第7話 「迷子注意報」
錚々たる逃走劇の末、魔王軍に捕まった俺は、その辛く激しい拷問に精神をすり減らしていた。
「どうなのですか、レイド様。この服、私に似合いますか?」
「おーう、かわいいかわいい」
「では、買うことにするのですよ」
「ちょっと待て、それはいったい何着目だ。そして俺の両手にぶら下がっている紙袋はどこまで増えていくんだ」
「レイド様が褒めてくださった服を買わないという選択肢はないのですよ」
「わかった。じゃあ似合っていない」
「では、これも買うことにするのですよ」
「おいちょっと待て、何故増えていく」
「ちょっと、レイド。ベルばっかりじゃなくって、私も見なさいよ」
「待て、俺の腕はそっちには曲がらない。……エルザ、お前スカート似合わないのな」
「え、あ、そう、そうね……別にレイドの意見なんて聞いていないわ。こっちにするわ」
「だからと言ってショートパンツを選ぶんじゃない。ほら、あっちのワンピースとかいいんじゃないか?」
「何よ、いろいろ意見を変えて。レイドのセンスに頼った私が馬鹿だったわ」
「なら何故両方とも買おうとしているんだ。おい、何故か紙袋が3つ増えたぞ。お前かリーンベル!」
「……レイド、私の髪飾りも見繕ってくれないだろうか」
「オーケイ、それはわかったから、頭を掴んでいる手を放せ。イズミは知らないかもしれないが、人間の首は180度回らないんだ」
「……知っている。レイドなら大丈夫だ。それより――」
「いや、大丈夫じゃないんだ。ちょっと息が苦しくなってきた。それよりで終わらすんじゃない」
「……龍と蝶とスライム、どれがいいと思う?」
「龍はユエが不貞腐れるからやめておけ。スライムをいいと思うお前のセンスがわからない。蝶あたりが無難じゃないか?」
「……スライム、可愛いのだが」
「お前がいいと思うなら買え。俺の言葉より自分の意思を大切にしなさい」
「……ありがとう、レイド。スライムにする」
「よし、決まったな? なら、手を放して――」
「……髪を結う紐なのだが、白い羽と蓮の花とスライム、どれがいいと思う?」
「羽はイリアスがアイデンティティがどうのこうの五月蠅いからやめておけ。もはや髪紐にスライムがどういうものなのかわからん。無難に蓮の花でいいんじゃないか?」
「……スライム、可愛いのだが」
「スライムがいいならスライムにしなさい」
「……わかった、レイド。スライムにする」
「よーし、なら手を放して――」
「……刀の鞘飾りなのだが、猫と葉っぱとスライム、どれがいいだろうか?」
「おい、ループしてきてるぞ。……隣、おい、エルザ。俺の腕はそれ以上回らないようにできているんだ。――リーンベル、紙袋を追加するのをやめろ!」
「うーむ、自然の中を歩くというのは、やはり気持ちいいものじゃな」
「『ソフィア』も広いですからねぇ。行ったことのない場所もありますしぃ」
「両腕に纏わりつかれている俺としては非常に歩きにくいんですがね」
「なんじゃ、照れておるのか? ほれほれ~」
「ほれほれですよぅ~」
「ちょ、やめ……エヴァ先輩の胸が腕に当たって押し潰され……!」
「ふぇええへへへへ~」
「――ふん! なんじゃ、エヴァばっかし。……妾の胸の感触はどうじゃ!?」
「痛っ、それ違! ……関節極めるんじゃない!」
「ふふふ、駄目ですよぅ、ユエちゃん。レイドくんには優しくしないとぉ」
「――両手両足を使って俺に抱き付くのはやめてもらっていいですか、エヴァ先輩。歩きにくいってレベルじゃないんで。あとユエ、関節と同時に血管も抑えられているから、だんだん腕の感覚がなくなってきて胸の感触どころじゃないんだけど」
「またぁ、そんなこといってぇ、レイドくんはツンデレさんなんですねぇ~」
「言っておきますが、デレはないですからねエヴァ先輩」
「いーや、そこでレイドをデレさせるのが妾の腕の見せ所というわけじゃ! というわけで、ほれ――」
「っと!? ユエにまで抱き着かれるとバランスが崩れ……って、ヤッベ、足踏み外し……うわぁぁあああ!?」
