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その二

空の日も落ちて宿へと向かう。今日の宿は古びた神社だった。とても宿には見えない。

「・・・なんで神社なん?町ん中にいっぱい宿屋あったやん」

『文句言いなや。あんたが私の居らん間に無駄遣いするからやろ。大体、こんな団子やら何やら、買ってどうすんねや』

「お供え(もん)

『何の』

「お母ちゃんの」

拳が飛ぶ。

『―っとに、私が路銀の管理できんからて余計な物買いおって・・・』

「だからってこんなぼろいトコでなくてもええやんか」

『こら、ぼろいなんて言うもんやないで。いくらぼろくてもちゃあんとここには神さんが居んねんから。』

「・・・お母ちゃんかて言うてるやんか」

『あんたが言うからやろ!』

「そやかて――」

言いかけて、言葉は母の手により塞がれた。

『しっ!静かにし』

そして小声で語りかける。

「・・・なんやの?」

少女も小声で聞き返す。

『・・・誰か、居る』

娘の口を塞ぎながらも、目と耳は外の様子を窺っている。

「気のせいと違うの?」

『違う・・・確かに人の気配がしよる』

「誰が好き好んでこないな時間にこんなぼろいトコに来んねんな?他にもっと立派なトコあるやろに」

母の言ったことをまるで聞いていなかったらしい。

『そんなん私が知るかいな。本人に聞き』

「・・・ほんなら聞いてくるわ」

言うなり娘は母の手を振り解き、外へと向かう。

『あ、こら、待ちぃ』

―っとに、人の言うことまるで聞かんと、反抗期かいなぁ。

などと思っているうちに娘は戸を開けてしまった。

「誰か居るん?居るんやったら、隠れてんで出て来ぃや!」

開けるなり大声で叫ぶ。後ろで母は呆れている。

,しかし、娘の視界には動くものは何も無かった。

じっと目をこらして辺りを見回す。・・・狛犬の後ろに何か居る。

「誰や!」

声に驚いたのか隠れていた人陰は走り出して行ってしまった。

「あ、待ち―」

言うが先か人影の姿が視界から消えた。・・・違う、どうやら転んだようだ。

「あ、こけた」

ぐすっ、と人影が鼻をすする。今が好機とばかりに娘は影に掴み掛かる。

「ふっふっふっ、捕まえたでぇ。さぁ観念しいや!いったい何が目的や!」

「痛い・・・」

「白状しぃ!」

『・・・お前なぁ・・・もちっと言い方ってもんがあるやろ』

呆れ顔で母が出てくる。

「せやかて、泥棒とかやったら困るやん」

『それやったらなおさらや。襲われたらどないすんねや。それに、よう見てみぃ』

言いながらくいと影の方に首を向ける。言われてはたと気づく。人影の正体は女だった。娘よりも少しばかり年上には見えたが、それでもまだ幼さの残る少女だった。

『まだ子供やないか。離したりぃな』

「子供やからって、油断したらあかんて。私等を油断させるための罠かもしれん」

『まぁ、そうかもしれんけぇど、こんな子供が、こないな時間にこないなとこに居るなんてなんぞ事情があるんやろ。ええから離したり』

ちぇ、と舌打ちしながらしぶしぶと腕を離す。逃げても無駄やで、と付け足して。

しかし少女にはもうそんな気すら無い様だった。座り込み、肩をだらりと落として俯いたままだった。

それを見ながら母は、娘に対し、―わかっとんな、と一言だけ言った。娘は眼だけで頷き、次いで少女を見る。

「・・・あのぉ、ごめんな。痛かった?」

一応、少女の様子を見て気を使ったらしい。次いで、何しとったん?と聞いてみる。

しばらくの間その返事は無く、沈黙が続いた。

「・・・聞こえとる?」

―あかんわ、と母の方を向き、どないしよ、と言おうかというその時に少女が口を開いた。

「・・・ここ、私が先に使ってた・・・」

