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その五

「なあ、一体どこまで行くん?」

なあなあ、と少女の後を巫女姿の少女が口煩くついて行く。

「別について来なくてもいい」

――頼んでないし。

冷たく少女が突き放す。

「ええやんか別に。減るもんやないしぃ」

それでもしつこく後をついて行く。

「・・・減るのよ」

少女が立ち止まる。どこか遠くを見ている。

「どしたん」

――ねえ、と前方に向かって指をさす。

「あれ、何」

どれぇ、と指の先を見渡す。が何も無い。別段変わった所の無い普通の町並みだ。

――一体何やの?と少女の方を振り返る。振り返った時、すでに少女の姿はそこに無かった。

「あ、あれ?」

辺りを見回す。が、何処にも居ない。

――逃げられた。

思った時は既に遅く、どこにも少女の気配は無かった。

ぞくっ。

娘の背に悪寒が走る。

母は少女を確り見ていろと言った。確かに言った。それを見失ったとあらば・・・。

「・・・あかん。怒突かれる」

言った瞬間、娘の頭の中に、、真に怒り狂う母の姿が過ぎる。その姿はまさに、阿修羅の如く。

「どどど、どないしょおぉ」

半泣きになりながら娘は少女を求めて走って行った。やっぱり母は怖いのだ。


しつこくついて来る娘は場違いな方向へ走って行った。それを見て、少女はとりあえず安心した。実は直ぐ傍に隠れていたのだ。少しだけ可哀想だとも思ったが、それも仕方が無い。これから自分が向かう場所、そこはとても危険な場所だから。そこは――。

絶対に許す事の出来ない相手の所。

――姉さんを殺した男。

「許さない」

唇を噛み締める。


男は酒を飲んでいた。飲んで飲んで、飲み続けた。

この男、定職を持たず、町でも評判は良くも悪くも無い、というより、誰も関心を持たない、とにかく生きているだけで得のない、言ってしまえば無駄な男だった。

そんな男が愚かにも、恋に落ちた。迷惑にも惚れられた相手は町でも美人だと評判の、とある飲み屋の看板娘。何度も言い寄った。だが当然、相手にされる訳も無く、最初のうちはあしらわれる程度だったが、仕舞いには口も聞いてはくれなくなった。よほど嫌だったのだろうか。それでも、想いは募る一方だった。人間、手に入らないと解っている物こそ欲しくなるものだが、この男にいたってはそれが他人以上に強かった。だから――

「・・・あの餓鬼」

ちっ、っと舌打ちをして、また酒を口にしようとする。

その時。

――がら。

男の家の戸が開く。

「見つけた」

か細い声がする。男が振り返る。その視線の先に居たのは、あの晩の少女だった。男は驚いた。今まで散々探していた少女が其処に居た。しかも真逆、自分の方から来てくれるとは。

あの晩、少女は見ていた。だから追いかけた。しかし、結局逃げられてしまった。次の日、町では騒ぎになっていた。しかし、とうとう自分が疑われることは無かった。何故、少女は番所に届けなかったのか。気にはなる。が、この際そんなことは如何でもいい。こいつの口さえ封じてしまえば・・・。

「よくも、よくも姉さんを・・・」

少女の眼には泪と、怒りと悲しみが溢れていた。

男は気付いた。少女の右手には何処で手に入れたものか、匕首が握り締められている。

男が立ち上がり近づいてくる。少女の足が後ろへ退がりそうになる。けれど、必死で唇を噛んでそれを阻止する。――もう覚悟は決めていた。

「如何して、姉さんを」

か細い、震える声で問う。如何して。姉が何か悪いことでもしたのか。聞いたところで姉は戻って来ない。それでも理由が知りたかった。仮令姉が悪くとも殺して良い訳は無い。否、あんな優しかった姉に限ってそんなことがあるはずが無い。そんなことを、ずっと一人で考えていた。

「俺の物にならなかったからさ」

男が口を開く。気付けば目の前に居る。言葉を聞いて愕然とする。そんな。そんな下らない理由で。

――姉さんは死んだの?

思った刹那、男の拳が少女の頬に振り下ろされ、少女は倒れこむ。何が起こったのかよく判らなかった。そして倒れた少女の上に跨り、頸に手をかける。

――覚悟してたのに。

――刺し違えてでもこいつを。

匕首が無い。倒れた時に手から離れてしまったのだ。男に乗られ、頸を絞められているから探すことも出来ない。それでも手だけは其れを求めている。

「そうか、敵討ちか」

何か言っている。酒臭い。酒と男の口臭と体臭が混じって鼻につく。気持ち悪い。吐きそうだ。

「自分で敵を討ちたいから役人にも黙っていたってのか。可愛いじゃねぇか。なら――」

男はいっそう腕に力を入れる。

「――なら姉の所へ逝かせてやるよ!」

敵が討てなかった。

悔しい。

でも。

でもこれで姉さんに会えるなら。

もういいや。嫌な事は。

全部忘れて、姉さんと二人で暮らそう――

もう、覚悟は薄れていた。諦めて、姉の所へ逝こうと思った。ふと、巫女姿の少女の姿が浮かぶ。

―そういえば、あの子どうしたかな。

あの子の夢って何だったのかな。

そういえば名前も聞いてなかったな。

まぁ、如何でもいいよね。

関係無いし。

そうだ、私は姉さんと――。

少女の、その意識が途切れそうな瞬間だった。それは突然やって来た。

だんっ、と地を思い切り踏みつける。

「見ぃーつーけぇーたぁーでぇー」

其処に立って居たのは、つい今しがた頭の中を過ぎった巫女姿だった。

「なんだ手前ぇは!」

さすがに驚いたらしい男が叫ぶ。

「おっちゃん、邪魔や」

言うと同時に少女の拳が男の顔面に入れられる。

「ぐがっ」

鈍い音と同時に男が後ろへ倒れこんだ。思いも寄らなかった不意打ちを喰らって男は顔を抑える。

「ごほっ」

男の重さから解放された少女が喉を抑えて咳き込んだ

「ど、如何して此処が・・・」

少女の問いに巫女姿はにんまりと笑って答えた。

「ふっ、感や」

何故か得意げだ。

「・・・手前ぇ、何しやがった」

顔を抑えながら男が立ち上がる。

「見てへんかったん?殴っただけやん」

「殴った・・・」

―そう、こいつは今確かに殴ったはず。不意打ちとはいえ見えてなかった訳ではない。手にも何も持っていない。これが女の、ましてや子供の力なのか。まるで角材や何かで殴られたような・・・。

「手前等二人とも殺してやるよ!」

男は先程少女が握っていた匕首を掴んでいる。

そして娘目掛けて振り下ろす。

間一髪で娘が避けた。

「あっぶないやないか!」

怒りに任せられた刃は娘の肩を掠り、男は体勢を崩して倒れこんだ。

「――っ!逃げるよっ!」

一瞬の隙を突き、少女は巫女服の裾を掴んで走り出した。

「え、ちょっ」

「いいからっ」

少女は全力で走った。誰の為でもない。この娘を逃がす為に。

――嗚呼、そうか、あの時姉さんもきっとこんな気持ちだったのかな。

そして、先程娘を撒いた時に隠れた場所へと再び身を隠す。今度は娘と一緒に。

「こんなとこに隠れてたんやな」

「いいから黙って!」

口を塞ぎ、じっと耐える。

どれ位の時が立ったのだろう。男は追って来ないようだった。見失ったのか。

とにかく、もっと安全な場所へ行きたかった。


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