「ふえぇ、みんなで坂を転がっていっちゃいますよぅ~!?」
「はっはっは、この隙にレイドに密着じゃー!」
「ユエ、待て! 左腕極めたまんまで……うぎゃあ!?」
「怖いですよぅ、レイドくん~」
「エヴァせ、首しま、はな――」
「はっはー、レイド、こういうのも楽しいのう! ――っと、レイド?」
「あれぇ、レイドくん、レイドくん? ……ふぇぇええ―――!?」
「レイドくん、はい、あーんだよ?」
「ほれほれ、レイドさん、あーんですよー?」
「俺は自分の分のチーズケーキがあるから、遠慮しとくよ」
「そんな、レイドさん! わたしのこの差し出したフォークはどこに行けばいいと言うのですか!?」
「ルーンとイリアス、お互いに食わせ合えばいいじゃないか」
「えー……わたし、友達を捨て駒のように扱う人とはちょっと……」
「まぁまぁ、イリアスちゃん。これでも食べて機嫌を直してよ」
「い~や、ルーンさん。わたしはその手には乗りませんよモグモグ。このチーズケーキ美味しーですね。……って、あれ? ルーンさん、ミルフィーユを頼んでいませんでしたっけか?」
「そうだよ?」
「って、それ俺のケーキじゃねえか! いつの間に取りやがった!」
「うん、説明するよ。もぐもぐ、レイド君、これはね? イリアスちゃん、あーん……僕たちに対して冷たい、もぐもぐ、レイド君への、はい、イリアスちゃん、おかわりどーぞー。ささやかな抗議なんだよ、美味しかった―」
「完食お疲れ、俺のだけどな」
「ふっ、器が小さいですよ、レイドさん」
「口にレアチーズクリーム付けた奴に文句は言われたくないな」
「え、本当ですか? ……とってくれていいんですよ? いや、照れなくてもいいんです。レイドさんがツンデレだというのは周知の事実ですからね。主に広めたのはわたしで、す、が!」
「黙れ羽虫。エヴァ先輩が言っていたのもお前のせいか。毟るぞコラ」
「ひぃ! 美少女を狙う野獣がいますよルーンさん助けて―!」
「はいはい、イリアスちゃん。どうどうどうどう。ステーイ、ステーイ」
「お前ら仲いいなぁ」
「ありがとう。……で、レイド君。ケーキを食べてしまってごめんね」
「おう、ルーンが素直に謝るなんて、殊勝なことだが、裏がありそうだが、素直に受け取っておこう。で、どういう魂胆だ?」
「うん。お詫びに僕のケーキをあげるよ。はい、あーん」
「なるほど、そう来たか」
「うん、こう来た」
「おやおや、私を除け者にしてずるいですよルーンさん! はいはい、真っ赤なイチゴの乗ったショートケーキです。特別に、イチゴを4分の1もあげちゃいます。どうぞ、あーんですよレイドさん!」
「すみません、店員さ――」
「追加注文はさせないよ、レイド君。いや、出来ないといった方がいいかな? ――君の財布はここにある」
「おい、それ普通に犯罪だぞ」
「ナチュラルに無視されている気がしますが気にしなーい。……でもでも、これでレイドさんはついにわたしのあーんを受けざるを得ませんね!」
「――いや、お前らのケーキを頂けば済む話だ!」
「させないよ、レイド君っ」
「っち、ルーン、非戦闘系の癖にやるじゃないか」
「甘いものに関しては、女の子は無敵なんだよ」
「お前、男の娘なー」
「ふっ、隙ありですよレイドさん! これでも食らってください――『光陰』Ver.フォーク!」
「ちょ、おま、避け――おおうりゃぁ!」
「はい、どうぞ?」
「え? 目の前にケーキ&フォーク? ――っとぉ、死ぬかと思ったー!」
「さぁさぁ、まだまだですよ、レイドさぁーん!」
「だね。策は尽きていないよ」
「なんでケーキ食べるのに命を懸けなきゃならんのだ!?」
「楽しいね、レイド君。このテニスという奴……は!」
「俺は草案出しただけで、ここまで普及させたのは俺の友人ですけどね――と!」
「ああ、彼ね。色々問題児だけれど、確かにこういうことには有能よねっと、えいっ!」
「魔力の注ぎ方によって威力や弾道が変化するっていうのも、戦士系に肉体で劣る魔術師系にとってはありがたいかしら……それ~」
