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鬼の眷属  作者: 上泉護
24/64

弁慶

雪が積もる街並みに、朝日が射しこみ光り輝いている。

その輝きの中で、ひときわ物々しく輝いている場所があった。

平泉館には鎧武者が大勢集まり、遠目からでも鎧の一部が光に反射しキラキラと見える。

「あれはなんの戦支度(いくさじたく)であろうか?」

高舘館から、雪に化粧された平泉の街並みに目をやりながら義経がつぶやいた。

傍らに控えそびえ立つ弁慶が答える。

「はて?ここを攻めるには少々すくなく見えもうすな」となかば本気ともとれる冗談を言った。

「およそ五百といったところであろうか・・まさか?」義経はその美しい顔の眉間にしわを寄せた。

「なんぞ心当たりでも?」

「泰衡殿はアイヌの集落を襲うつもりだ・・・」

「困った青瓢箪(あおびょうたん)でござるな、なんの罪科(つみとが)の無い者達をいかがするつもりか?」

「弁慶、すまぬが彼らを追い、アイヌの者達がひどい目に合わない様にそれとなく取り計らってやってくれ」

「心得て(そうろう)、では支度して参ります」

今ここで義経自身が、泰衡と敵対する様な真似は絶対に出来ない。

弁慶であれば、うまく立ち回ってくれるだろうという絶大な信頼があった。

事、武力と機転の速さにおいて、弁慶には到底敵わないとも思っていた。

彼を配下と出来た戦いも、天がいくつも味方してくれたから勝てたと思っている。

弁慶の太刀裁きやその怪力、今もう一度彼と戦っても勝てる気がしない。

十数年前、弁慶が言った

「これもなにかの宿命なれば、これから先この弁慶傍らにあり、お守り致そう」

はっきりと記憶が甦ってくる。

義経の危機には我が身を(かえり)みず、我を守ってきてくれた・・一の郎党、股肱中の股肱である。

大長巻を小脇に抱え、桂に顔を包み、雪支度をした足で雪を踏みしだき、弁慶が戻ってきた。

「では、行ってきもうす」

「頼んだぞ」

次の瞬間には身の丈七尺(210cm)を超える巨漢が、疾風にも似た速さで走り始めた。

弁慶は彼自身納得しなければ、主君である義経にさえ異議を申し立てる。

それは真に義経を想っての事だから、義経も弁慶の注進には真摯に応える。

弁慶が疾風の様に駆け去ったという事は、弁慶もまた”アイヌ守るべし”との考えである証拠だった。


杉の大木に雪が覆い、くるぶし程度まで積もった雪道を足早に歩く三人の姿がある。

イカエラ、海竣、アトゥイはニセイヌプリ(現和賀岳)の麓まで帰ってきていた。

気がせく彼らは、日も明けぬうちにチプを撤収し、感覚がなくなるほど冷たくなった足を休ませる事無くポンコタンへ急いでいた。

ふとアトゥイが立ち止まり、空を見上げた。

「多くの馬のいななきが聞こえる・・」

イカエラと海竣が振り返りアトゥイを見る。

「どちらの方向からか解るか?」とイカエラ

雄大な白き山岳には朝日が射し、神々しいまでの気高さがある。

アトゥイが指差した方向は、まさにポンコタンの方向だった。

「嫌な予感がする・・急ごう」イカエラが駆け出した。

海竣とアトゥイもそれに続く。

走りながら海竣はアトゥイに話しかけた。

「アトゥイ、よいか心するのだ。なにを見ても心動かしてはならぬ、激情は鬼の思うつぼぞ」

アトゥイは黙ってうなずく。

イカエラも言った。

「アトゥイ、お前はラメトクある男だ。皆を救い、皆の為に生きるのだ!」

「わかった」アトゥイの走りは徐々に力強いものになっていく。

三人は雪原をひた走った。


雪の森をすさまじい勢いで駆けながら、五百の軍勢につかず離れず追跡していた弁慶を、背後からいきなり何かが襲った。

弁慶はその巨体からは考えらないほど素早く()ける。

透明な糸の様な物が一本ぴんと張った。

振り返ると、そこには異様なものがいた。

脚を広げれば二丈(6m)にもなろうかという、巨大な蜘蛛の様にも見える強固な外殻をもった赤黒い蟹の様な生物。

複数の目のいくつかが潰れていた。

「はて、面白き生き物もいるものよ、わしになにか用かの?」

長い後ろ脚をシャカシャカと動かし、二本の巨大なハサミを前後に振っている。

そいつが弁慶に糸を吐き出した!

