖をかざして不動明王の真言を唱えながら、焦った海竣はアトゥイの命を絶とうか悩んだ!

深い・・深い・・深淵に沈んで行く・・海の底に沈んで行くような感覚・・もうなにも見えない・・感じない・・

アトゥイは死を覚悟した。

その時、アトゥイの中で声が響いた。

”お前はお前のままでよい・・・皆の為に生きよ・・・」ミチの声だ・・・

それは雷の様にアトゥイの全身を貫いた。

漆黒の闇の中、まるでその言葉が道標の様にアトゥイを光へと導いている!

泥の様な闇を泳ぎ、ミチの言葉が指し示す光へと力の限り這っていく。

その光に手がかかった。

回転する様な浮遊感と共にアトゥイは我に返った。

「俺は・・・」頭がぐらぐらし全身が(うず)く・・疼きがしびれの様に五体を包んでいる。

アトゥイはその疼きを抑えようとしゃがみこみ自分自身の体を抱いていた。

「アトゥイ・・お前はアトゥイか?」後ろから海竣が問いかけた。

「ミチの声が聞こえた・・俺は俺のままなのか?」

その言葉にはアトゥイの厳然とした意志を感じさせるなにかがあった。

海竣は少し緊張を解くとアトゥイに言った。

「あぁ、お前のままだ!」

アトゥイはゆっくり立ち上がる。立ち上がる途中なのに、すでに海竣の頭の上に視線がある。

すっくと立ち上がったアトゥイは、海竣よりはるかに大きくなっていた。

筋骨隆々となったアトゥイの身の丈は六尺四寸(192cm)ほどにもなっている。

アトゥイの衣服はあちこちびりびりに破れ、盛り上がった筋肉が寒空にむき出しになっていたが、力の源泉からこんこんとエネルギーが湧きあがってきて寒さを感じない。

驚きを隠せない海竣は、あんぐりと口を開けアトゥイを見上げる。

その時、二人を追って来た徒歩武者三人が襲いかかってきた。

アトゥイは狼を思わせる凄まじい速さで大地を駆け、一人の武者を弾き飛ばし、一人を殴り飛ばした。

刀を振り回してきた武者がおそろしく緩慢に動いて見える。

アトゥイは振り下ろした刀を避けると、その武者の顔面に拳を叩き込む。

そいつは糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。

あっという間に三人の完全武装した武者を片付けてしまった。

海竣は驚きを隠せない。

口を開けたままそれを見ていた。

アトゥイが皆を助けようと決死の覚悟でポンコタンに戻ろうとした時、大地を揺るがす大音声が響いた。


「なにをしているか!!!」


二百近い兵がその一喝に驚き動きを止めた。

ポンコタンに巨大な法師が駆け上がってくる。

「武蔵坊だ・・武蔵坊弁慶だ・・・」一人の兵が呟いた。

弁慶は空気を震わす大音声で、

「泰衡殿の命は殺戮であったか?!」二百の兵を率いていた武者を問いただす。

「いや・・引き連れて参れと・・刃向う者は斬って捨てよと・・」武蔵坊の巨体からあふれ出る気力・胆力にたじたじとなって答える。

「刃向こうたのか?!!」

「こちらにも犠牲が出ておりまする」

「先に斬りかかったからではないのか?!」

「いや・・それは・・そのう・・逃げ出そうとしたので・・・」

「先に刀を抜いたのはどちらか?!!いかに!!」

あまりの迫力に辺りが静まりかえる。

「こちらであります・・」

「ではぬしらは泰衡殿の命に背いた事になる!」

「いや!違いもうす!断じて!」

人としての格が違いすぎる為、しどろもどろになり答える。

「では殺戮をやめよ!!!」

「その大喝は二百の兵の下っ腹に”ズンッ”と響いた。

「はっ!」

チセの殆どが焼き払われ焦土と化したポンコタンに、血と煙の臭いに包まれた静寂が訪れた。

武蔵坊は苦々しく辺りを見渡すと、そこには倒れ伏した少年がいた。

それはアトゥイの幼馴染のエモレエの変わり果てた姿であったが、弁慶には知る由もない。

ただ、こんな少年にまで手をかけた兵達に憤怒が湧きあがってくる。

怒りにかられて大暴れしそうになったが、義経の立場を考えると堪えなければならなかった。


木の影からその様子を見守っていたアトゥイは、とりあえず殺戮が終わった事に安堵しながらも、犠牲者を想うと涙が流れた。

