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その六

安全な場所は例の神社だった。二人の少女のうちの一人は必死で走って来たため息を切らしている。もう一人は――息を切らせるどころか、汗ひとつ掻いていない。

「な、なんで、平気なのよ」

「旅慣れとるしぃ」

―本当にそうだろうか。さっきだって――!

「――あんた、斬られたでしょ!」

傷を見せなさいと腕を掴む。

「斬られてへんて、服掠っただけやから」

必死で隠そうとする。いいから見せなさいと無理矢理引っ張る。そして服を脱がす。しかし脱がそうとする途中で手が止まる。

「あんた、その身体――」

愕然とする。

――そんな事があるはずがない。

――何かの間違いだ。

「・・・あんまし、じろじろ見んといてぇやぁ」

「あ、ご、ごめん・・・」

沈黙が続く。

「・・・見られとぉなかったな」

背を向けながら小声で言う。

――なんで。

言おうとした時だった。

何か、嫌な気配が近づいて来る。何か得体の知れない恐ろしいモノが来る。少女は直感的に其れを感じた。昼間の一件以来、神経が高ぶっていたのだろう。それはもうすぐ其処まで来ている。すぐ、すぐ外に居る。戸の向こう側に居る。

―真逆。あの男が。見つかったのか。

身体が震える。しかし――。

――今度こそ。今度こそきっと、喉笛に噛み付いてでも殺してやる。

・・・入って、来る。

息を呑んだ瞬間、気配が止まった。否、消えた。

突然、巫女姿が立ち上がり、戸の傍まで行き、そこで立ち止まる。そして小声で何か言っている。否、喋っているのだろう。相手は――浮遊霊?

そして暫くそうした後、此方へ戻って来た。

――今のは一体何?気のせい?

疲れているのだろうか。そう思った


その正体は娘の母、紅い着物の女だった。もちろん少女には見えていない。娘から見た母は別段、いつもと変わらない様子だった。少しだけ、悲しそうではあったけど。母は、手招きしている。少女の前だというのにも拘らず。近づくと一言、服どないしたん、と言った。娘は言い訳を考える。が、良い言い訳が思いつかない。仕方なく昼間あった事を話す。下手に嘘をついてもすぐにばれてしまうだろうから。叱られるだろうか。

聞いた母は何かを考えている様だった。

『やっぱそぉかぁ』

「何がやっぱなん」

叱られなかった為か、娘はいつもの調子に戻る。

『それは後で教えたるから。それよりも――』

あの子の名前は、と娘に聞く。

「・・・あれ?」

聞かれても答えられなかった。そもそも聞いていないのだ。

『真逆、聞いてないのんか』

呆れた顔をする。

「だってあっちも聞かんかったんやもん」

ええから聞いてこいと娘の背中を押す。

「せやけどぉ」

『せやけど何や』

――正体ばれてもうた。

開いた口が塞がらない。

『おまえ、あれほど言うたに――』

「せやけど、仕方なかったんやて」

―ばれたもんはしょうがないやんと拗ねた口で言う。

母は溜め息をつく。が、すぐに思い直す。

――この子の正体を知っても追い出さずに一緒に居るのなら。

何かを期待しているのだろうか。実際には少女にそれだけの暇が無かっただけなのだが。

『ええから聞いて来ぃ。必要なんや』

うぅ、と唸りながらしぶしぶ言われた通りにする。

そして少女の前に立つ。

「あ、あのな・・・」

言いにくいのか、なかなか後が続かない。

何、と少女が聞き返す。娘には少しだけ睨まれている様にも思えた。

「な、名前、聞いても・・・ええかな」

少しの沈黙があった。

言ったものの不安だった。やっぱり教えてはくれないだろうか。気持ち悪がられているだろうか。しかし――。

――珠。

「・・・え」

自分で聞きながらも、きょとんとしている。

「だから名前」

聞いてなかったの、珠よ。と念を押す。

次の瞬間、娘の顔が、明るくなる。

「珠、於珠!」

何度も繰り返す。よほど嬉しかったのだろう。ただ名前を教えてくれただけの事ではあったが。

「ちょっと、そんな大きな声で何度も言わないでよ!」

恥ずかしそうに叱り付ける。

「う、ごめん」

叱られて、しゅんとする。それを見て気が引けたのだろうか。

「そ、それから、私のほうが年上なんだから次から(・・・)呼び捨てはやめてよね」

やっぱり恥ずかしそうだ。

娘は暫く考えた後、じゃあと言って。

「於珠ちゃん」駄目ぇ?と可愛らしい仕種で見つめてくる。それに負けた。

――まぁ、いいわよ。

聞いた途端、嬉しそうに母の元へいこうとするが、於珠が呼び止めた

「ちょっと、他人(ひと)に名前聞いといて自分は教えないつもり?」

「あ、そか。うちは――」

くるりと巫女服を翻して向き直す。

――繰子。

お母ちゃんがつけてくれたんよと自慢げに言う。

繰子はにんまりと笑っている。

於珠は、ふぅん、と言っただけだった。

すべてを見ていた母はどこか嬉しそうだった。


――そして確信した。


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