その糸を避けようともせずに左手で掴んだ。

「蟹に見えるが蜘蛛のごとき芸当、次は何を見せるか?はっはっは!」

蟹は四本の足に力を込め、弁慶を引っ張ろうとする。

「どれ、綱引きしようぞ」言ったかと思うと、無造作に糸を引っ張った。

蟹はそのすさまじい力に引っ張られ前につんのめり、慌てて体勢を保とうと堪えながらも弁慶に引きずられていく。

「これほど大きければ沢蟹でも喰いでがあろうかの?わっはっはっは」

その時!またも背後からなにかが投げつけられてきた。

それを大長巻で叩き落す。

”ギィン!”それは長さ一尺程の(なた)だった。

投げつけてきたのは、身の丈五尺(150cm)ほどの中年の農夫。

その目が赤く光っている。

蟹をグイグイと引っ張りながら、農夫に目をやった弁慶が

「おぬしらか”鬼”と言うは、おもしろいが物足りないのう」

蟹にしても驚いた事だろう。たかが人間ごときに引きずられ様とは・・

このままでは大長巻にやられると思ったか、自ら糸を吹き出し弁慶の呪縛から逃れた。

弁慶は仁王立ちして、挟み込み彼の周りを回り始めた蟹と農夫を注視している。

「やれやれ、おぬしらと遊んでおる暇はない、攻めるか逃げるか早く決めろ」

蟹がその巨大なハサミで襲いかかってきた!

無造作にそのハサミを掴むと、足で蟹の顔を踏みつけハサミの腕ごと引き千切り蹴り飛ばす。

そのまま後ろから襲いかかろうとした農夫にハサミを投げつけた。

巨大な蟹のハサミに”グシャッ”と潰れるように、三丈(9m)も農夫は吹っ飛ばされる。

”ドンッ”大長巻で蟹のもう一方のハサミを斬り落とすと、蟹は悲鳴とも思われる高い音をだした。

「ギィィイイイィイィイイ」その声はカチカチと聞こえる。

「なんぞ気の毒になってきおった。そうそうに引導を渡してやろうわぃ」

その大長巻は彼が特注で作らせた物で、普通の人間では両手で持ち上げるのも困難な重さだ。

柄程もある刃の長さで、分厚くそして大きい。

彼しか扱う事の出来ない大長巻で、”ズドンッ”と蟹を真っ二つにした。

農夫はハサミの下から抜け出すと、(ましら)の如く木に登り、遥か大枝の上から弁慶を見下ろした。

その顔は怒りにゆがみ目が爛々と赤く光っている。

「用がなければ行くぞ猿」

背を向けた弁慶に、そいつがすさまじい速さで襲いかかって来た。

瞬時に振り返った弁慶もまた速い。

”ズドンッ”弁慶の剛刀が一閃し杉を切り倒す。

そいつは僅かの差でその切っ先をかわし飛びのいた。

音をたてて杉の木が倒れていく。

倒れた杉をはさんで弁慶とそいつが対峙した。

「猿、それだけか?」

そいつは怒りの形相で吠える。

「がぁあああぁあああああ!」

口から牙がめりめりと伸び、筋肉が膨張し体が大きくなっていく!

恐らくイカエラ・海竣との戦いのあと、人を幾人も喰らって”氣”と五蘊を取り込んだのだ。

小さかった農夫の体を包んでいた、ぼろ雑巾の様な服がビリビリと破れ半裸の状態になる。

今や身の丈六尺を超え、筋骨隆々になった農夫の膝や足の骨が、皮膚を突出し頭には角が生えてくる。

角の生える場所が異様だった。

それは右側頭部後ろ側にいびつに突き出してくる。

(よだれ)を撒き散らしながら吠えた。

「グゥアアアアアアア!ガァアア!」

「ほう、おもしろいわぇ、鬼らしくなったではないか」

まさに鬼と化した農夫は倒れた杉を掴み、空気を震わせながら振り回し始めた。

勢いをつけると弁慶に打ち込んでくる。

”バシッ”それを片手で受け止めると、

「ほれよ」と杉の木を持ったそいつをからだごと回し始めた。

遠心力に耐えられなくなり、手を放したそいつは、遠くへ飛ばされ転がった。

弁慶が疾風の様にそいつに駆け向い、大長巻を一閃する。

”スドンッ”

立ち上がろうとした異形と化した農夫の胴を真っ二つにした。

上半身と下半身が回転しながら飛ばされ転がり、雪の大地を赤く染める。

一丈(3m)ほど転がった上半身が内臓を引きずりながら逃げようとしている。

あまりの光景に弁慶は胸糞が悪くなった。

「気色の悪い奴め、」

大長巻で首をすっ飛ばした。

動かなくなったそいつから離れ、念の為蟹の様子を見に行く。

蟹は左右二つになりピクピクとしていたが、そのうち動かなくなった。

もう大丈夫だろうと判断し、弁慶は急ぎ軍勢を探すが見当たらない。

「出遅れたか!」

雪に残った行軍の跡を頼りに駆けに駆けた。

弁慶が駆け去った後、血まみれの蟹の胴体と農夫の体から青い燐光が浮いて出て来た。

それはフワフワと漂いながら、森の中に消えて行く。


陽光にぬくもりを感じ始めた雪の森に、遠く何かの獣の声が響いた。


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