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鬼の眷属  作者: 上泉護
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運命の一日

その日・・・

前日降った雪でポンコタンの小高い丘の上は、チセ(竪穴式住居)もオンカミ(礼拝する場所)のカマ(岩盤)も真っ白になっていた。

前日、オンカミではこの地を離れる許しを神に得る為に、ポンコタンの住民全員で、カムイノミ(神に祈る)を行った。

雪が深々と降る中でのリムセ(踊りの儀式)は、あまりにも幻想的で美しく、先祖代々住み続けたこの地を離れる寂しさや不安、新天地への期待と夢が膨らんで、皆が異様な熱気に包まれるほど激しいものとなった。

皆でトノト(酒)を酌み交わし、なけなしの食糧で饗宴を開く。

トノト(酒)はエゾニワトコを主としたクワ・キイチゴの仲間、マタタビ・サルナシのどを乾燥させ、決まった配合で合わせ煮出して作る果実酒で、さらりとした甘さが特徴の酒だ。

それをシト(米やいなきびなどの団子)、プクサラタシケプ(ぎょうじゃにんにくの和え物)、シェモハンエレクシとシッポ(タラ科の魚の塩煮)、ニセウ(どんぐり)の団子などを肴にして飲み明かすのだ。

オンカミのカマでは、エカシ(長老)達によるカムイノミが厳粛にあげられる。

その一方、神と共に飲食がなされ、アペ(火)を中心にタプカラ(舞踏)やイサマネナ(即興歌)、ユークラ(神謡)などの踊りや歌でにぎわう。

エカシもフチ(お婆さん)、男も女も幼子も、そしてまた神も一緒になり饗宴は続く。

踊りに疲れれば酒を飲み、腹が空けば料理を食べ、そしてまた踊り歌い続けるのである。

「人間が楽しめば神もまた楽しい」とされている。

これは神の国と人間の国とが表裏一体の関係である。というアイヌの信仰観からくる考えであろう。

アイヌモシリ(アイヌ民族約束の地)で再び神と会いまみえ、その加護と恵みを得られる様にと饗宴は深夜まで続いた。

この日のポンコタンの朝は、昨夜の熱狂の疲れで静かに幕が開いた。

いつもは朝の早い彼等だったが、三々五々起きだしてきて、イカエラ達の帰りはまだか?と遠い北方に目をやっていた。

エカシの一人アチャポが空を見上げた時、曇天の空に一本の黒い筋の様な雲があり

「不吉な・・・蛇雲が空を這っておる・・・」と呟いた。

しかしアチャポはそれ以上深くは考えない様にした。

エカシのインリッカが皆を指揮して旅支度を進めている。

人数分のチプの天幕、食糧、生活に必要な最低限の道具などをまとめ、カマ(岩盤)の奥にあるひさしの様に突き出た岩の下に納める。

旅立ちの時に忘れ物が無い様にする為だ。

そんな準備であっという間に時間が過ぎ、陽が傾き始め、いつしか夕刻となっていた。

みなが一仕事を終え、ほっとして食事の支度にとりかかった時、それは起こった。


大勢の鎧を着たシサム(和人)達が大挙してポンコタンに押し寄せてきたのだ。

それはさながら津波の様に・・・

その奔流にアイヌの人々は押し流される。

その先頭のシサム(和人)がなにか(わめ)いている。

運悪くシサムの言葉が解るエカシが、祭壇に行っており不在だった。

右往左往するアイヌの人々を押し止め様と取り囲もうとするが、その包囲を抜け出ようとしたイタキマの夫婦がいきなり斬り殺された。

そもそも戦支度をした兵士達は戦いに飢えている。

なおかつ御館(みたち)である泰衡から、斬り殺しても構わぬと許しが出ているのだ。

アイヌを”同じ人間である”という意識を持たない彼らになんの抵抗もなかった。

イタキマの夫婦が斬り殺されたのを機に、男も女も老人も幼子も、容赦なく斬り殺されていく・・

情け容赦のない殺戮が始まったのだ。


陽が暮れ始めた雪原を、ポンコタン近くまで来ていた三人は急ぎ歩いていた。

薄くなった地平線の雲から、赤い夕日が少し見える。

