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鬼の眷属  作者: 上泉護
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瞑想

陽の傾きと共に多くなった雲から、チラチラと雪が舞い始め、木々の間からこぼれる様に地面に落ちてはすぐに消えた。

アトゥイの体調の事を考えて、早めにチプを設営したイカエラは、海竣とアトゥイを残し狩りに出た。

いつ何時”鬼”共が襲ってこないとも限らないので、あまり遠く離れない様気をつけた。

チプの中で焚火を()こした海竣とアトゥイは、早速、海竣のいう瞑想方法を試す事にした。

「くどい様だが、まずは呼吸法で氣血(きけつ)を整えるのが先だ。でないと、その後の瞑想が無駄になるだけだからな」と海竣は前置きした。

「背を伸ばすように横になるのだ」

素直にアトゥイは従い目を閉じた。

「へその下指三本ぐらいの所にある丹田をまずは意識しろ」アトゥイは集中する。

「十数えつつ鼻で吸い込み丹田に空気を落としながら・・止めて五つ数える」

アトゥイが五つ数えるタイミングを見計らって海竣は続ける。

「口から少しずつ吐き出せ。丹田にためた空気を全て吐き出すまで、ゆっくりとだ」

アトゥイは目が回る様な感覚を覚えるのと同時に、どこか落ち着かなかった腹の居所とでも言うべき焦燥感が少し無くなった様な気がした。

「もう一回だ」

アトゥイはもう一度繰り返した。

すると今度は意識と記憶が一瞬飛んだ様な感覚があった。

”今何をしていたのか?・・あぁそうだ・・カイシュンの言う呼吸法を試しているんだ・・”

どこか遠い所でカイシュンの声がする。

「もう一回だ。なにも考えるな」

更にもう一度繰り返す。

今度は本当に一瞬だが気を失った様だ。

漆黒の闇が目の前に広がっている。

しかし、不安や恐怖、焦燥感がすっぽりと抜け落ちている。

「もう一回」

更にもう一回繰り返す。

今度は手足のしびれの様な感覚が脳内に広がり、その(しび)れがとれるまで、かなりの時間を要した。

”これは・・・”心が解放される様な喜びを感じながら意識が戻っていく。

「そのまま目を瞑ったまま、心に想い描くのだ」

「今、お前の心の中に海がある。それは波立っているが・・・それは激しくうねっているか?・・それとも静かなさざ波か?」

「静かだ・・静かな波だ・・・」アトゥイはぼんやりと答えた。

「では少しずつその海に足をつけ・・胴をいれ・・頭までトプンッと沈めるのだ」

おもしろい事に我が心の中に自らの体を想像する事が出来、アトゥイは光景としてそれをとらえる事が出来た。

「少しずつ・・少しずつ・・潜っていけ・・なにか見えてきたか?」

「なにか見えてきた・・これは・・今朝食べた玄米粥だ・・・」

アトゥイは海竣に言われるまま、己の心の内に潜って行った。

深い深い漆黒の闇、それはどこまでもどこまでも続き果てが無い・・

しかし、その漆黒の闇の中に漂う記憶がある。

近づいてみると、それはなんて事の無い記憶・・岩だ・・巌鷲山で見た岩だ。

その時は・・そうだ・・なんか熊の頭の様な形をしている・・そう思った。

その程度の思考をしただけで、覚えておこうなどと考えたものではなかった筈だ・・

それが今己の心の中を漂っている。

”不思議だ・・取るに足らない記憶なのに・・”

その記憶をやり過ごすと、今度見えてきたのは・・

焚火だ・・そういつだったか・・拾ってきた枝をくべた時、いい香りがしたんだ・・なんの木だったのか・・・

煙からなんともいえない花の様な香り・・

今度は・・これは鮎だ・・釣竿を垂れている。

水面に光りが反射して、眩しかった・・ただそれだけの記憶・・

アトゥイの瞑想を邪魔しない様に、カイシュンの小さな声が聞こえる・・

「潜って行った先に、(たま)の様な物が見えてこないか?」

目を凝らしながら、アトゥイは自分の心の中に潜っていく。

うっすらと見えてきたのは玉の様な物体、それが深淵の闇に浮いている。

「見えてきた・・」

「それはお前の心だ、着地しろ」

”これが我が心か・・なんと小さい事か・・”