ぼそりと、か細い声だった。

「・・・は?」

意味がわからなかった。若い娘がこんな遅い時間にこんな廃神社に居るだけでも普通ではないのに、使ってたとは。

「使ってたて、何に?」

改めて訊きなおす。先程と同じく暫くの間があり、か細い声が返ってきた。

「・・・住んでる」

「住んでるて、乞食やあるまい―」

言い終わる前に母の拳が振り下ろされた。母は黙っている。娘からは影になってよくみえないが、それでも少し、いつもと違う眼をしているように見えた。

「なんでこないなとこに住んでるん?家はどないしたん?」

少女は答えなかった。当たり前のことではあるが、少女にしてみれば会ったばかりの他人に言えることではなかったのだろう。

「・・・とりあえず、知らんかったとはいえ、勝手に上がったのは悪かったわ。せやけど、うちも泊まるとこ無いねんな。これも何かの縁やし、ちょっとの間泊めてくれへん?」

図々しいことは分かっていた。しかし、事実泊まる所も無かったし、なにより少女を一人でこんな所に残すことなど―今までは何事も無かったとしても―できはしなかった。いつもなら図々しいわと怒鳴る母も珍しく何も言わなかった。きっと母も同じ思いだったのだろう。

な、夜は物騒やし、と出来るだけの笑顔を作りながら頼みこむ。

少女は相変わらず俯いていたが、眼だけはこちらを見ているのが分かる。

じっ、とこちらを伺っている。答えはやはり暫くの間の後だった。

―食べ物持ってる?

それが答えだった。少女は少女なりに必死で考えたのだろう。どう見ても相手は自分よりも子供だ。しかも、自分はともかく、こんな小さな子供がそれこそこんな時間に一人で(・・・・・・・・・)こんな所にいる(・・・・・・・)なんて。どう考えても普通ではない。でも――。

だから、そう答えた。尤も、たとえ持っていなくとも放っては置けなかっただろうが。

「おおきに。さ、外は寒いで。早よ入ろ」まるで自分の家のように言って娘は中へ入っていった



とりあえず寝られるだけの広さしかない社の中で少女の一人はひたすらに食べていた。

「よっぽどお腹空いてたんやねぇ」

もう一人の少女はただそれを見ていた。――私のもあげるわ、と自分の分の団子を差し出す。差し出された次の瞬間、その手から団子は消えていた。

「・・・返さないよ」

きっ、と鋭い目で睨み付ける。その手には確りと団子が握られている。

「・・・ええって、ええって。私、お腹減ってんから。・・・って、聞いてへんね」

その通り、少女は食べることに必死だ。

「よぉ噛まんと、喉に詰まるで。」

やはり少女に言葉は届いていない。

「・・・で?なんでこないなトコに住んでるん?私の団子やったんやから教えてくれてもええやんかぁ」

なあなあ、と少女に詰め寄る。詰め寄られれば無言で少女は間隔をあける。それが二三度繰り返された。

「・・・ま、喋りたくないならええけどぉ」

「・・・あんただって――」

しつこく詰め寄られて頭にきたのか少女が口を開く。が、言い終わらないうちに口は閉ざされた。

「・・・うち?うちはなぁ・・・」

横目で隣の母を見ながら娘が答える。

「そう、うちはなぁ、旅してんやわぁ」

「・・・なんで?」

珍しく少女が聞き返す。少しだけ興味を持ったようだ。

「・・・夢があるんやわぁ。そのための旅かなぁ」

――何の、と再び少女が聞き返す。

「そら秘密やで。ま、あんたが話してくれたら聞かせたってもええけどな」

聞かれた娘はにんまりと笑いながら答えた。聞いた少女は黙って寝てしまった。

そして聞いていた母は、どこか遠くを見ていた。


――された。

「ん?何ぞ言うた?」

返事はなかった。



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