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鬼の眷属  作者: 上泉護
23/64

相克

深々と降る雪が、絢爛豪華な仏閣や邸宅群を白く化粧し、平泉の街並みは幻想的なまでに美しかった。

雪が積もる事で、昨日までの朝の冷え込みが緩み、常とは違う朝の静けさが彌彌雪(いややゆき)(屋根の上に積もる雪の事)を思わせた。

鼻の奥がツンとする様な空気の冷たさで、藤原泰衡は目を覚ました。

”今日もあの御前会議に出なければならないのか・・・”泰衡は寝床で憂鬱な気分になった。

御前とはもちろん”結惟の方”の事である。

なにか口実を設けて欠席できないものか・・・

欠席したらしたで、平泉の行く末をいい様に決められてしまう恐れと苛立ちがあった。

しぶしぶ寝床から起き出した泰衡は、宿直(とのい)の家人に声を掛けた。

「今日は少し寒さが緩んだ様だ。雪でも積もっておるのか?」家人がすぐさま答える。

「お早うございまする。夜半から降り出した雪で、外は銀世界になっておりまする」

「まことか・・今年は早かったのぅ」

「はっ」

夢見草(ゆめみぐさ)(桜)が待ち遠しい・・」

「はっ、色味草(いろみぐさ)(紅葉)が終わったばかりにて、しばらく時がかかろうかと・・」

「そんな事は解っておるわ!起きる、用意いたせ」無粋な家人の言葉に少々苛立ちを覚えて怒鳴りつけた。


半刻程の後、伽羅の御所の相の間に泰衡の姿を見出す事が出来る。

伽羅の御所とはその名の通り、贅沢な伽羅の沈香が絶えず焚かれ、密の様な甘さと、どこかほろ苦い馥郁たる芳香が朝の冷気に漂っていた。

寒い時期の伽羅の香りはまた格別だ・・全身を突き抜ける様な芳香にひたりながら、これから更に半刻後に予定されている”御前会議”について泰衡は思った。

どうあっても嫌な想いをするだろう場所には、誰よりも先に行って心と受け答えの準備をして当るが肝要。

そして御館である自分が皆より先に行っていれば、少しは婆様の機嫌も良くなろう・・

そう思うと一刻も早く平泉館に行かなければ・・という思いに突き動かされ、朝食をさっさと済ませると、少々早めに平泉館に赴いた。

すると平泉館には既に義経が来ていて、なにやら地図らしき物を見ている。

泰衡はふと今朝方、無粋な家人との会話を思い出し、義経ならどう答えるか?と興味を持った。

そこで「今朝は夜半からの雪でとんだ銀世界となりもうした、夢見草(ゆめみぐさ)(桜)が待ち遠しい」と声をかけた。

地図に集中していて泰衡に気付かなかった義経が振り返って

「交易船に乗り日の本を離れ南へ行くと常夏の島が有り、色とりどりの花々が今の時期も咲乱れているという。

常日頃から見られる花々より、春を迎え一瞬の時に咲き誇り散っていく夢見草にこそ、真の美しさがあろうと言うもの、我もまた待ち遠しい・・」

いかにも武骨な義経らしい答えではあったが、泰衡の頬を南の風がなぶる様な心地良さを覚えた。

その答えは確かに武骨な物であったが、風雅であり優雅でもあり、不意に言われた問いともいえぬ問いかけに対し、この様な返答をするこの男に

”なにをやってもかなわぬ・・”という絶望感を(いだ)かされた。

もちろん義経にそんなつもりは毛頭ない。

珍しく自分に話しかけてきた泰衡に対し、泰衡の言葉の返答として瞬時に応えたにすぎない。

しかし泰衡には強い劣等感を更に強く心に刻まれた思いが残った。

「御館、御覧(ごろう)じられよ。鎌倉軍の進攻経路から迎撃する場所を(おもんばか)ってみた」

泰衡にとってこの手の軍事話は苦手で、欠伸が出そうになるのを噛み殺し、あえて興味があるかの様に振舞った。

「鎌倉軍は軍勢を大手軍・東海道軍・北陸道軍の三軍に分けて進攻してくると思われる。

頼朝率いる大手軍は鎌倉街道中路から下野国を経て奥州方面へ、東海道軍は常陸国や下総国の武士団と共に岩城岩崎方面へ、北陸道軍は越後国から日本海沿いを出羽方面へそれぞれ進軍してこよう」

「なぜ軍勢を三つに分け、頼朝が下野から来るとお解りになる?」と泰衡

「一つ、衆寡敵せぬ軍勢にとって、包囲殲滅は戦略の基本である事」

「二つ、いまだ腹の決めかねている全国の諸将に、大勢が決している事を強く印象づける為」

「すなわち、現在囚人として扱われている城長茂(じょうながもち)(越後国の武将)を同行させ、越後の軍勢を参集させ、常陸の佐竹秀義には大軍を間近に見せる事で圧力をかけ参陣させる。