視線を戻した彼らの先、ポンコタンの方角で煙が上がっていた。

それは炊煙であがる様な量ではない。

ポンコタン全てを焼き尽くすほどの煙だ。

この丘を越えればポンコタンが遠目に見える。

イカエラとアトゥイ、海竣は丘を駆け上がり愕然とした。

殆どのチセが燃え上がり、ポンコタンが煙で見えない。

風で流された煙の隙間から、大勢の鎧武者が小さなポンコタンに溢れかえっているのが見える。

数人倒れて動かないアイヌも見える。

一人のアイヌが斬り殺された。

「なっ!?」言葉にならないイカエラとアトゥイ。

海竣は義経が危惧きぐしていた事が現実になってしまった。と(うめ)いた。

イカエラはアトゥイに振り返ると

「お前はここに残れ、よいな」

「なぜ?ミチ、俺も行くよ!」

「ならぬ、お前は常の身ではない。ここに残るのだ」

「カイシュン、アトゥイを頼む」イカエラは海竣の目を見る。

頷く海竣。イカエラはアトゥに向き直ると

「よいか、己を信じ、皆の為に生きろ」と言った。

「ミチ・・・」アトゥイは情けない顔をした。

「よいな、皆の為に生きるのだ」ニコッと笑うと、イカエラは振り返り駆け出す。

大きな父の背中が林の中に消えていく姿を、アトゥイはいつまでも見ていた。


高台にあるポンコタンに行くには、一度沢に降りなければならない。

その沢伝いに切り立った岩が壁の様にそそり立ち、その横をイカエラは駆けて行く。

丘を囲むコナラやクヌギ、アラカシの林を抜けポンコタンに駆け上がった。


その時エバロは、腰の悪い母に頼まれ、ニセウ(どんぐり)を煮詰めた灰汁(あく)を取る為、灰をいれ黒く変色した熱湯を、シュー(土鍋:擦文土器)を傾け捨てていた。

馬のいななきと地響きの様な音で顔を上げると、大勢の鎧を着たシサム(和人)がポンコタンにに駆け上がってくるのが目に入った。

驚き手を滑らしシュー(擦文土器)を炉に落としてしまった。

割れたシューが熱湯とニセウを撒き散らし、熱湯をかぶった焚火から煙と水蒸気がもうもうと立ち上がる。

津波の様な騎馬武者達がそれを避けて、エバロの横をすり抜ける様に駆け抜けて行った。

呆然と立ち尽くすエバロの横で、一騎の騎馬武者が足を止めた。

「大人しくしておれ!」その武者の目は、興奮と自己陶酔で大きく見開かれ異常者を思わせる。

しかしエバロにシサムの言葉は解らない。興奮状態にあるこの武者を刺激しない様にじっとしていた。

するとポンコタンの中央で(わめ)き声が聞こえる。

「土人共!動くな!逃げ出そうとする者には容赦はせぬぞ!よいか!」

そこにいたアイヌの誰もが、言葉の意味を知り得なかった。

イタキマは身重の妻をかばいながら、なにかあっては母胎にさわる。逃げ道はないかと辺りを見回した。

先頭にたった男が声を上げると、全員の注意がそちらに向く、身重の妻に目配せすると、鎧武者に気付かれない様そろりそろりと林の方に向かった。

「貴様!どこに行くか!?」気が付いた武者が馬を走らせ、妻の背をいきなり袈裟がけに斬った。

驚き振り返ったイタキマもその武者は斬り捨てた

「なにをするか!?」驚いたアイヌの人々が二人を助けようと、動きだし騒然となる。

「その場を動くな!動くなと言うが解らぬか!土人共め!」

業を煮やした中央の武者が

「よい!言う事を聞かぬ者は斬って捨てよ!!」

言葉の解らぬアイヌの人々は恐慌にかられて逃げ惑う。

大勢の鎧武者達がそれを追い、容赦なく斬りたてていく。

じっとしていたエバロは、武者と目があった。

武者はニッと笑うと

「ちょうど刀の試し斬りりがしたいと思っていたのだ・・」と言って刀を抜いた。

少年のエバロに刀を振りかぶった。

その時!大きな影が林から飛び出し、その武者を殴り倒した。


「大丈夫か?」イカエラは武者が落とした薙刀を拾いながらエバロに聞いた。

参考文献:縄文文化の扉を開く  国立歴史民俗博物館

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