「――と!? レヴィナさん、ボールがスパイラル軌道を描きながらリーシャ会長を襲っていっているんですけど!?」
「ふ、甘いよ、魔女!」
「な、ボールが消え――!? こっち来た、避けろー!!」
「よし。わたしの勝ちだね、レイド君。――ついでに駄魔女」
「流石ねー、エルスティンさん」
「――何やってるのかしら、レイド君~? あのアンポンタン会長の方が勝ったということは――」
「今度は私がレイド君とダブルスを組むということだね」
「あら、私を忘れてもらっては困るわね……アリエス君は渡さないわよ」
「ほほう、ルサルカ先生も言いますね?」
「もちろんよ、エルスティンさん?」
「……と、向こうで雑音が聞こえるけど、こっちはこっちでやろうかしらね、レイド君?」
「あー……皆さん方、ここは大人しく順番を決めてやった方が――」
「何を言い始めるのかな、負け犬魔女?」
「あら、レイド君も雑草会長より私の方が良いわよね~」
「穏便なのが一番いいんですが」
「そうね。エルスティンさんもヂェーヴァさんも落ち着いて私にアリエス君を――」
「黙ってください行き遅れ!」
「うるさいわね~絶壁が」
「な――! わかりました。戦争ですね。――とう!」
「わー……どうやったら正面から打ったボールが会長とレヴィナさんの背後から強襲するんだろうー」
「こっちもわかったよ。レイド君は力尽くで手に入れる!」
「まさかのラケット二刀流!? 炎と氷を纏ったボールが連続で打たれて……流れ弾がこっち来たぁ!」
「ふふふふふ~」
「うお、こっちは打った球がありえない軌道をしてやがる! フェイントをかけながら敵の攻撃を避けるボールとかどうなってんだ!? はい、もちろんこっちにも余波が来ますねー。打ち落とす時は方向も考えてほしいギャー!」
「ふッ……アリエス君は先生が守って見せます」
「いーや、レイド君を悪女の間の手から救うのは生徒会長たる私の役目だ!」
「なんかゴミ虫が騒いでいるけど、レイド君は私が貰うわね~」
「そのレイド君が死にかけているんだけどなー。――って、危な! 死んだ、今のはマジで死んだかと思った!!」
「大変な目にあった……」
地獄巡りを終えて、俺は一人歩いていた。
空はすでにオレンジ色に染まり、夜の顔を見せ始めている時間帯。ここは、『ソフィア』でもあまり人のいない場所だ。
「っと、ここは……懐かしいな」
美少女らによる喧嘩から逃げて適当に来た場所だが、ここにある開放型複合闘技場や関係者以外立ち入り禁止のでかい塔を見ると、一年前のことを思い出す。
学園都市国家『ソフィア』の入学式前日。迷子になっていた俺とイズミが出会ったあの日だ。
下心半分でイズミに話しかけ、一緒に職員棟を探しながら、ここの上級生が起こした阿保な騒ぎに巻き込まれたりして――。
そこから、俺の人生が変わっていった。
今思えば、後悔とかそこらへんを思うのだろうが、当時は本当に興奮していたのを覚えている。
チートでハーレムじゃヒャッハーとか何とかだったか。
そんなのは幻想だったがそれはともかく。
……あのころは、自分から女の子たちに好意を向けていた。
イズミが東方の剣士だという話を聞いたら、一緒に稽古をつけてほしいと頼んでみたり。
リーンベルの弟と仲良くなって、そいつに色々と便宜を図ってもらったり。
初め、あまり学校に馴染めていないようだったエルザを見つけては無理やり話しかけてみたり。
レヴィナさんの研究室やルサルカ先生の講義にも足繁なく通っていた。
――それ以降は、ハーレムという雲行きが怪しくなってあまり自分から好意を向けるようなことはなかったが。
だからなのか、その後、俺自身、被害を受けたり、リヴィエラと話をしたり、時間が経って色々な反応を見るうちに、俺の中で一つの感情が生まれていった。
罪悪感だ。
今、彼女らは俺に好意を抱き、それを向けてくれている。本来ならば嬉しいことだが、それは俺のチートによって生み出される本物じゃない“好き”だ。