「その(たま)の外殻は、お前が周りの者達に対して、自分の心を守る為に自ら覆った自己保身の殻だ」

着地すると、心のささくれの様にかすかに痛む感覚があった。

「その心の殻はささくれだっていないか?」海竣の声は小さい。

「ささくれだっている。ちょっとだけ痛みを感じる様だ・・・」

「手をかざして治癒(ちゆ)させるのだ、そこにいるお前はなんでも出来る」

心の中のアトゥイは手をかざすと、そこから細かい気泡の様な物が吹き出してくる。

このささくれは・・エカシに言われた一言だ・・

「アトゥイ、ミチの様な強い男になってポンコタンの皆を守ってくれ・・」

自分はこの言葉に傷ついていたのか?・・期待をかけてくれたエカシに・・

自分には到底ミチの様に強い男にはなれない。解っているだけその期待が重たかったのだ・・

その時、海竣の言葉が響いた。

「お前自身の事を否定してはならん。お前がそう思うには訳があったはずだ、お前がお前である事には、必ずなにかしらの意味がある。今のお前はそれでいいのだ」

ミチによく言われた・・「お前はお前のままでよい」と・・

手をかざした場所から噴出す細かい気泡と共に、ささくれだった心の痛みが消えていく感覚を覚えた。

「その場所が治癒できたら、別の場所だ」

場所を移動して手をかざしてみる。

イセポ(うさぎ)の記憶だった。

”これは森で助けた怪我をしたイセポ(うさぎ)だ・・”

岩場に落ちて身動きが出来なくなっていた・・

可哀そうになって助けてやったんだ・・

「もう、ポンペ(幼児)じゃないんだからしっかりしなさい!」

ヌマテの顔と声がいきなり被さってきた。

”ザクリ”と心の殻が破れ、パックリと割れた場所から強い心の痛みを感じる・・

その傷口から心の内が吹き出してくる様な気がした。

こんな大した事の無い会話の一部が、心のささくれとなって我が心を傷つけているとは・・・

アトゥイは驚いた。

その言葉に自分は大きく傷ついていたのだ・・・

大した事の無い会話の一部でしかなかった事が・・

手をかざし噴き出す気泡と共に傷口が塞がっていき、痛みが薄らいでいく。

少しすると傷口は完全に塞がったが、まだその傷のまわりが赤くはれている。

それを丹念に手をかざし治癒させていく。

赤く腫れていた患部は完全に治り、痛みも消えた。

「その心の中のお前は最強だ。なんでも出来る。なぜならお前の心の中だからな」

その漂う記憶も、心の殻にへばりついている泥の様な記憶も、全て焼き払うのだ」

アトゥイは心の中の我が手に火を想い描いた。

その手から噴出される炎が漂う記憶を焼き払っていく。

漂流している記憶を全て焼き払うと、今度は心の殻の、泥の様な記憶を焼き払った。

「その焼き払った心の中の灰を、体の外に捨てるのだ・・

お前の心の中に”栓”が有るはずだ、その”栓”は絶えず不要な記憶を外に吐き出す様になっているが、その”栓”がつまってはいないか?」

アトゥイは探した・・あった・・泥とも落ち葉ともいえぬ様な物が覆い被さって塞がっている。

「その”栓”に覆い被さっている物を焼き払い、(へり)に付着している物を叩き落すのだ」

言われるままにアトゥイは想い描いた。

「それは右の足のつま先から体外へ排出される。心の中の灰を全て掃き出させるのだ」

アトゥイは言われるままにすると、心が軽く感じられてきて、心の”重み”が無くなった様な気がした。

「終わったら、心の深海から浮上するのだ、ゆっくりと・・」

「心の水面(みなも)の波は()いでおるだろう・・」

「以上だ」海竣の声で目を開いた。

”なぜだろう、世界が別の物の様に見える・・”

あまりの心地良さに眠りそうになったほどだ・・

現実世界に戻ったアトゥイに、海竣が通常の声音で話しかけた。

「これは定期的に行う事で、より深く自らの心を知る事が出来るだろう」

「まぁ最初にしては上出来だ。飯の支度をしよう」

そう言うと焚火に向き直り、玄米粥を作り始めた。

チプの外を覗くと、雪が深々と降り始めている。

ミチが帰ってきた、獲物は無かった様だ・・・



暗い暗い闇なのに、はっきりと木々や山々、世界が見える。

不思議だ・・月もない闇夜になぜこんなによく見えるのか?・・

これは夢なのか?・・

なぜか自分が地面に顔を近づけ臭いをかいでいる。

土と汗と尿が混ざった様な・・獣の臭いがする。

すると、それはまるでその匂いが陽炎の如く、森の奥に続いているのが見えるのだ・・

すごい速さで木々の間を駆け抜ける。

いた!あれはイタチだ!喜びにも似たなにかが五体を貫いた。

しばらく追いつ追われつした後、狼の前足に引掛けられたイタチは転がり、瞬時に牙をたてた。

すると、甘い・・そうまるで甘美な果実を味わうかの様に、イタチの血が口に広がったのだ。

これは・・・狼の記憶・・

狼が狩りをしている時の記憶だ・・・

アトゥイは暖かいチプの中で夢を見ていた。

狼の記憶の夢を・・・



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