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その三

娘の寝顔を見ながら母は考えていた。昨日の女の事、そして娘の横で寝ている少女の事。一度に二つも厄介事。まぁ、いずれ放っておくわけにもいくまいが。しかし――

――どうしたもんか。

はぁ、とため息をつく。ふと、目に入る物があった。団子の串。昨日、娘が買って、少女が食べたものだ。

『・・・っとに、散らかしよってからに』

串を片付けようとして手を伸ばし、串に触れる瞬間そこで手が止まる。

『・・・そぉやんなぁ。忘れとったわ。寝ぼけとるんかな』

ははっ、と苦笑する。笑ったようにも、泣いたようにも見える顔だった。それは少女が食べたもの。それは娘が買ってきたもの。

――誰の為に?

――自分の為に。

『・・・お供え物かぁ』

それが娘の優しさだった。まぁ、やり方がもう少し素直だったらとも思うが・・・。

くっくっ、と笑い、もう一度娘を見て、そっと頭を撫でる。

女は物に触れられない。物だけではなく生き物であれ何であれ、この世に形として存在しているものに対して、それは同じ。唯一、女が触れられるのは、否、女に触れられるのは(・・・・・・・・・)唯一人、それは――目の前で寝ている自身の娘。

なぜなら女は――。


――さて。

すぅ、と大きく息を吸い込む。そして――

『――いつまで寝とんねん!とっとと起きんかい!』

突然の大声に、何事かと娘は跳ね起きた。暫く混乱していたようだが母の顔を見て漸く状況を理解したらしい。

「――っなんやねんな。も少し優しく起こしてぇな」

眼を擦りながら、も少し寝かせてぇなと続ける。

『何を言うとんのや。もう昼前や。っとに、人が起こさないつまでも起きんと。本当(ほんま)に――』

――本当にこの子は・・・かいな。

はっとして言葉を濁す。

「自分かて今まで寝てたくせに」

間をつなぐようにぼそりと娘が文句を言う。この時間まで起こさなかったということはつまり、そういうことなのだ。

『・・・聞こえてんで。ええからその子も起こしたり』

言いながら戸口に立った。

「・・・どっか行くん?」

『あぁ、昨日のお仲間にな、会いに行ってこよ思てな。一晩経って少しは落ち着いたやろし』

娘はまだ眠いのか不機嫌そうな顔でふぅん、とだけ答えた。

『ところで、ちゃんとその子見ときや』 

あと、確り片付けとき、と言うや否や母は出て行った。

気配が消えるのを確認して再び寝に入る。が次の瞬間。

『起・き・ん・か・い!』

さすがに娘の行動を読んでいたらしい母が再び入って来て頬を抓る。

『ちゃんと起きや!』 

言いながら母は再び出て行った。

仕方なくうぅ、と唸りながらしぶしぶと起きる。きっと母のことだからまだその辺にいるに違いない。普段は抜けているくせにそういうところだけはやけに確りしているのだ。

「しゃぁないなぁ」

欠伸をしながら体を伸ばし、隣に寝ていた少女を起こす。

もうお昼やでぇ、と声をかけようとした瞬間、少女が自分の方を向いた。その眼は確りと開かれていた。暫くの沈黙の後、口を開いたのは少女だった。

「誰と話してたの」

その問いにすぐには答えられなかった。

「昨日も・・・」

気付かれていた。まぁ、そうでない方がおかしいと自分でも思う。

「えっとな・・・」

口籠る。はたしてどう説明したものか。

「誰」

困惑する娘を見てもお構い無しに少女は詰め寄る。眼に迫力があるように見えた。

「うぅ、しゃぁない、教えたるけどぉ、誰にも言ったらあかんよ」

少女は黙って頷く。

「んとな、実は私、幽霊見えんねん」

簡単に、簡潔に言ってしまえば、まぁそういうことではある。別に嘘は言っていない。

しかしながら少女は相変わらず迫力のある眼で見つめている。

「ま、信じんよね」

半ば諦めたような顔で娘が続けた。普通は信じないだろう。

「・・・本当に、見えるの。じゃぁさっきのは誰」

意外な言葉に少し驚いた。とは言え、少女が疑っていないと言えば嘘であろう。疑ってはいるものの、興味はあるのだろうか。とにかく軽蔑されてはいないようで娘は少し嬉しかった。

「ん、その辺の浮遊霊。皺くちゃの変な婆ちゃん」

しれっとした顔で言う。何故か正直には言えなかった。少女はそう、とだけ答えた。少しだけ眼の迫力が和らいだ気がした。

「・・・本当に見えるなら――」

暫くの沈黙の後、相変わらずのか細い声で少女が言う。

「ん、何?」

娘が顔を近づけるが、なんでもない、と言って少女は起き上がった。


一部始終を矢張り外から伺っていた母は安心したのか漸く出掛けて行った。.

『後で怒突いたろ』


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