湧き上がる悲しみと怒り、ミチを殺された復讐心を懸命に抑えた。

生き残ったアイヌの人々は一か所に集められ縄をうたれている。

人々はシサム(和人)の言葉を解らなかったが、シサムがぶつけてくる感情がどういうものか理解する事は容易(たやす)かった。

鎧武者に取り囲まれた人々は、好奇と偏見、侮蔑に満ちた差別にさらされた。

焼け落ち焦土と化した彼らの故郷で、縄で手を縛られ数珠つなぎに馬で引かれていく。

「卑しい土人共が手を焼かせおって!」

その時兵達は、せまりくる鎌倉軍との戦いに大きな不安と緊張を感じていたのかもしれない。

その不安を掻き消す為に、立場の弱い者を卑下し相対的に己を高めよう、己の地位を少しでも高い物にしようと、本能的にしていたのかもしれない。

鎌倉軍が攻めてきて逆の立場になるかもしれぬ。

そういった不安や緊張が残虐な行為となって現れたのかもしれぬ。

しかし、された方の犠牲と心の傷は消える事は無い。

なぜこのように憎しみを向けられるのか?なぜこんな酷い事をされなければならないのか?

アイヌの人々は戸惑い怒り悲しむばかりだった。

まだ幼女だったソイエは縄で縛られる事は無かったが、両親を殺され放心状態になっていた。

小さなソイエの前に立ちはだかった武者が、

「とろとろするな!列にもどれ!」と怒鳴る。

ソイエは言葉が解らず放心したままだ。

武者がいきなりソイエの頬をおもいっきり張り倒した。

七尺(2m)も飛ばされてソイエは倒れる。

アトゥイが飛び出しそうになるのを海竣が抑えた。

(こら)えるのだ・・」

「卑しい土人の(わっぱ)が!言う事すら聞けぬのか!」

よろよろと立ち上がろうとしているソイエを、石突で叩きつけようとした瞬間!

巨大な丸太の様な腕がその石突を掴んだ。

武者がそれを引こうとするがびくともしない。

ソイエを張り飛ばした武者の頭が弁慶の腰の高さだ。

巨体からあふれ出る気力・胆力に武者は圧倒される。

気押されて後ずさる武者を弁慶は左腕で薙ぎ払うと、武者は三丈(9m)も吹っ飛ばされて動かなくなった。

他の兵達は仲間を助ける事も忘れて呆然と立ち尽くしている。

それには構わずソイエの元に弁慶はしゃがみ込んだ。

それでもソイエが仰ぎ見るほど大きい。

両親を亡くしたであろうこの幼女に、かける言葉を一瞬なくしかけたが、あえて明るく話しかけた。

「お~お~難儀だったのぅ、大事ないか?」手を貸しながら声をかけた。

「肩身の狭い身ゆえ、これ以上の事はしてやれんが、不遇はいつまでも続くものではない、いつか必ず良い日がくるゆえ、耐え忍ぶのだ。よいな。」

いかつい顔でニコッと笑った顔が、なんとも優しく魅力的な男だった。

優しくソイエの肩を押し、列に戻させると武者達に言った。

「よ~く聞けぃ!人を値踏みし!つまらぬ根拠で(さげす)むぬしらの方がよほど卑しいと心得よ!!」

空気を震わす大音声だ。

「彼らを丁重に扱え!よいか!」

「はっ!」

警護の武者達に、

「行けぃ!!」とすさまじい声と顔で命じる。

別に上役でもなんでもない彼の言葉に、弾かれた様に武者達が従った。

アイヌの人達はうちひしがれながらも、不思議な物を見るかの様に弁慶を見上げている。

藤原の武士達は、アイヌの人々をぞんざいに扱うと、弁慶の逆鱗に触れると恐れ、手荒な真似をそれ以後しなくなった。

弁慶は厳しい顔で見送りながら、隙あらばアイヌの人々を救い出し、故郷の地へ返してやろうと考えていた。

引き立てられるアイヌの人々を見送りながら歩み出した弁慶の先に、アイヌの戦士が倒れている。

その体にはいたるところに斬り傷が有り、激しく戦い死んだのであろうと思われた。

弁慶はその戦士にしゃがみ込むと、手を合わせて念仏を唱えた。

誇り高きアイヌの戦士よ・・やすらかに眠れ・・

赤く血に染まった雪のポンコタンに夜のとばりが降りる。

それは力尽き倒れたイカエラの姿だった。


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