そして、それを望んだ俺自身が、その好意を、好意による行為を無碍にしている。
自分から彼女たちを望みながら、都合が悪くなったらそれを拒むなんて、随分都合のいい話じゃないか。
彼女たちの意思を捻じ曲げている罪悪感。
彼女たちの今までを狂わせた罪悪感。
彼女たちのこれからを狂わせる罪悪感。
彼女たちの好意を穢している罪悪感。
彼女たちの好意に応えられない罪悪感。
そんな思いをずっと引きずるくらいなら、いっそ全員の想いを受け入れればいいんじゃないかなんて考えたこともあったが――無理だった。
彼女たちが引き起こすであろう騒動の全てに巻き込まれるのも勘弁だし、多分、俺は全員を愛することが出来ないと思う。
――愛情ではなく、同情で接する関係。
そんな歪なものになってしまったら、逆に彼女たちも可哀想だから――いや、違うな。
結局、そんな状況に俺が堪えられないという我が儘だ。
だから俺は、彼女たちに決定的な決別をしないで、しかし好意を受け入れない。
「逃げてばっかだな、俺は……」
逃げて逃げて逆転の一手を打つのが俺の戦闘スタイルだが、実際の俺は、逃げるだけで逆転の一手なんて打てやしない。
こんな男に、10人もの女の子が言い寄ってくるだなんて、その理由を考えると笑えてくる。
「は」
自分自身に対する嘲笑。
人気のない場所で、暁の空に見え始めている月だけがその馬鹿の笑いを聴いている。
……と、俺は思っていたのだが。
「あの、ちょっといーですか?」
美少女がいた。
橙色の髪に小さい身長。結んだ髪と可愛い顔も相まって、全体的に幼い雰囲気を出している彼女。
そして、何よりの特徴は、頭から出ている耳と、小ぶりなお尻から見える尻尾だ。
考えるまでもなく、それは獣人だとわかる。リヴィエラの様なパチモン耳ではなく、本物の獣人。獣っ子だ。
ただ、俺の記憶と照らし合わせてもそれがどのような動物のものなのかはわからない。猫に似ている気がするが、なんか違う気がする。
と、幼い印象はあるものの、十分に美少女であるその子が、俺に声をかけてきた。
「すまない、他を当たってくれ」
しかし、俺はそれを拒否する。
多くの美少女に関わってきた、美少女マイスターたる俺からすれば、この美少女は面倒な美少女な気がする。
だから、それだけ言ってこの場を立ち去ろうとしたのだが、そうは問屋が卸さないとは誰が言ったのだろうか。当然引き止められる。
「えええ!? あの、ほんとーに困ってるんです!」
無視する。
当然である。
あとで便利屋――もとい、生徒会執行部の誰かを向かわせはするが、俺自身は直ちに立ち去る。
「えーっと、えーっと!? ――まってくださぁい!!」
「――ぐぼぁ!?」
しかし、俺はその声を聞いて、思わず膝を着いた。
理由は、その大き過ぎる高音だ。
ジャイアンも裸足で逃げだすようなレベルの大声が、信じられないことに小さな彼女から発せられたのと気づき、驚愕する。
「ん、な……!」
「よーっし、捕まえました」
そして、確保される。
両手をぎゅっと握られた俺は、正面に彼女を見据え、文句を言った。
「いったい何をする。うるさいじゃないか」
「ええ!? 無視されたのはノアの方なのに、なぜか怒られてる!?」
相変わらず大きい声を出し、可愛い牙を出して怒る彼女。
至近距離だから結構うるさく、耳を押さえようとしたのだが両手が使えないことに気付く。
「すまん。うるさいからもう少し声を押さえて貰っていいか?」
「あ、ごめんなさ……いーえ、ノアを助けてくれるのなら普通の声でしゃべります!!」
「………………わかった」
俺は妥協した。
さっさと頼みごとを聞いてしまって、余計なことが起こる前に去ればいいのだ。
「ありがとうございます! ノアは、今年からこの学園に入学するんですけど、手続きをした後、これから住む寮の説明を受けてそこに行こうとしたら――」
「なるほど。道に迷ったわけか」
「そうですー」
と、その説明を聞いて、俺は少し笑ってしまった。
「は」