かつて敵対した二大御雄族である城氏、佐竹氏を従える事で、この戦いの趨勢は決まったと思わせる狙い」

「鎌倉にとって最後の大敵を、諸国の武家をまとめ上げ討ち滅ぼそうとするは必定。

そしてその二つの軍勢を棟梁である頼朝自身が参集、統括させるには大手軍がもっとも都合がよろしい」

「我が方はいかにすれば良いと?」と泰衡

「我らも軍勢を三つに分け、各五万を振り分け、平泉の守りに二万を残す」

「鎌倉軍はいかほどの陣容になると思われる?」

「おそらく二十八万騎程度になろう」

「我らより十万も多い?勝ち目などないではないか!それを三つに分けるのだから、一軍は九万となり各軍は倍近い敵を迎え討たねばならぬ、無理だ!」泰衡は興奮気味に言った。

それに対し義経はあくまでも冷静に

「よろしいか?むこうは長陣で補給線が伸び、こちらは要所に砦を築き守りを固められる。勝手の知った自国の領地での戦いで、いかようにも戦えよう」

珍しく義経と泰衡が二人のみで顔を突き合わせ密談している姿を、後から来た藤原一門の人々は興味と喜びの眼差しで見た。

もっともそれを素直に表したのが三男忠衡で

「御免下され」と二人の会話を邪魔しない様に小声で声を掛けると、地図を三人で囲む様に座った。

後から来た面々もそれに(なら)い、地図を中心に円座となって座る。

義経は軽く会釈すると話を続けた。

「北陸道は国衡殿、東海道は忠衡殿に大将となって頂き、それぞれの副将に通衡、頼衡殿。

高衡殿には海の守りの要として、塩釜の湊を固めてもらい、そして下野にはそれがしを任せて頂きたい」

国衡と忠衡は目を輝かせ嬉しそうに頷き、通衡と頼衡も楽しそうに頷いた。

「それがしは?」と軍事にまるで自信のない泰衡は心配になって聞いた。

「御館は泰然と平泉で構えていてもらいたい。総大将は悠然と構えておるが諸侯の抑えとなり申す」

「北陸道軍と東海道軍は構えて大戦(おおいくさ)にならない様心がけ、要所要所に防衛線を二重にも三重にも引いて、こちらの圧倒的有利な砦防衛でのみ戦い、破られそうになったら、すみやかに撤退し次の防衛線で待ち構える。

