その七
辺りは日が暮れそうだった。逢魔が時というのだろうか。男は必死で捜していた。自分の罪を見た少女を。しかし、何処へ行ったものか完全に見失ってしまった。それでも諦めるわけにはいかなかった。もしかしたら、今度こそ番所に向かったかもしれない。ならば、このまま何処かへ逃げてしまった方が良いのではないか。そんなことを考えていた、其の時だった。
風が吹いた。
白と赤。
男の目に飛び込んできたそれは一瞬笑った様に見えたかと思うと、すぐ傍の路地へと入って行く。慌てて後を追う。同じく路地へ駆け込む。その先にそれは居た。
それは別段走るわけでもなく、ゆっくりと歩いている。
――気付かれていないのか。ならば、このまま後を尾けて二人揃った所で。仮令もう一人が居なくとも殺す前に居場所を聞き出せばよい。
既に逃げようという考えは頭の中から消えていた。
そして適当な距離を取り、気付かれぬように後を追う。
気がつけば段々と人通りの少ない方へと入って行く。男は思ったに違いない。
――好都合だ、と。
着いた其処は。
人気の無い。
古びた神社。
それは、戸の前に立ち、其処へ入ろうとする。男が飛び出る。近づく。
それはゆっくりと振り返る。そして。
――うちのお母ちゃん怒らせたら怖いでぇ。
にやりと笑い中へ入って行く。
―今、母と言ったか。真逆、既に親に告げたのか。それにしては役人が居る気配もない。ならばその親ごと殺せば。
男は懐から少女から奪った匕首を取り出す。
ばんっ、と男が勢い良く戸を開け中に入る。中は薄暗い。誰も居ない。確かに今少女が入っていった筈。しかし居ない。
じっと眼を凝らす。一番奥。其処に誰か居る。蹲っている。女。これが母か。ならば娘は――隠したか。
ゆっくりと女に近づく。女は動かない。戸と女の調度真ん中に来た辺りで女がゆっくりと立ち上がる。顔は良く見えない。そして近づいて来る。
どうやら脚が悪いのか、足を引き摺っているのか、動きが変だ。
――如何して。
女が口を開く。
刹那よろける様にして女が男に持たれかかる。男はびくっとして身を引こうとするが、女の片手がそれを許さない。そして。
――如何して私を殺した。
かっ、と男の顔を覗きこみむ。
刹那、叫び声と共に女の手を振り払い男が後ずさる。
「ま、真逆、お前は――」
――否、否否否!そんな筈は無い!於駒はもう殺した!
そ、そうだ、これはきっと誰かが嵌めようとしいているんだ!
そうでなければ・・・死んだ人間が化けて出るなど――。
男が考え直し、正体を暴こうと女に掴みかかろうとした瞬間だった。
――ごとり。
何かが落ちた音だった。
男が音のした方――女の足元――を見る。
其処に落ちていたのは紛れも無い、腕だった。女がさらに近づく。
――如何して。
ぎゃぁあああああああ!
叫びながら戸の方へ走り出し、逃げ出そうとする。
戸に手をかけ、一気に開ける。外はまだ日が落ちきっていない。
外に出さえすれば!
そう思った瞬間だった。何かに躓き、勢い良く転ぶ。
そして転んだ拍子に、己の持っていた匕首で胸を刺した。
そして死の間際になって、何が自分の邪魔をしたのか見ようとする。
男が最後に見た物。それは於駒の足だった。
『・・・葦は神さんの懐の尺度を現しとる。それが片側だけんなったんや。ま、こうなって当然やな』
女が言った。
男はその言葉の意味を理解する事は無かった。
男は動かなくなった。
於珠には何が起こったのか判らなかった。
ただ、敵が討ちたいのなら男が社に入った後、戸の横で待っていれば良いと言われただけだった。
男が出てきた時、必ず転ぶから、その瞬間男が落とす、或いはそうならなくても、男の手から匕首を奪い、刺し殺せば良い、と。
そう、繰子の身体に乗り移った何者かに言われただけだった。
しかし男は実際には於珠の手に掛かる事はなく、自らの手で胸を刺す結果となった。
社の中から巫女姿の少女――繰子が出て来る。傍には矢張りあの浮遊霊がいるのだろうか。繰子は戸に掴まりながら歩きにくそうに男が躓いた物に近づく。
そして、それの前に座り込み袴の裾を捲り上げ、己の身体に繋げた。
「壊れてへんよね」
繋いだ足を何度か上下に動かして立ち上がる。
「良っしゃ」
だんっと地を踏みしめ先程繋げた腕を振り廻す。
――娘の正体は人形だった。