「あ、酷いじゃないですかー!」
「いや、ごめん。つい、な」
さっき、ここでそのことを考えていたからか、つい笑いが出てしまった。
しかし、2年連続でこの場所で迷子になる新入生がいるというのは、ここは迷子スポットかなんかか、と思わせる。
「ま、いいですけどー」
不満げな顔で彼女はそう言った後、自分の目的地の説明をした。
「なるほど、金牛寮ね……こことほぼ反対だぞ?」
「ぅえ、そうなんですかー? ……道理で、どれだけ歩いても見つからないはずですよー」
「……となると、急いで行かないと完全に日が暮れるな」
「――あ……だったら、方角だけ教えて貰ったら、あとは一人で――」
「そういうわけにもいかんだろ。何かあったら後味悪いし……よっし、決めた」
「決めたって、何を……うひゃあ!?」
俺は、彼女を持ち上げ、背負うかお姫様抱っこかで一瞬迷った後、背中に彼女を乗せた。
「いきなりなにー!?」
「ちゃんと捕まれよ? ――少し飛ばすから」
そう言って彼女を促して、おっかなびっくりながらも俺にしがみついたことを確認すると、腕で足をホールドして、一路、東へと危なくない程度の速度で走り始めた。
「うわー。なんかすごい、なんかこれすごい!」
初めは怖がっていた彼女も、次第にレイド超特急に慣れてきたのか、流れる景色を楽しみだしていた。
「ちゃんと道とか覚えるんだぞー」
一方俺は、少し考え事をしていた。
さっき、俺はこの子の話を聞いて、俺とイズミに重ねて、思わず笑った。
その笑いは、俺自身への嘲笑と同じ音を発しながら、全くの別物であるような気がした。
当時の、一年前のことを思い出すと、俺は決まって罪悪感に蝕まれるのに、その時はただただ笑えたから、笑った。
俺の背中にいるこの子の雰囲気がそうさせるのだろうか。――わからない。
些細なことだけれど、俺はその違いが、どうしても気になる――。
「初めは意地悪な人だと思ってましたけど、いい人ですね、先輩――先輩でいいんですよね?」
その言葉に、俺は思考を中断させる。
「ああ、君の1年先輩だな」
「えっと、……名前は――」
「俺の名前は教えないし、君の名前も聞きはしない」
「それは何で――」
「っと、着いたぞ。ここが第2学生寮――通称、金牛寮だ。こっから先は男子禁制だから、下ろすぞ?」
「……えっと、はい」
下ろす時に微かに柔らかい感触が離れるのを感じて少し寂しくなる。
小さいのもいいものだ。
「よいしょ――。ありがとうございました。えっと――先輩!」
「どうも。もう迷子になるなよ? 上級生でも同学年でもいいから、一緒に登下校する友達をつくることをお勧めするよ」
「はい! ……えーっと、何かお礼を……」
その言葉に俺は嫌な感じを抱き、彼女に背を向ける
「じゃ、俺は帰る」
「え、でも……」
俺は、その声が聞こえると同時に走り出した。
数秒後、それなりに距離をとったら――。
「ありがとうございました!!」
大声が聞こえた。
「……うっせ」
そう呟くと同時に、俺は笑った。
それは、さっきと同じ笑いだったように思えた。
と、そんな綺麗な話で終わるわけがない。
俺は、暗み始めた帰り道を疾走しながら、彼女との別れ際、脳裏に浮かんだものを思い出す。
ノア・サニーデイズ
15歳
154cm 74・56・79
すでに絶滅したといわれている獣人種『陽獣族』の末裔。しかし、その能力は謎に包まれている。獣人の一般的な特徴として運動能力は高いが、彼女自身は付与術師である。
小さな体に可愛らしい容姿をしているため、老若男女問わず人気があり、もっぱらマスコットのような扱いを受けている。出身が田舎であるため、『ソフィア』の雰囲気に押され気味なこともあるが、持ち前の元気さで色々な人に話しかけつつ歩き回っていたら迷子になった。
その時に助けてくれた1学年上の先輩が、お礼をする前に去ってしまったので、何とか探し出して意地でもお礼をするつもりである。
「……はぁ」
俺は、これから降りかかるであろう厄介ごとを思い、盛大に溜め息を吐いたのだった