奇襲と撤退を繰り返しながら、渡河や敵に不利な地理的条件で布陣し時を稼ぐ。

これを繰り返す事で自軍の被害を最小限に抑え、敵軍を疲弊させ時間を稼いでもらいたい。

搦め手として別働隊を組織し、伸びきった補給線を奇襲し兵糧を焼き払い、敵軍を干上がらせる。

そうなれば大軍であればあるほど不利な状況になるというもの」

「なるほど・・・・」一同感心しきりであった。

「我はその隙に大手軍との決戦で雌雄を決し、頼朝の首をあげる事は確約できぬが、本体を退却させて見せもうそう」

「もし頼朝が他の経路を通る、もしくは鎌倉から動かなかった場合いかがお考えか?」と国衡。

「その時はそのまま鎌倉に攻め込めばよろしい。

歴史の浅い鎌倉は、頼朝あっての政権。頼朝さえ討てばその(かなめ)を失い、崩壊しましょう。

仮に頼朝を討ち損じても、鎌倉を焼き払い兵糧を断てば、兵の士気は大きく落ち、慌てて鎌倉に戻ってきた軍勢を、各個挟撃すればよろしい。

大勢が不透明になれば、諸国の武家の足並みも狂い、こちら側へ引き込む隙も生まれよう。

それには追撃の速度と、時が肝要になってきもうす」

「具体的な戦の心得を御享受頂けませぬか?」と忠衡

義経はまっすぐ忠衡を見ると頷いた。

「軍勢とは水の様にしなやかに形を変え、天と地と人を知り、時を見間違えさえしなければ負ける事はござらん」

「それは言い過ぎと言うもの、ははは」と泰衡は負け惜しみで言った。

「勝てぬ戦はしなければよいという事」義経は厳然と言った。

「して、実際にはいかようにすればよろしいのですか?」と頼衡

義経は滔々と語り始めた。

「戦地には必ず敵より先に到着し、有利な地に布陣して、作戦の立案は天地人そして時を深慮したてる。

まずは天、気象は戦の趨勢に大きな影響を与えもうす。

霧は味方の軍勢を隠し、雨は軍を動かす音を消す。

雨や霧は軍勢の動きを隠すに堅牢な天の助け、その機を利用し奇襲をかけたり、強い風あらば、風上から火計をうつもよいであろう。

闇夜に奇襲をかける場合、同士討ちを避ける為、合言葉を決め全ての兵に徹底しておくとよい。

天の時とはなにも気象ばかりの事ではなく、世や万物の流れを言う。

それらの時期を的確につかみ戦略に組み込む事こそ大事。

そして地、例えば敵より高地から討ちかかれば勢いが増し敵を圧倒し、狭隘の地では軍勢が細長くなり本陣が手薄となる。

奇襲をかけるに絶好の場所であるが、敵も用心している為なかなか成功しない。

また敵の渡河を狙って(せき)をきり水計をかけたり、足場の悪い沼地に敵を誘い出し矢を射かける。

時が有れば(ほり)幾重(いくえ)にもめぐらせれば、堅牢な砦となりもうそう。

戦場の地理地形を熟知し、臨機応変に策をたてるが大事。

そして人、かりに一軍を梶原景時が率いていたとする。

かの人は、勇猛にして恐れ知らずなれど、短慮にて激情で事を決する性である。

なれば、釣り込みにより要地へと誘い出し、痛打を加える策が有効となりもうす。

それが北条時政であれば、冷静沈着、用心に事を運ぶ為、こちらが攻める姿勢を取り続けながら、のらりくらりと時間を稼ぐ策が有効となりもうそう。

軍を率いる大将の性質を知り、それに合わせた戦略を練る事が大事。

そして忘れてなならないのが”時”である。

敵味方の進軍速度や進発時間、会敵する場所を逆算し有利な地での戦いに誘導したり、朝廷を動かし時を稼いだり、停戦に持ち込むもよし。

長の対陣は兵糧を食い潰し、(いくさ)どころではなくなりもうそう。

それに比べ我が方の兵糧は潤沢。

ときに”時”は最大の味方ともなる」

「なるほど・・」目を輝かせる様に忠衡は感心している。

「奇襲と撤退を繰り返しながら、渡河や敵に不利な地理的条件で戦い時を稼ぐ、こちら側の全貌はひた隠し、敵に猜疑の心を芽生えさせ、進軍を鈍らせる。

天の声を聞き、地の利を知り、人(大将や兵)の心の隙をつき、時を推し量り策をたてれば、数に劣ろうとも負ける事はありもうさぬ」

いつしか国衡、忠衡、通衡、頼衡も地図を囲んで前のめりになり、それを覗き込んでいた。

その姿は、藤原一門が一枚岩であると誤認させるほど良いものであった。

頼衡が尊敬する義経の言葉に

「もう九郎殿に任せておけば大船に乗った気分じゃ!方々安心めされよ!」と大声で言った。

いつの間にか結惟の方と藤原基成も来ていて、藤原兄弟と義経の様子を頼もしげに見ていた。

今までニコニコとその様子を見守っていた結惟の方が、その場の空気を凍りつかせる一言を言い放った。

「どうじゃ泰衡、この際九郎殿に奥州の全権を任せて、おぬしは好きな文芸の道にでもいそしんでみては?」

誰よりも凍りついたのは泰衡で、即座に義経が割って入った。

「なりません!この奥州の御館は泰衡殿と決まっておりもうす。

大恩ある藤原の方々に報いられれば、それがしはそれで十分。

この戦に勝利し平泉が安泰となれば、全ての職を捨て、隠遁する所存。

これから藤原中興の祖となるにふさわしいは泰衡殿でそれがしではござらん!

それがしなど、戦なき世には無用の長物。

隠遁後また戦の世となれば呼んで頂ければよい!」

義経の迫力に、さしもの結惟の方も圧倒され口をつぐんだ。

しかし、そういった義経の所も結惟の方は気にいっていたのだ。

珍しくバツの悪そうな顔をして、すまなさそうに引き下がった。

しかしその場にいた誰もが感じたのは、いざともなれば厄介者の結惟の方でさえ抑え込んでしまう器量。

”やはり奥州の御館は九郎殿こそふさわしい・・”という事だった。


何事もなかったかの様に伽羅の御所に戻ってきた泰衡であったが、一人きりになると突然叫んだ。

「あの婆ぁあ!!」

劣等感に(さいな)まれていた泰衡を、最後の所で支えていたのは己が奥州の最高権力者である。という一事につきる。

それを”あの婆ぁ”は奪い去ろうとした!という事である。

泰衡はしばらく壁を(にら)みつけたまま動かなかった。

その時、以前からアイヌの動向を探らせていた郎党が戻り報告に現れた。

「なにか!?」泰衡の尋常ならざる様子に驚きながらも、急ぎ報告した。

「アイヌの者どもが出発の準備を進めております」

「なにぃ!」ギリギリと泰衡の眉間に血管が浮き出る。

今の泰衡は己の立場に執着していたと言えよう。

「五百の兵でアイヌの者どもを引き連れてまいれ!容赦はいらぬ、抵抗する者は斬り捨てよ!」

「はっ!」郎党は泰衡の剣幕に驚き急ぎ出て行った。

怒りのおさまらない泰衡は床を”ドンッ”と叩いた。


雪がやんだ平泉の街は、陽が隠れ雪国特有の薄暗い一日が過ぎていった。


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